鉄系超伝導体:新メカニズムを示唆する決定的な実験結果(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年07月11日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2012年7月11日
東京工業大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
○ 鉄系超伝導の原型物質で意外な発見
○ Tcの山が1つでなく、もう1つのもっと高く、大きな山があった
○ 今回、見つかった2つ目の山は、これまでの理論では説明が困難
○ 水素がマイナスイオンとしてドープできたことが発見に繋がった
東京工業大学 フロンティア研究機構の細野秀雄教授、応用セラミックス研究所 松石聡助教と飯村壮史大学院生らのグループは、水素のマイナスイオン*1を用いることで、鉄系超伝導体に従来の3倍以上の電子を注入することに成功し、新たな超伝導を発現する領域を発見しました。今回、新しく発見された領域の方が、これまで知られていた領域よりもTcが高く、超伝導が発現する範囲も広範なことを判明しました。これらの結果は、今まで受け入れられつつあったスピンによるメカニズムでは説明が困難であり、軌道が主役を演じる機構の重要性を示す決定的な実験結果と見做すことができ、より高いTcをもつ物質探索の有力な指針を提供しています。 本研究は、最先端研究開発支援プログラム「FIRST」の一環として行われたもので、一部の実験は大型放射光施設SPring-8と共同で実施されました。 (論文) |
背景
2008年に本研究グループによって発見された鉄系超伝導体は、1986年の銅酸化物系の高温超伝導体*2以来の革新的な超伝導物質として、世界中でその臨界温度(Tc)の高温化とその発現メカニズムの解明を目指して、猛烈な勢いで研究が進行しており、これまでに既におよそ5000報もの論文が発表されている。最高のTcは55K で、これは銅酸化物系を除くと最も高いものである。また、上部臨界磁場(超伝導が消失しない最大の磁場の大きさ)が大きく、しかも臨界電流の大きさが結晶の粒界の角度によって急激に低下しないなど、線材としての応用に適した特性をもつことが明らかになっている。
磁性と超伝導とは競合関係にあるので、磁石になる鉄は超伝導の発現には有害と信じられてきた。よって、鉄系超伝導体の発見はこれまでの常識を覆しただけでなく、高いTcが得られたことから、そのメカニズムの解明に大きな関心が寄せられている。これまで有力と見做されてきた“スピン揺らぎ”の機構によると、高いTcが出現する領域は狭い範囲と予想され、これまでの実験結果をほぼ説明できていた。ところが、“軌道の揺らぎ”の方がスピンのそれよりも支配的であるという理論が、昨年 日本のグループから提唱され、鉄系の高いTcを決めているのはどちらの機構なのか大きな関心となっていた。
今回の成果
LaFeAsO1-xFxは、鉄系超伝導体として最初に発見された物質系で、xが0.04-0.20までの範囲で超伝導が発現していた。今回、フッ素イオン(F-)の代わりに水素マイナスイオン(H-)を用いると、x=0.04~0.53というこれまでよりも2倍以上も電子をドープできることを見出した。こうして作製された試料について超伝導を調べてみると、超伝導特性は0.04〜0.20(領域I)だけでなく、0.20〜0.53(領域II)という範囲でも出現し、しかも後者の方が高いTcを示し、Tcがxにあまり依存しないという結果が得られた。
これまでのスピン揺らぎの理論によると、領域IでTcが表れることは説明できるが、今回新たに見出された領域IIは説明が困難である。電子状態の計算を行った結果、領域IIでは、鉄の3つのd軌道のバンドが同じようなエネルギーの値になることが分かった。これは鉄の軌道が決定的な役割を演じることを強く示唆している。
また、Tcがより高いREFeAsO1-xHx(RE:希土類元素)系では、領域IIのみが表れることが判明し、これによって鉄系超伝導体には 性格の異なる2種類の超伝導が発現する範囲が存在し、高いTcの表れる領域では、スピンよりも軌道が重要な役割を演じることが明らかになった。
今後の展望
高いTcをもつ鉄系超伝導体の超伝導発現機構は、これまで受け入れられていたスピンではなく、軌道が支配的な役割を演じていることがかなり明白になった。今後は、軌道の役割を最大限に生かす物質を求めて、これまでの最高のTcの値を更新する試みが集中的になされるものと思われる。
《参考資料》
(左)2008年2月の報告(本研究グループ、米国化学会誌)
(右)今回の報告。フッ素の代わりに水素マイナスイオンを使うことで、電子が2倍ドープできるようになり、領域IIの新しい山が発見された。
《用語解説》
*1 水素マイナスイオン
水素のイオンは電子を一つ放出したH+(陽子)が一般的であるが、陽イオンになりやすい元素との組み合わせでは電子を一つ取り込んだH-イオン(水素化物イオン)になることも珍しくはない。H-イオンは電子が過剰であるために、軽い割に大きく、例えばNaHでのイオン半径は146pmと酸化物イオン(O2-)に匹敵する大きさを持つ。
*2 高温超伝導体
超電導転移温度(臨界温度Tc)が高い物質を意味し、日本工業規格では25K以上と定義されている。1986年に発見された銅酸化物系では水銀系銅酸化物(Tc=138K、高圧下では160K)が見出され、これが現在までのTcの最高温度となっている。その後もMgB2(Tc=38K)や本研究グループによる鉄系超伝導体(Tc=55K)などの高温超伝導体が発見されている。
*3 電子スピン
電子の自転を意味する。電子は電荷をもっているため、それが回転することにより一つ一つの電子はそれぞれが磁石となる。磁性を持たない物質では対となった電子がそれぞれ逆向きのスピンをもっているため外に磁性を示さない。一方、電子が対とならない(不対電子状態)場合は、その状態により強磁性(磁石)など様々な磁性が現れる。
*4 超伝導発現の機構
超伝導発現の必須事項であるクーパー対(電子が対となり、互いの働き合いにより超伝導が生じる)生成の機構を意味する。銅酸化物系超伝導体より以前はBCS理論(格子振動を媒介とする生成)により、すべて説明可能であったが、銅酸化物系ではそれだけでは説明できず、スピンの揺らぎを媒介とする機構が受け入れられている。鉄系超伝導体でも当初はこのスピン揺らぎ機構での説明が主流であったが、本研究成果は、それ以上に、軌道揺らぎ効果が決定的に重要であることを実験的に強く示唆するものである。
《問い合わせ先》 高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 鉄系超伝導体:新メカニズムを示唆する決定的な実験結果(プレスリリース)