燃料電池反応を高効率化する「助触媒」の役割を実験的に解明 ~白金使用量の削減・燃料電池の高効率化の同時実現に指針~(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年05月29日
- BL14B1(QST 極限量子ダイナミクスII)
2012年5月29日
独立行政法人 物質・材料研究機構
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)ナノ材料科学環境拠点(GREEN)電池分野の増田卓也特別研究員、森 利之GREENリーダー、魚崎 浩平コーディネーターらは同機構国際ナノアーキテクトニクス拠点・高輝度放射光ステーション、独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長:鈴木 篤之)量子ビーム応用研究部門の松村大樹研究員、田村和久研究員、西畑保雄研究主幹と共同で、金属酸化物系助触媒(1)が固体高分子形燃料電池用電極反応の高効率化に果たす役割を放射光を用いたその場測定(2)により初めて明らかにした。 2.固体高分子形燃料電池は、水の電気分解反応の逆反応を利用して、高い効率で電力を取り出すことが可能な発電装置である。特に水素を燃料とする水素-酸素燃料電池は、(1) 比較的低温(< 100°C)で動作 (2) 小型化が容易 (3) 排出物が水のみのクリーンな装置、と利点が多く、自動車やモバイル電子機器の電源、家庭用コージェネレーションシステムとしての普及が期待されている。しかし、現在、両極の電極材料として白金が使用されているが、酸素還元反応(3)活性が低く、希少材料である白金を大量に使用する必要があることが大きな問題である。 3.最近、森GREENリーダーらは、助触媒として酸化セリウムを加えた白金-酸化セリウムナノ複合体を開発し、それらが従来の白金触媒(4)に比べて高い酸素還元反応活性を示すことを示した。本研究では、高性能な電極材料の開発を目指して大型放射光施設SPring-8(BL14B1)のX線を用いた固液界面その場計測技術により、反応活性向上におよぼす助触媒である酸化セリウムの役割を明らかにした。 4.その結果、通常の白金触媒では、酸素還元反応は白金表面が一部酸化された状態で進行するが、このように表面が酸化された状態では、白金本来が持つ高い反応活性が損なわれてしまう。一方、新開発した白金-酸化セリウムナノ複合体では、白金と酸化セリウムが接触する界面(5)において部分的な電荷のやりとりが起こり、酸化セリウムが白金の身代わりとなって酸化されることで、白金の酸化が抑制され、白金そのものが持つ高い触媒活性が発揮されているということが示された。 5.以上のように、酸素還元反応時における白金/酸化セリウム界面の重要性が実証されたことから、より効率よく界面を形成することによって、白金の使用量をさらに低減できるのみならず、より高い活性を持つ燃料電池用電極材料の開発につながるものと期待される。 6.本研究成果は、米国科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry C」のオンライン速報版で公開されている。 (論文) |
研究の背景
固体高分子形燃料電池は、水の電気分解反応の逆反応を利用して、高い効率で化学エネルギーを電気エネルギーに変換できる発電装置である。比較的低温(< 100°C)で動作し、小型化が容易であるうえ、排出物が水のみのクリーンな装置であるというメリットから、自動車やモバイル電子機器の電源、家庭用コージェネレーションシステムとしての普及が期待されている。現在、両極における電極材料として白金が広く使用されているが、非常に高価な材料であるため、普及に向けて使用量の低減が不可欠である。また、一方の電極で起こる酸素還元反応に対し、白金はすべての元素の中で最も優れた触媒活性を示す電極材料であるが、理論的に決定される出力をより有効に活用するためにはさらに高性能な触媒材料の開発が必要である。
最近、本研究グループの森らは、比較的安価な材料である酸化セリウムと白金とのナノ複合体が従来の白金触媒より高い酸素還元反応活性を示すことを見出した。本研究では、活性が向上したしくみを解明することができれば、さらに高性能な電極材料の開発に結びつくとの期待から、大型放射光施設(SPring-8)のX線を用いたその場計測技術により、白金-酸化セリウムナノ複合体触媒における酸素還元反応メカニズムの解明を行った。
成果の内容
X線吸収微細構造法(XAFS)は、物質にX線を照射しそのスペクトルを解析することで、対象物質に含まれる元素の酸化状態と周辺元素の種類・距離・数を決定することが可能な手法である。本研究では、このXAFS法を応用し、従来の白金触媒および白金-酸化セリウムナノ複合体表面で酸素還元反応が起こる状態で測定を行い、酸素還元反応活性の向上に酸化セリウムが果たす役割について検討した。
実験結果に基づく、白金-酸化セリウム複合体の形成過程の模式図を図1に示す。白金粒子と酸化セリウム粒子が接触すると、2種類の酸化状態の酸化セリウム(Ce3+および4+)が共存した状態となる。このうちCe4+成分は前処理の過程で選択的に溶出し、白金粒子の表面にCe3+成分を主とした酸化セリウム層が残存する。通常、酸化セリウム単独での主成分はCe4+であることから、酸化セリウム層と白金の間で部分的な電荷の授受が起こり、白金の周りにCe3+成分主体の酸化セリウム層が形成したものと考えられる。
従来の白金触媒では、酸素還元反応が起こる条件付近において白金表面の一部で酸化物が形成するが(図2a中において、大きな変化が観察されたことが、表面における酸化物形成を示す)、白金-酸化セリウムナノ複合体においては白金表面の酸化が著しく抑制されるということが明らかになった(図2b中において、丸で示した図の変化が極めて少ないことが、酸化抑制を示す)。また、本来、白金の酸化が起こり始める条件付近において、Ce3+成分の減少とCe4+成分の増加が開始した(図2b)。これは、白金-酸化セリウムナノ複合体では、両者の界面での電荷のやりとりのため、酸化セリウムのCe3+成分が白金の身代わりに酸化されることによって、白金の酸化が抑制されるということを示している。
過去の研究により、白金表面に酸化物が形成すると酸素還元反応に対する触媒活性は、裸の白金と比べて低下するということが明らかにされている。したがって、白金-酸化セリウム複合体では、酸化セリウム層によって白金酸化物の形成が阻害されたことで、裸の白金本来の触媒活性が発揮されていると結論付けられる。
波及効果と今後の展開
以上のように、酸素還元反応時における白金/酸化セリウム界面の重要性が実証されたことから、より効率よく界面を形成することによって、白金の使用量をさらに低減できるうえ、より高い活性を持つ燃料電池用電極材料の開発に結びつくものと期待される。
また、酸素還元は4つの電子の移動を伴う非常に複雑な反応であり、反応機構の理解と反応速度の向上は燃料電池分野における長年の課題である。これらはしばしば独立に取り扱われる問題であったが、反応機構の詳細を理解し、設計指針へとフィードバックすることで戦略的な触媒開発が可能であるということが本研究により示された。
謝辞
本研究は、独立行政法人物質・材料研究機構、独立行政法人理化学研究所および独立行政法人日本原子力研究開発機構の三機関連携研究の枠組みの中で、物質・材料研究機構と日本原子力研究開発機構の共同研究として行われた。
《参考資料》
(上段) 白金と酸化セリウムのナノ粒子が接触した状態、(中段) 前処理の過程においてCe4+成分が選択的に溶出する様子、(下段) 実際に触媒として利用された白金-酸化セリウムナノ複合体の模式図。白金粒子の周りにはCe3+を主成分とした酸化セリウム層が形成されている。
(a)従来の白金触媒および(b) 白金-酸化セリウムナノ複合体における白金・酸化セリウムの酸化状態を示す。白金-酸化セリウムナノ複合体では、従来の白金触媒と比べて、白金表面の酸化が著しく抑制されている。青はプラス方向へ、赤はマイナス方向へのスキャン。
酸化セリウム/白金界面の形成により白金表面の酸化が抑制され、白金本来の高い酸素還元反応活性が維持されている。
《用語解説》
*1 助触媒
触媒が単独で示す触媒作用を強化したり、触媒の欠点を補う働きをもつ。
*2 その場観察・その場計測技術
化学反応が起こっている状態を再現し、その様子を直接観察すること。空気中や真空中で行う通常の計測と比べて格段に難しい。
*高性能な材料を開発するためには、反応のしくみについて正しく理解することが重要である。反応に使用した試料を空気中や大気中に取り出して測定を行う場合、途中で起こったことを予想する必要があるため、しばしば間違った結論を生じてしまう。一方、その場計測は反応中の真の試料の情報を与えるため、材料の問題点や改善点の把握につながりやすいという意義がある。
*3 酸素還元反応
酸素分子に2電子あるいは4電子を供給し、水酸化物イオンまたは水へと還元する反応。
*4 触媒
化学反応の反応速度を早くし、目的とする反応を選択的に進行させる物質。反応の前後で自身は変化しない。
*5 界面
ある物質の相(気体、液体、固体)が他の物質相と互いに接触している境界。
《問い合わせ先》
独立行政法人物質・材料研究機構 ナノ材料科学環境拠点(GREEN)
独立行政法人日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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