地球のマントルは化学組成の異なる2層構造だった! — 地球科学の定説覆す —(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年05月03日
- BL10XU(高圧構造物性)
2012年5月3日
国立大学法人 東北大学大学院理学研究科
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
東北大学大学院理学研究科の村上元彦准教授(比較固体惑星学講座)は、高輝度光科学研究センターの大石泰生主幹研究員、平尾直久研究員、東京工業大学、海洋研究開発機構の廣瀬敬教授との共同研究で、100万気圧および2500度を超えるような地球深部に相当する極限的超高圧力高温条件において地球のマントル鉱物の高精度弾性波速度測定(※1)に世界で初めて成功し、マントルが上部と下部で化学組成の異なる2層構造であることを突き止めました。この結果は、マントルの化学組成は均一である、というこれまでの地球科学の定説を覆すもので、従来考えられていた地球内部の基本構造、および形成と進化の歴史に根本的な見直しを迫る非常に重要な成果であるといえます。本研究成果は、英国科学誌「Nature」に受理され、平成24年5月3日発行のオンライン版に発表されます。 (論文) |
研究背景
地球は深さ2900kmにわたって「マントル」と呼ばれる厚い岩石層で覆われていて、深さ660kmの地震学的不連続面(※2)を境に「上部マントル」と「下部マントル」の大きく2つの領域に分かれています。「上部マントル」の岩石は主に「かんらん石」と呼ばれるマグネシウム(Mg)に富んだ鉱物でできているということが分かっていますが、「下部マントル」の岩石の化学組成は、直接手にすることができないためよく分かっていませんでした。そして、これまでは、四十数億年にわたって続く対流運動によってマントル全体は均質化し、下部マントルの化学組成は上部マントルと同じであると予想されていました。
一方で、地球内部で最も精度よく決まっている観測データとしては、地球内部を伝わる地震波(縦波、横波)の速さが知られています(図1参照)。従って、直接我々がその岩石を手にすることができなくても、地球内部に相当する条件(温度・圧力)でマントル鉱物を伝わる地震波速度(弾性波速度)を実験室で精密に測定すれば、このような観測データと比較することにより、地球深部に存在する物質の特定が可能になるのです。しかし、圧力100万気圧、温度2500度を超すような超高圧高温条件の下部マントル深部における地震波(弾性波)速度測定は技術的に極めて難しく、これまで世界のどの研究グループも成功していませんでした。
研究の内容と成果
我々は、下部マントル最深部にいたる超高圧高温条件での地震波速度測定を達成させる測定システム(図2参照)を大型放射光施設SPring-8(※3)のビームライン(BL10XU)に立ち上げ、下部マントルの候補物質の地震波速度を圧力124万気圧、温度2700度までの条件で決定することに世界で初めて成功しました。
得られた実験データを地震波観測データと比較したところ、「下部マントル」が「上部マントル」と同じ化学組成を持つとしたモデルでは観測データを説明できず、「上部マントル」の主成分鉱物である「かんらん石」よりもずっとケイ素(Si)に富む「ペロブスカイト相」と呼ばれる鉱物だけからなるような「Siに富んだ下部マントル」モデルで最もよく説明できることが明らかになりました(図3参照)。この研究結果は、マントルが上部と下部で異なる化学組成を持つ2層構造であることを実証したもので、マントルの化学組成は均一であるというこれまでの地球科学の定説を覆す、極めて重要な成果といえます。
本研究結果は、四十数億年の地球の歴史を通じて続くマントルの激しい対流運動にも関わらず、「上部マントル」と「下部マントル」の化学組成が均質になるまで撹拌されなかったということを示しており、これまでの予想に反し、マントルの進化過程においては長らく上部・下部がそれぞれ別々に対流する「2層対流」が卓越していたことを強く示唆しています(図4参照)。
また、地球は四十数億年前、原始惑星物質である隕石の衝突・集積を繰り返して成長し、形成されたと考えられています。したがって、今回の研究で「下部マントル」の化学組成が解明されたことによって、地球全体を構成する物質の化学組成、すなわち「地球の原料物質(隕石)の推定」が可能となります。そして、本研究結果のデータから推定される地球の原材料物質の化学組成は、太陽系の平均組成を代表するような、始源的な隕石(C1コンドライト)の化学組成に一致することが分かりました(図3参照)。
この結果は、過去40年あまり議論となっていたマントルの化学組成及び地球の原料物質をめぐる論争に決着をつけるとともに、全く新たな地球内部モデルの可能性を示しました。本研究結果から導き出された、地球内部構造モデル(不均質マントル)、進化・対流モデル(2層対流の卓越)、および形成モデル(地球の原料の特定)は、いずれも「均質なマントル」から推定されるモデルとは決定的に異なるため、従来考えられていた地球の形成・進化史を根底から見直しを迫るものであるといえます。
《参考資料》
マントル中を伝わる地震波(縦波・横波)は深くなるほど早くなる傾向があり、鉱物の結晶構造や岩石の化学組成の変化に対応して地震波速度が急激に変化する場所も存在する(地震波不連続面)。
先端を平らにした対向する一対の単結晶ダイヤモンドの間に試料を封じ込め、押し込むことで超高圧力を発生させ、ダイヤモンド越しに加熱用レーザーを試料に照射することによって高温を発生させることができる。高温高圧状態の試料へ弾性波測定用のレーザーと密度決定のためのX線を試料に照射し、高温高圧での弾性波速度の決定を行った。
本研究結果から推定される新しい地球内部モデルは、上部・下部で化学組成が異なる2層構造であり、下部マントルは上部マントルに比べてケイ素に富むものであることが分かった。このことから地球全体の化学組成は始源的な隕石(従来よりもケイ素に富む)の組成に近いことが予想される。
四十数億年前のマグマの海に覆われた地球は冷却の歴史とともに徐々に固化(結晶化)し、地球の内部の基本的な層構造が形成されたと考えられている。マントルが固化した後はマントルの対流運動でマントルは均質になるまで撹拌されていると予想されていたが、本研究で、現在の地球のマントルは上部と下部で依然として化学組成の不均質が存在する事が明らかになった。この結果は、地球の歴史を通じてマントルが上部と下部で十分に対流に撹拌されなかったということ、つまり、マントル上部と下部で物質のやり取りを制限するような「2層対流」が卓越していたことを強く示唆している。
《用語解説》
*1 弾性波
固体(弾性体)を伝わる波のことで、地震波もその一種とみなされる。周波数が高い超音波も固体を伝わるときは、P波、S波として伝わり、その速度は原理的には周波数に依存しないため、地震波と同じとみなせる。
*2 地震学的不連続面
地球の中に存在する、地震波の伝わる速度や密度が急激に上昇する場所。これを境に地球の内部は地殻、マントル、核にわけられる。マントルの中にも深さ410kmと660kmに不連続面があり、これらはかんらん石中の相転移によって説明されるが、特に660km不連続面の成因についてはまだ完全に解決していない。なお、マントル遷移層は410kmと660km不連続面で囲まれた、中間の領域である。
*3 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
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