人工カプセルでたんぱく質の生け捕りに成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年10月03日
- BL38B1(構造生物学III)
- BL41XU(構造生物学I)
2012年10月3日
科学技術振興機構
東京大学 大学院工学系研究科
自然科学研究機構 分子科学研究所
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
ポイント
● たんぱく質のような巨大分子を閉じ込められる世界初の精密人工カプセル
● 金属イオンと有機化合物を混ぜ合わせるだけで自然にできる「自己組織化」で作製
● たんぱく質の構造解析や機能改変など、産業、創薬分野でのさまざまな用途が期待
JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻の藤田 誠 教授、自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンターの加藤 晃一 教授らは、人工的に作り出した直径7ナノ(ナノは10億分の1)メートルのカプセル内部に、たんぱく質を丸ごと閉じ込めることに成功しました。 (論文) 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 |
研究の背景と経緯
自然界ではたんぱく質やDNAなどの生体分子が、ウイルスの殻などの巨大なカプセル状物質に閉じ込められることで、構造や生理活性が制御されたり、必要とされる時まで貯蔵されたりすることが知られています。人工的な化学現象においても、中空のカプセル状分子(ホスト分子)が、ほかの分子(ゲスト分子)を内部に閉じ込める「ホストーゲスト」と呼ばれる化学現象がよく知られていて、ゲスト分子の構造や物性、反応性を制御できることが報告されています。例えば、リング状の分子構造を持つクラウンエーテルは、リングの大きさに適合する陽イオンを選択的にリング内に閉じ込めることができ、また、カプセル状のシクロデキストリンは、香辛料や香料、増粘剤といった分子を閉じ込めて安定化・物性改変できることから、食品や材料分野で応用されています。生体分子をホスト分子に閉じ込められれば、自由自在に生体分子の構造や機能を操る技術の開発につながると期待できます。しかし、従来の人工ホスト分子は大きさが小さく、内部に閉じ込められるゲスト分子の大きさは、金属イオンや小分子などの1ナノメートル以下に限られていました。精密な構造を持つ人工ホスト分子を用いて、たんぱく質のような3~10ナノメートルサイズの巨大な分子を閉じ込めることはこれまでの技術では不可能でした。
研究の内容
研究チームはこれまで、直径が数ナノメートルを超え、分子量が1万を超える巨大な球構造を、金属イオンと有機化合物の配位子注2)による自己組織化を利用することで簡単で効率的に、一義構造体注3)として作り出せることを明らかにしてきました。ここで、配位子として直線ではなくわずかに角度を持つものを用いることが重要です。
今回、これらの球構造にたんぱく質を閉じ込めるために、この角度を持つ配位子にさらに工夫を施しました。それは、たんぱく質をあらかじめ配位子の1つに結合しておき、残りの配位子には糖鎖注4)を結合させておいたことです。糖鎖はたんぱく質表面と同じ親水性の物質なので、金属錯体が組み上がっていく過程でたんぱく質表面と糖鎖が相互作用し、たんぱく質が糖鎖に包まれた状態でカプセルが形成されると考えたためです。具体的には、水とアセトニトリルとの混合溶媒を入れたフラスコに、パラジウム(II)イオン(M)と、糖鎖を連結した配位子(L1)、たんぱく質であるユビキチン注5)(分子量:8600)を連結した配位子(L2)とを一緒に入れ、45°Cで3時間程度混ぜることで、パラジウム(II)イオンと配位子が結合し、最終的には、M12L123L2組成の中空構造の中にユビキチンを1つずつ閉じ込めた構造ができました(図1)。また、糖鎖の役割としては、組み上がったカプセルの内壁に位置して、ユビキチンの折りたたみ構造を安定化していることも考えられます。
次に、得られた構造体について、構造解析を行いました。一般的に、巨大なたんぱく質などの物質の構造を分子レベルで厳密に決定することは、構造が複雑であるため困難です。しかし、今回は人工カプセルを用いてたんぱく質を1つだけ閉じ込めることができたため、構造が一義的に定まり、また個々のたんぱく質が隔離されてたんぱく質間の相互作用が抑制されることで、詳細な構造決定が可能になりました。最先端のNMR注6)、超遠心分析注7)、放射光とMEM注8)を利用した単結晶構造解析注9)と呼ばれる解析法により、世界初の「たんぱく質を丸ごと閉じ込めた人工カプセル」が、用いた原料に対して100%の効率で生み出されたことが分かりました。
今後の展開
自己組織化は、思い通りに設計して複雑な構造を持つ分子を作り出すことができ、さらに、分子構造に応じた特徴的なホストーゲスト現象により物性を調整できる、新しいものづくりの方法です。今後、使用する配位子やその化学修飾、自己組織化条件などの検討でさまざまなたんぱく質の閉じ込めが可能になれば、たんぱく質の構造と機能の解析に応用が期待されます。例えば、生体内の環境を保ったままたんぱく質を単独で捕捉することができれば、結晶化が難しいたんぱく質でも、カプセルの構造や性質によって結晶化が可能なため、たんぱく質の解析にとって重要な結晶構造解析に革新的な進展をもたらし、創薬・生命科学分野において新しい応用に展開されることが大いに期待されます。
また、ホスト分子に閉じ込められたゲスト分子は、その構造や物性、反応性が制御されることが知られており、同様に、閉じ込められたたんぱく質に対しても高度な制御が期待されます。従って、今回の研究成果を応用することにより、たんぱく質やその部分構造の生体機能や酵素活性を人工的に精密制御したり、ホスト分子を化学修飾することによってたんぱく質を固定化・放出したりするなど、付加的な機能発現も将来的に可能になると期待できます。
《参考資料》
(左)最大エントロピー(MEM)法を併用した単結晶構造解析により明らかになったたんぱく質の電子密度マッピング。
(右)シミュレーションしたたんぱく質の構造。
《用語解説》
*1 金属錯体
金属イオンと配位子とから構成される分子のこと。
*2 配位子
金属イオンと弱い結合を作る性質を持つ分子のこと。この弱い結合が協同的に働くことによって、金属イオンと配位子とが結びつきあい、1つの球状化合物へと組み上がる。
*3 一義構造体
構成する成分の数や集まり方が厳密に決まっており、かたち、大きさ、重さ(分子量)に一切分布を持たない、厳密に定まった構造体。
*4 糖鎖
分子内に多数の水酸基を持つために、親水性が高く、たんぱく質の表面と親和することが期待される。
*5 ユビキチン
76個のアミノ酸からなるたんぱく質であり、さまざまな生体現象に関わることから、広く興味を持たれている。
*6 NMR(Nuclear Magnetic Resonance)
核磁気共鳴の現象を用いた測定手法。今回の研究では、溶液状態の錯体分子の構造情報が得られ、また、拡散定数を決めることで、分子の大きさを見積もることができた。
*7 超遠心分析
重力の20万倍に及ぶ大きな遠心力のもとでの溶液状態の分子の動きを追跡することで、分子量分布や形状を決定する測定手法。今回の研究では、一義構造の分子量が得られ、またユビキチンが連結された分だけ分子量が増加したことが分かった。
*8 MEM(Maximum Entropy Method)
最大エントロピー法。実験的に得られる限られたデータから、可能な限り精密な情報を取得する情報処理の手法。今回の研究では、中空内部の弱い電子密度を定量化し、また可視化するのに役立った。
*9 単結晶構造解析
結晶化した試料に対してX線を照射し、回折現象によって得られた反射点データから分子構造を解析する手法。今回の研究では、たんぱく質を閉じ込めたカプセル分子の立体的な分子構造を決定するのに役立った。
《問い合わせ先》
自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター (JSTの事業に関すること) (SPring-8に関すること) |
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