乱れに強い量子液体状態を示す銅酸化物磁性体の発見(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年05月04日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2012年5月4日
国立大学法人 東京大学
国立大学法人 名古屋大学
国立大学法人 大阪大学
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
発表のポイント
•どのような成果を出したのか:銅原子の持つ電子の軌道とスピンの協力現象を制御することで、新たな量子液体状態を実現できることを突き止めました。
•新規性(何が新しいのか): 銅酸化物において、ヤーンテラー相転移と呼ばれる軌道の秩序化を低温まで起こさない初めての例を発見しました。これにより実現したスピン液体状態は、これまでの常識とは異なり、乱れに強いことが分かりました。
•社会的意義/将来の展望:乱れに強い量子液体状態を示す物質の発見は、量子コンピュータなど量子情報の制御の基盤形成に必要な物質開発に一つの指針を与えると期待されます。
超伝導に代表される量子液体は、基礎的にも応用上においても重要な研究対象となっています。これまで磁性体における量子液体状態は 乱れに弱いと考えられてきました。今回、東京大学物性研究所 (所長 家 泰弘) 中辻 知准教授の研究グループは、名古屋大学、大阪大学極限量子科学研究センター、カリフォルニア州立大学、日本原子力研究開発機構、琉球大学、バンデュン工科大学、米国国立標準技術研究所、メリーランド州立大学、ジョンズ・ホプキンス大学と共同で、構造に乱れを伴った銅酸化物の磁性体において、電子の持つ自由度であるスピンと軌道の協力現象によりそれらが低温まで秩序化しない新しい量子状態を形成している事を発見しました。これは乱れに強い一種の量子液体状態と考えられ、今後の物質・材料開発に新たな指針を与えると期待されます。 (論文) |
発表内容
自然は安定で最もエネルギーが低い状態を保とうとします。一方、温度が高くなるとエントロピーと呼ばれる乱雑さが状態を支配しようとします。これが例えば固体が液体に、液体が気体に変化して、自然が魅惑的な様相を示す原動力の一つとなっています。逆に、温度が低くなると、比較的自由に動き回っていた原子や分子が、エネルギーを下げるために自発的にその対称性を破る固体となります。この対称性の破れは、氷が水より軽くなって浮いてしまうといった不思議な現象を示します。しかし、量子力学的なエネルギーを下げることで、低温でも液体状態を保つ場合があり、量子液体として知られています。たとえば、超流動を示すヘリウム、電子の示す超伝導状態などです。この量子状態は基礎的に重要な研究対象であるだけでなく、乱れに対して強いために応用研究の対象として注目されてきました。
一方、最近の磁性体(注1)の研究において、磁性を司るスピンや軌道を特殊な配置に並べた場合、低温まで対称性の破れが生じずにいつまでも液体の状態が保存されるという奇妙な性質が、新たな量子液体(注2)として世界中で注目されて研究されています。しかし、このようなスピンや軌道の量子液体状態は不安定であることが知られており、磁性体の構造の乱れや変化等により凍結すると考えられてきました。
今回我々は銅酸化物の研究から、銅原子の持つ電子の軌道とスピンの協力現象を制御することで、固体中で乱れに強い一種の量子液体状態を実現できることを突き止めました。これらは、東京大学物性研究所で作成及び基礎物性実験により精査した純良試料を用いて、大型放射光施設SPring-8を用いたX線回折実験(名古屋大学)、電子スピン共鳴実験(大阪大学極限量子科学研究センター)、ミュオンスピン共鳴実験(注4)(日本原子力研究開発機構)等の最先端の実験技術の多角的な活用により初めて明らかになりました。この成果は東京大学物性研究所、名古屋大学、大阪大学極限量子科学研究センター、カリフォルニア州立大学、日本原子力機構、琉球大学、バンデュン工科大学、米国国立標準技術研究所、メリーランド州立大学、ジョンズ・ホプキンス大学の共同研究によるもので、米国科学誌『サイエンス』に5月4日に掲載されます。
固体中の陽イオンはその電子エネルギーを下げるために、周囲の陰イオンの配置の対称性を自発的に破る性質を持ちます。これらはヤーンテラーイオンと呼ばれます。銅イオンはその典型例であり、銅酸化物ではこの歪が巨視的に現れるヤーンテラー相転移を示すと考えられてきました。今回われわれが着目した物質(Ba3CuSb2O9、図1)は、協力的なヤーンテラー相転移を低温まで起こさない初めての例であるばかりでなく、さらにスピンも極低温まで動的な液体状態を示すことを明らかにしました。これはスピンと軌道が協力して、局所的に量子力学的な一種の共鳴状態を形成したためであると考えられます(図2)。
このような乱れに強い量子液体状態を示す物質の発見は、量子コンピュータなど量子情報の制御の基盤形成に必要な物質開発に一つの指針を与えると期待されます。
《参考資料》
Ba3CuSb2O9の結晶構造 赤色の銅イオンが蜂の巣格子の短距離秩序を形成する。
スピンと軌道の協力現象が作る量子状態。次の二つが考えらえる。上図: リング型の軌道秩序によるスピンの共鳴状態。下図: スピンと軌道の共鳴状態。ベンゼンのパイ電子の共鳴状態に類似。
中性子散乱によって明らかになったスピン液体状態のつくるエネルギーギャップ。縦軸はエネルギー、横軸は(逆)空間の波数に対応する。このエネルギーギャップの存在が、このスピン液体状態を安定なものにし、不純物等に対して強靭なものにしていると考えられる。
《用語解説》
*1 磁性体・磁気秩序・強磁性体
磁性体とは、内部に各電子の回転運動に起因した微小な磁石(スピン)を有する物質である。通常冷却すると、巨視的な数の電子スピンが何らかのパターンで整列する磁気秩序を示す。主として、磁石としての巨視的な磁化を示す鉄・コバルト・ニッケルなどの強磁性体、磁化が内部で打ち消されている反強磁性体、スピンが秩序化しない常磁性体などに分類される。
*2 スピン液体、量子スピン液体
磁性を担うイオンに束縛された各電子のスピンの向きが、時間的にも空間的にも一定の方向に留まらず、揺らいでいる状態をスピン液体と呼ばれている。特に量子揺らぎのためにスピンが固体にならず、絶対零度まで液体である場合、量子スピン液体と呼ばれる。
*3 幾何学的フラストレーション
下図は正三角形の頂点上にある矢印が電子スピンを表す。矢印は上下の向きを取れるとして、隣り合うスピンは必ず反対向き(反強磁性的)にしかとれないとすると、どうしても配列が一つにさだまらず、スピンはフラストレーションを感じる。このように、三角形を基調とした構造を持つ磁性体は、その構造ゆえにすべてのスピン対に好まれる関係を完全には充足できない。このことを幾何学的フラストレーションと呼ぶ。
*4 ミュオンスピン共鳴実験
加速器によって得られる素粒子ミュオン(μ)を用いた磁気測定手法。ミュオンを試料に打ち込み、ミュオンの小さな磁石としての性質(スピン)を利用して超高感度で磁気秩序の有無を検出する。
《問い合わせ先》 名古屋大学 工学研究科 応用物理 大阪大学 極限量子科学研究センター 日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター (SPring-8に関すること) |
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