ヒドロゲナーゼ酵素活性中心の振動状態の観察に成功 -持続可能な水素社会の実現に向けての研究に新たな切り口-(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年11月29日
- BL09XU(核共鳴散乱)
2012年11月29日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
高輝度光科学研究センター(以下、JASRI)は、カリフォルニア大学デービス校、マックスプランク研究所、ローレンスバークレー国立研究所、イリノイ大学、エクス マルセイユ大学、フランス国立科学研究センター、フィラデルフィア・オステオパシー医大、ジョージア大学、アルゴンヌ国立研究所と共同で、大型放射光施設SPring-8(※1)の高輝度X線を利用することにより、ヒドロゲナーゼの活性中心(※2)の振動状態の観察に成功しました。 (論文) |
研究の背景
酵素は化学反応を触媒する天然に存在するタンパク質です。多種多様な酵素のひとつに、水素分子の生成と分解のどちらに対しても触媒作用を示すヒドロゲナーゼがあります。今回解析をおこなったニッケル・鉄ヒドロゲナーゼの特長は、触媒作用において、地球上に豊富に存在し比較的安価である鉄とニッケルを利用することです。従来、最も効率が良いとされてきた水素触媒は、触媒作用においてプラチナを利用していましたが、高価な貴金属であることから、クリーンな水素をエネルギー源として利用する“持続可能な水素社会”の実現に向けて、より安価で効率の良い触媒の開発や、自然エネルギーによる効率の良い水素生成手法の確立が求められています。そのような社会的環境の中で、鉄とニッケルといった、自然界に、身近に存在する金属を利用するヒドロゲナーゼの活性機構の解明は、科学的興味だけでなく自然に学ぶという観点からも、非常に強い関心が持たれています。
ニッケル・鉄ヒドロゲナーゼは図1および図2に示すように触媒作用を示す活性中心に鉄とニッケルをひとつずつ持っています。鉄はふたつのシステインのチオール基(SH)を介してニッケルと結びついています。また鉄は一酸化炭素(CO)やシアノ基(CN)といった金属酵素の活性中心としては特異な配位子で機能を発現しています。ヒドロゲナーゼはその酸化状態によって水素イオンや水酸基やおそらくはヒドロペルオキソ基といったものを図2の中のXの部分にあたる鉄とニッケルの間にとりこんで様々な化学状態を実現していると推測されています。しかしながら、その直接的な証拠はまだとらえられておらず、その構造や物理的性質などの活性機構の全容の解明は非常に大きな興味が持たれています。
今回の成果
今回我々は57Fe核共鳴振動分光法(NRVS)を用い、この酵素の活性機構を解明するために非常に重要な手がかりとなる、活性中心にあるFe原子の振動の様子を観測しました。
57Fe核共鳴振動分光法(NRVS)は超単色化された14.4keVのX線を試料にあて、Fe原子の振動モードを調べる比較的新しい手法で、これにはエネルギー選択性が高く指向性の高い強力な光であるシンクロトロン放射光が必要です。この手法は共鳴ラマン分光や赤外分光などの従来の手法と比較していくつかの優れた特徴があります。その一つとして、57Fe選択性があることにより、タンパク質のようなどんなに複雑な分子でも、活性中心にある57Fe原子の振動のみを抽出できます。また他の手法と異なり、あらゆる酸化状態の測定、水溶液中での測定も可能です。
図2に示しますヒドロゲナーゼのNRVSスペクトルを構造のよく似たモデル分子のデータと比較しながら解析した結果、鉄の振動モードをすべてアサインすることができました。とりわけ400cm-1から650cm-1の高エネルギーの領域に活性中心にあるFe-CNおよびFe-COの伸縮モード、Fe-C-Oの変角モードがあることが分かりました。これらの振動モードは他の手法ではこれまで観測されていなかったものです。振動モードが測定されると活性中心にある原子のまわりの詳細な原子配置が分かるとともに、原子間の結合の様子を導くことができます。これにより触媒作用中にどのような原子がどのような角度で結合し、どのように電子の受け渡しをしているかなどの活性機構の詳細な解明につながります。
今後の展開
今後、この手法を利用してさまざまな制約から測定が困難であった酵素の活性機構の研究が進展するものと期待されます。とりわけヒドロゲナーゼにおいては、より統計精度の高いデータを蓄積することによって、水素が活性中心で実際にどのように生成や分解されているかを知ることができると考えています。得られる知見は将来の“持続可能な水素社会”の実現に向けて、より安価で効率の良い触媒の開発や自然エネルギーによる効率の良い水素生成に役立つものと期待されます。
《参考図》
Ni-Feで示された部分が水素分子の生成・分解反応を触媒している活性中心
Fe-S,Fe-CN,Fe-COで示された部分がそれぞれ鉄と硫黄、鉄と一酸化炭素、鉄とシアノ基の結合による振動モード(酸化状態:赤線、還元状態:青線)
《用語解説》
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*2 活性中心
酵素の中で基質が選択的に結合して触媒反応が起こる部位。活性中心の中に金属を含むものを金属酵素と呼び、さまざまな場面で活躍し生命活動を支えている。
*3 核共鳴振動分光法(NRVS)
原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅をともなう原子核励起をおこさせることにより振動の様子を調べる分光法。ある特定の原子に注目した振動が測定できることが最大の特徴で、1995年瀬戸らにより初めておこなわれた。エネルギー準位が原子核の種類により異なることと極めて狭いエネルギー幅をもつことを利用している。
《問い合わせ先》
(SPring-8に関すること) |
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