大型放射光施設 SPring-8

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鉄系高温超伝導体の圧力による鉄電子状態と格子振動の変化の観測に成功 -鉄系高温超伝導発現機構の解明の手がかりに-(プレスリリース)

公開日
2013年01月16日
  • BL09XU(核共鳴散乱)

2013年1月16日
兵庫県立大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

 兵庫県立大学、高輝度光科学研究センター(以下、JASRI)および日本原子力研究開発機構の研究グループは、大型放射光施設SPring-8の高輝度X線を利用した核共鳴非弾性散乱*1により、鉄系高温超伝導体*2での圧力誘起格子振動と鉄原子電子状態の変化の観測に成功しました。その結果、鉄原子の電子状態変化を伴った砒素原子間の軌道電子混成状態の変化が鉄系高温超伝導発現機構に強く関与していることを初めて発見しました。
 本研究成果は、英国物理学会 (The Institute of Physics : IOP)の凝縮系物質関連雑誌(Journal of Physics: Condensed Matter)の最新号(2013年1月16日号)に発表され、発表論文が英国物理学会の注目論文 (IOP Select)*3に選ばれました。またこれに先駆けて2012年12月5日にオンライン版に掲載されました。

(論文)
"Observation of a pressure-induced As-As hybridization associated with a change in the electronic state of Fe in the tetragonal phase of EuFe2As2"
Hisao Kobayashi, Shugo Ikeda, Yui Sakaguchi, Yoshitaka Yoda, Hiroki Nakamura and Masahiko Machida
Journal of Physics: Condensed Matter, 25 (2013) 022201

 兵庫県立大学大学院物質理学研究科 小林寿夫教授、池田修悟助教、阪口友唯(大学院生)と高輝度光科学研究センター 依田芳卓主幹研究員の研究グループは、大型放射光施設SPring-8を利用した核共鳴非弾性散乱法とメスバウアー分光法*4を用いて、鉄系高温超伝導の母物質である正方晶EuFe2As2 の格子振動と鉄原子電子状態について、2.5万気圧以上の高圧力下での観測に初めて成功しました。その結果、EuFe2As2が超伝導状態に転移するとされる2.5万気圧以上での観測が可能となり、圧力誘起の格子振動と鉄原子電子状態の変化が2.5 万気圧で起こることを発見しました。この鉄原子の電子状態変化を伴った砒素原子間の軌道電子混成状態の変化が、超伝導発現機構に強く関与することを解明しました。図1に代表的な核共鳴非弾性散乱スペクトルを示します。大気圧と2.5 万気圧以上である3.3万気圧で、±10 meV での励起確率が大きく変化しています。この励起確率の変化が格子振動の変化を表しています。

 さらに、日本原子力研究開発機構 町田昌彦シミュレーション技術開発室長と中村博樹研究員による、高圧力下での格子振動の第一原理計算による結果と上記実験結果を比較したところ、2.5万気圧以上の実験で観測された圧力誘起の格子振動の変化が砒素原子間の結合状態の変化に対応していことを解明しました。

 2.5 万気圧以上の高圧力下では、鉄系高温超伝導の母物質であるEuFe2As2 も絶対温度25ケルビン(摂氏マイナス248度)で超伝導状態へと転移します。今回、この圧力誘起鉄系高温超伝導体において、超伝導状態が発現する高圧力下で鉄原子電子状態の変化を伴った砒素原子間の結合状態の変化を実験的に解明したことは、高温超伝導体研究における基礎科学としての大きな成果といえます。本研究対象である鉄系高温超伝導体は、図2に示しますように超伝導を担う鉄砒素(FeAs)層と層間物質が交互に積み重なった配列を持っています。本研究で明らかになった高圧力で誘起される砒素原子間の結合状態の変化は、鉄砒素(FeAs)層をつなぐ層間物質の電子状態が超伝導状態発現に重要な役割をしていることを示しています。これにより、鉄系高温超伝導体の発現機構の解明へ向けて研究の進展が大いに期待されます。

 この成果は英国物理学会(The Institute of Physics : IOP)の凝縮系物質関連雑誌(Journal of Physics: Condensed Matter)の2013年1月16日号に注目論文(IOP Select)として発表されます。


《参考図》

図1 大気圧と3.3万気圧での核共鳴非弾性散乱スペクトル
図1 大気圧と3.3万気圧での核共鳴非弾性散乱スペクトル

黒丸が測定データ、赤の実線は計算された非弾性成分を示す。赤の実線は青の各線で示されたシングルフォノン、2フォノン、マルチフォノンによる寄与からなる。±10 meV での励起確率が大きく変化しており、この励起確率の変化が格子振動の変化を表している。


図2  正方晶a軸方向から見たEuFe2As2の原子配列
図2  正方晶a軸方向から見たEuFe2As2の原子配列

図中の矢印が砒素原子間の軌道電子の混成状態変化による砒素原子の移動を表している。


《用語解説》
*1 核共鳴非弾性散乱

放射光X線を用いた原子核の反跳を伴った共鳴散乱。非弾性散乱とは入射X線と散乱X線の波長が異なっている。

*2 鉄系高温超伝導体
2008年に日本で発見された新しい高温超伝導体。強磁性材料である鉄を含む化合物は超伝導にはならないと考えられてきたので大変注目され、多くの研究がなされている。しかし、その超伝導発現機構については明らかになっていない。

*3 注目論文(IOP Select)
A英国物理学会は、その出版された論文の中から、現在の研究状況からの際立った進歩やブレイクスルーと高い新規性および今後の研究に重要なインパクトを与えるなどを基準に英国物理学会の編集者が注目論文 (IOP Selectを選ぶ。

*4 メスバウアー分光
メスバウアー効果(γ線の無反跳共鳴吸収)を利用して特定の原子の価数、電場勾配、磁性等の電子状態を調べる手法。



《問い合わせ先》
(研究に関すること)
 兵庫県立大学 大学院物質理学研究科 多重極限物質科学研究センター
  教授 小林 寿夫(こばやし ひさお)
    TEL:0791-58-0145 FAX:0791-58-0146
    E-mail:mail1

(SPring-8に関すること)
 (公財)高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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