作動中のリチウムイオン電池ナノ界面を世界で初めて観察 ~蓄電池の劣化原因解明へ~(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年10月25日
- BL01B1(XAFS)
- BL37XU(分光分析)
2012年10月25日
京都大学
京都大学 高松大郊 特定研究員*、小山幸典 特定准教授*、折笠有基 助教**、荒井創 特定教授*らの研究グループは、京都大学と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同で推進している革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISINGプロジェクト:プロジェクトリーダー 小久見善八特任教授*)の一環で、リチウムイオン電池に用いられる電極最表面における挙動の、電池作動条件下でのその場観察に世界で初めて成功し、蓄電池劣化の初期過程を明らかにしました。 (論文) |
背景
蓄電池は、これまで携帯機器の電源や自動車のスターターとして幅広く使われてきましたが、近年は電気自動車や自然エネルギー貯蔵などの新たな用途が期待されており、エネルギー・環境問題の解決に必要なキーデバイスです。中でも、エネルギー密度の高いリチウムイオン電池のさらなる改善が期待されており、特に電気自動車を始めとする使用期間の長い用途では、寿命特性の向上が強く求められています。
リチウムイオン電池の劣化につながる大きな要因として、リチウムイオンが電極と電解質の間の界面を通る際の反応障壁の存在が知られており、電池が作動している際の界面の挙動を観察し、反応障壁を下げる有効な改善策を講じることが重要です。しかし電池作動条件下で、ナノメートルオーダーの界面領域を有効に観察する手法がなく、適切な解析手法の開発が望まれていました。
今回の成果
本研究では、材料の電子・局所構造を捉えるエックス線吸収法(XAS)を用い、電池の充放電を行いながら界面のナノ情報が得られる実験系を構築し、界面挙動の解明に挑みました。エックス線源には大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いることで、電池構成要素の中から、狙った界面の情報を適切に得ることが可能になりました。ここでは、リチウムイオン電池正極に多く用いられるLiCoO2を取り上げ、界面が見やすいように平滑な薄膜を用いた実験を実施しました(図1)。
LiCoO2電極を電解液に浸漬した前後でXAS測定を行うと、電極表面からの深さ数十ナノメートルの電極バルク部分では、変化が観測されなかったのに対して、電解液に接した電極最表面では、コバルト種が還元していることが分かりました(図2)。また充放電を行うと、バルク部分では可逆性良く反応が進行するのに対し、最表面部分では不可逆的な挙動が見られました。これは電解液浸漬時のコバルト種の還元が、その後の円滑な電極反応の妨げにつながることを示しています。従来予想されていなかった最表面コバルト種還元の妥当性を調べるため、量子力学に基づく理論計算手法によるエネルギー評価を行ったところ、電解液中の有機溶媒がLiCoO2電極の最表面に作用して、有機溶媒の酸化とコバルト種の還元が同時に起こることが、理論計算上でも確かめられました(図3)。
今後の展望
電極最表面における挙動は、従来のバルク観察手法や解体分析手法では分からなかった重要な知見であり、今後は電極表面の修飾や、電解液の分解抑制材の検討に役立て、リチウムイオン電池の長寿命化・高性能化を目指します。またこの知見を活かして、リチウムイオン電池に代わる高性能な革新型蓄電池の開発を進めて行きます。
《参考図》
《用語解説》
*1 革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業
京都大学及び産業技術総合研究所関西センターを拠点として、12大学・4研究機関・13企業がオールジャパン体制で集結し、現状比5倍のエネルギー密度を有する革新型蓄電池の実現を目指して推進している、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の共同研究事業。RISINGとは、Research and Development Initiative for Scientific Innovation of New Generation Batteriesの略。
*2 リチウムイオン電池
エネルギー密度が高く、携帯電話やノートパソコンなどの携帯型電子機器用の中心的な電源として利用されている二次電池。最近ではハイブリッド自動車、電気自動車、大型蓄電池への利用が進められている。長く日本が世界シェア一位を保っていたが、近年では他国の猛追にさらされており、国際競争力のさらなる向上が求められている。正極・負極の電極と有機電解液が主な構成要素であり、リチウムイオンが動くことで充放電反応が進行する。
*3 大型放射光施設SPring-8
世界最高性能の放射光を生み出す施設で、兵庫県の播磨科学公園都市にある。理化学研究所が所有し、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っている。放射光とは、ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する光のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野の研究開発が加速的に進められている。
*4 エックス線吸収法(XAS)
高エネルギーのエックス線を試料に照射し、対象とする元素に特有なエネルギーを持つエックス線の吸収率を観察することにより、物質内原子の電子構造や、隣接原子との結合などの局所構造に関する情報を得る解析手法。XASとは、X-ray Absorption Spectroscopyの略。
《問い合わせ先》 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室 |
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