新たなLED照明の可能性を拓く ありふれた元素から、新しい蛍光体を開発。屋内照明に適した、人に優しい白色LEDが可能に。(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年10月17日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2012年10月17日
株式会社 小糸製作所
国立大学法人 東京工業大学
国立大学法人 名古屋大学
株式会社小糸製作所(社長 大嶽昌宏)は、東京工業大学(学長 三島良直)の細野秀雄教授の研究グループ、名古屋大学(総長 濱口道成)の澤博教授の研究グループとの共同研究により、新しいLED用Cl_MS(クルムス)蛍光体※1を開発しました。 (論文) |
1. 研究の背景
近年、地球規模の課題である低炭素社会の実現に対し、省エネルギー性能に優れる白色LEDは、環境に優しい光源として急速に普及しています。
白色LEDは、1996年に青色チップと青色光を黄色光に変換する黄色蛍光体(YAG蛍光体)((Y,Gd)3(Al,Ga)5O12:Ce3+)との組み合わせにより実現しました。しかしながら、青色チップとYAG蛍光体を使用した白色LEDには、以下の課題があります。
1つ目は、不快な眩しさを与えやすい点です。現在主流の白色LEDは、点光源状に発光するため、照明器の輝度(輝き)が過剰に高くなります(図2a)。その結果、照明器からの直接光、窓やディスプレイ等への映り込みが視界に入り、不快な眩しさが生じています。また、点光源状の発光は照射範囲が狭く、部屋全体を照らすことができません。現在は、眩しさの低減や照射範囲を広げるため、拡散板等の部材を使って光を拡散する工夫がなされていますが、このような部材の使用は、光量の低下を招き、白色LED本来の発光効率が損なわれています。
2つ目は、各白色LED毎の発光色がバラつく点です。現在主流の白色LEDは、チップの青色光と蛍光体の黄色光で白色光を形成するため、チップ上に実装された蛍光体層を通過してくる青色のチップ光が必要になります(図2b)。しかし現状、チップ光の出射量は十分な制御ができておらず、色のバラつきが発生しています。そのため、白色LEDは発光色を選別し、色ランクをつけて製造されています。
3つ目は、蛍光体の価格です。近年、白色LED用蛍光体研究は、演色性向上、色温度の調整のために、窒化物を中心に行なわれています。窒化物蛍光体の製造には、高圧焼成処理が必要であり、製品化された蛍光体は高価であり、白色LEDの価格を引き上げています。
今回開発のCl_MS蛍光体を実装した白色LEDは、以上の問題を解決でき、LED照明に新たな可能性を拓きます。
2. 研究の内容と成果
2-1. 新しい結晶構造を持つCl_MS蛍光体の発見
小糸製作所は、東京工業大学 細野教授の指導を受け、紫色チップ用の蛍光体を、高圧焼成処理が不要な酸化物ベースで探索してきました。その過程で、蛍光体の合成法に初めてセルフフラックス法※4を適用したことにより、Cl_MS蛍光体を発見しました。
Cl_MSは、貝・石・塩等に含まれるありふれた元素からなる結晶性の物質ですが、無機結晶材料データベースに無く、物質が特定できませんでした。精密な物質の特定を行うために、約4ヶ月を費やしCl_MS単結晶を成長させました。
Cl_MS単結晶については、名古屋大学 澤教授の研究グループにより大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を利用した結晶構造解析が行われ、その結果、Cl_MSが新しい層状の結晶構造を持つ物質であることを明らかにしました(図3)。
Cl_MSに希土類元素ユーロピウム(Eu)を添加することで、Cl_MSは発光機能をもつ蛍光体になります。Cl_MS蛍光体に対する結晶構造解析では、結晶内のユーロピウム位置の正確な把握により、蛍光体の発光に温度依存性※5が生じるメカニズムを解明することに成功しました。
Cl_MS 蛍光体は、照明用白色LEDに適した発光励起スペクトルを示します(図4)。発光スペクトルはブロードで幅が広いため、色の再現性に優れ、演色性を求められる照明用途に適しています。そしてその内部量子効率は90%以上と非常に高い値を示します。
最大の特長は励起スペクトルであり、Cl_MS蛍光体は紫色光を黄色光に変換しますが、青色光に対しては吸収・変換を示しません。従来の蛍光体では青色光を吸収・変換してしまうために、複数の蛍光体を混合すると色ズレを起こし、均一な発光色を確保することは困難でした。Cl_MS蛍光体は青色蛍光体と混合したとき、青色蛍光の再変換による色ズレが起こらず、安定した発光色を確保できます。
この特性は、Cl_MS蛍光体の非常に大きなストークスシフト※6によるものです。そのメカニズムについて、細野教授の研究グループは密度汎関数※7を用い蛍光体の発光サイトの解析を行いました。その結果、大きなストークスシフトの起源は、層状結晶による歪みに起因していることを明らかにしました。
<Cl_MS蛍光体の特長>
・ありふれた元素を主成分とした新しい結晶構造を持つ物質
・酸化物ベースの物質のため、高圧焼成処理が不要
・発光スペクトルは幅広く、色の再現性(演色性)に優れている
・高い変換効率で紫色光を黄色光に変換する
・青色蛍光体と混合し白色光化したとき、青色光を吸収、変換をしないため、色ズレを起こさない
2-2. Cl_MS蛍光体の白色LEDへの応用
Cl_MS蛍光体は青色蛍光体と混合し、紫色光を照射することで白色光を得ることができます。本研究で試作した代表的な白色LEDは、混合した蛍光体を透明シリコーン樹脂中に低濃度で分散し、紫色チップより十分大きなサイズの半球ドーム状に実装することで作製されました(図1)。
このような低濃度での蛍光体実装は、白色LEDの光束(明るさ)を向上させることができます。それは、蛍光体粒子間が開き、蛍光体粒子による光の遮蔽が少なくなるためです。またこの白色LEDは、発光部の面積が広いため、明るさが向上したにも関わらず、現在主流の白色LEDに比べ輝度が10分の1以下になり、眩しさを軽減することができます。更に指向性の無い蛍光体の発光のみで白色光を形成するため、照射角が広く、部屋全体を照射する屋内主照明に適しています。
この白色LEDは、発光部を大きくしても、ムラ無く同一色の発光を得ることができます。よって蛍光体の実装形態は、半球ドームだけでなく、ライン状、キャンドルライトのように発光する円すい状等、さまざまな形態での実装が可能です(図5)。
最後にCl_MS蛍光体を使用することにより、白色LEDの色のバラツキを抑えることができます。これは、蛍光体同士での再吸収・変換がなく、蛍光体一粒一粒がチップの紫色光を青色、黄色に独立して変換するため、白色LEDの発光色は蛍光体の配合比の調整だけで決まります。その結果、白色LED製造時の色を選別、ランク分けなどの手間が省けることになります。
<Cl_MS蛍光体を使った白色LEDの特長>
・蛍光体の低濃度実装による、明るさの向上
・発光面積の拡張による眩しさの軽減
・指向性のない発光のため、照射角が広い
・広い面積で均一色発光が可能なため、ライン状、円すい状、キャンドル状 等
さまざまな形状で実装でき、LED照明器のデザイン自由度を高める
・安定した発光色を実現でき、製造時の発光色のバラツキを抑制、選別、ランク分けが不要
《参考図》
《用語解説》
*1 Cl_MS(クルムス)蛍光体
本蛍光体の骨格構造であるクロロメタシリケートから名付けた蛍光体名称。小糸製作所が、合成及び単結晶の取出しに成功し、名古屋大学の協力により解析した結果、新物質と判明。
*2 紫色チップ
現在のLEDチップの発光層の組成は、Ga1-xInxNで構成されている。Inの含有量で発光色が決まり、Inが少ないほど、短波長発光する。Ga1-xInxNの組成で、最も効率よく発光する組成は、青色チップより少ないInの量の紫色チップと言われている。
*3 高輝度放射光
放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。この放射光を用いて、物質の種類や構造、性質を詳しく知ることができます。ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究で利用されている。
*4 セルフフラックス法
生成する結晶の原料成分の一部が、フラックス(融剤)としても作用する結晶育成法。
*5 蛍光体の発光の温度依存性
蛍光体の発光は、一般的に温度上昇とともに、発光強度は低くなるが、温度が下がれば元の発光強度に戻る。温度に対する低下度合いは、蛍光体組成によって異なっている。
*6 ストークスシフト
蛍光体での吸収フォトンエネルギーと発光フォトンエネルギーの差を示す。
*7 密度汎関数
物理や化学の分野で、原子、分子などの多くの電子が集まっている状態を調べるために用いられる量子力学の関数。
今回はEuサイトでの電場の勾配軸からEuサイトの非対称性を定量化した。蛍光体の解析としては初めての試みである。
《問い合わせ先》 (光物性について) (結晶構造解析について) (リリース等に関する問合せ) (SPring-8に関すること) |
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