XFELのパルス幅を1京分の1秒以下に圧縮する手法を考案 -原子内の電子運動をリアルタイムかつ高精度に計測する技術開発を目指して-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年02月13日
2013年2月13日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
● 既存技術を組み合わせた手法でパルス幅を約300倍圧縮可能
● パルス幅53アト秒、ピークパワー6.6テラワットのXFELを発振可能
● パルス幅0.3アト秒というX線レーザーの理論限界へ第一歩
理化学研究所(野依良治理事長)は、X線自由電子レーザー※1(XFEL)施設が発振するX線レーザーのパルス幅を圧縮する新たな手法を考案しました。この手法を理研のXFEL施設「SACLA※2」に適用してシミュレーションした結果、波長1.24オングストローム(Å:1Åは10-10m=0.1nm)、パルス幅※3 53アト秒(as:1asは10-18秒=100京分の1秒)、ピークパワー※4 6.6テラワット(TW:1TWは1012W)という超短パルス・超高強度のX線レーザー発振が可能であることを確認しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)光源物理チームの田中隆次チームリーダーによる成果です。 (論文) |
背 景
高速に変化する現象を光で観察する場合、光を照射する時間の短さとその明るさが重要です。特に、化学反応の過程で生ずる原子や分子の運動は、数10フェムト秒から数100フェムト秒という超短時間で起こるため、詳細な情報を得るには照射時間がそれ以下であることが求められます。さらに、この極端に短い時間内に観察したい対象物へ十分な明るさの光を届けるためには、非常に高いピークパワーも必要です。近年、可視光や赤外線領域では、回折格子などの光学機器を応用したパルス圧縮と呼ばれる技術が実用化されてきたため、フェムト秒程度の照射時間と非常に高いピークパワーを持った光(超短パルスレーザー)を利用し、さまざまな分野の超高速現象が解明されています。
超短パルスレーザーにおけるパルス幅の理論的な限界値は、「その波長に相当する距離だけ光が進むのに要する時間」と同程度です。例えば、一般に利用される波長8,000Åの赤外線レーザーでは約2.7フェムト秒になります。この考え方に従うと、波長1Å程度のX線領域のレーザーで利用可能なパルス幅の限界値は、赤外線レーザーよりも4桁小さい約0.3アト秒(0.0003フェムト秒)と計算できます。しかし、現在稼働中のXFEL施設で発振しているX線レーザーのパルス幅は、赤外線レーザーのパルス幅と同程度の数フェムト秒にとどまっています。これは、X線領域ではパルス圧縮に応用可能な光学機器が存在しないためです。そこで、可視光や赤外線領域のパルス圧縮とは異なる新たな手法の開発が待ち望まれていました。
研究手法と成果
研究チームは、レーザー発振後に光学機器を用いてパルス圧縮を行うのではなく、レーザー、光学、そして加速器の既存技術を組み合わせて、レーザー発振の過程でパルス圧縮する手法を考案し、SACLAに適用した場合をシミュレーションしました。
まず、XFELでレーザー発振するときの媒体である高エネルギー電子ビームに、8,000Å程度の赤外線レーザーを照射し、電流ピークがくし状に分布した電子ビームを作り出します(図1a)。次にこの電子ビームを、通常のXFELと同様にアンジュレーター※5と呼ばれる特殊な磁場を発生する装置に入射すると、電流ピークに相当する位置だけでレーザー発振が起こり、X線パルスがくし状に分布したX線レーザーが生成されます(図1b)。こうして最初のアンジュレーターからは、くし状の電子ビームとX線レーザーが出てきますが、電子ビームについては、その進行方向を4個の磁石で曲げてシケインと呼ばれる軌道に誘導します。一方、磁石の影響を受けずに直進するX線レーザーは、複数のX線ミラーで大きく迂回させ、次のアンジュレーターに入射するタイミングを電子ビームよりもわずかに遅らせます(図2a)。この調整により、先頭に位置するX線レーザーパルス(ターゲットパルス:図1b)と、最後尾の電流ピーク(テイルピーク:図1a)とが一致し、テイルピークはターゲットパルスだけに作用してレーザー発振を増強します(図1c)。
2つめのアンジュレーター内をある程度進むと、テイルピークはターゲットパルスを増幅する代償として自身のエネルギーの一様性を失い、それ以降増幅を継続できなくなります。そこで、次段のアンジュレーターに入射するときには、ターゲットパルスの位置をテイルピークの1つ前方(8,000Å前方)に位置する電流ピークと一致させることで、新しいテイルピークを得ます(図2b)。新しいテイルピークは、最初の増幅にほとんど利用されていないため、引き続きターゲットパルスを増幅することができます(図1d)。この過程を繰り返すと、ターゲットパルスは1つずつ前方に位置する電流ピークと一致するように移動していくため、パルス増幅を継続することが可能となります。
この過程を、アンジュレーターを24個、X線ミラーを2カ所用いた場合でシミュレーションした結果、波長1.24ÅのX線レーザーが、パルス幅53アト秒、ピークパワー6.6テラワットで発振することを確認しました(図1e)。この手法を適用しない場合のシミュレーションでは、パルス幅が約20フェムト秒、ピークパワーが0.02テラワットであったことから、約300倍という高い効率でパルス圧縮が可能であることが分かりました。
今後の期待
今回確認した数10アト秒という極めて短いパルス幅は、原子の周りを周回する電子の周回運動の典型的な周期よりも短いため、電子運動のリアルタイム計測を実現します。さらに、数テラワットというピークパワーは、従来のXFELより数100倍高く格段に明るいため、化学反応過程などの超高速現象を観測する精度を大幅に改善し、これらの現象の本質に迫ることが期待されます。今後、X線領域におけるパルス幅の理論限界値である0.3アト秒までパルス圧縮するためには、さらに2桁程度圧縮率を増強する必要があります。研究チームは、今回考案した手法をもとに研究を進め「究極のX線レーザー」の実現を目指します。
《参考図》
(a)波長8,000Åの赤外線レーザーとの相互作用を経て、くし状に電流が分布した電子ビーム。電流ピークはくしの歯状に8,000Å間隔で並んでいる。
(b)くしの歯状の電子ビームをアンジュレーターに入射して得られる発振初期段階でのX線レーザーのパルス構造。
(c)シケインとX線ミラーを調整して、電子ビームのテイルピークの位置とX線レーザーのターゲットパルスの位置を一致させると、ターゲットパルスだけが増幅される。
(d)電子ビームがシケインを通過する間にX線レーザーを直進させると、ターゲットパルスは1つ前方の電流ピークと一致し、増幅が継続する。
(e)最終的に53アト秒のパルス幅、6.6テラワットのピークパワーを持つX線レーザーが生成する。
黄色の矢印は、電子ビームに対するターゲットパルスの相対的な位置変化の履歴を示す。
(a)電子ビームがシケイン軌道を通過する一方、X線レーザーは複数のX線ミラーによって、より大きく迂回させられ、次のアンジュレーターへの入射が電子ビームよりも遅れる。実際には、ターゲットパルスとテイルピークが一致するように調整する。
(b)電子ビームとX線レーザーが2つめのアンジュレーターを出た後は、電子ビームがシケインを通過する間X線レーザーを直進させる。X線レーザーは近道を通るため、次のアンジュレーターへの入射が電子ビームよりも早まる。実際には、ターゲットパルスの位置と、テイルピークの1つ前方(8,000Å前方)に位置する電流ピークが一致するように調整する。以後は、シケインを通過するたびに、ターゲットパルスと一致する電流ピークは1つずつ前方に移動する。
《用語解説》
※1 X線自由電子レーザー
X線領域におけるレーザー(X-ray Free Electron Laser:XFEL)のこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の限界はない。
※2 SACLA
理研播磨研究所で稼働中のX線自由電子レーザー施設。SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserに由来する施設の愛称。
※3 パルス幅
光パルスの発光時間。長さあるいは時間の単位で表すことができ、その換算係数は真空中での光の速さ(毎秒30万km)である。例えば、1フェムト秒のパルス幅は、10-15(sec)×3×108(m/sec)=3×10-7(m)で、0.3ナノメートル(nm)に相当する。
※4 ピークパワー
ある光パルスが有するパワーの最大値で、そのエネルギーをパルス幅で割ることによって得られる。同じエネルギーを有する光パルスでも、パルス幅が小さいほど、大きなピークパワーが得られる。
※5 アンジュレーター
NとSの磁極を交互に上下に配置し、その間を通り抜ける電子を周期的に小さく蛇行させ、特定の波長を持った光を作り出す装置。理研の大型放射光施設SPring-8では、世界に先駆けて開発した真空封止型アンジュレーターや27mにおよぶ長尺アンジュレーターなどを整備し、世界最高レベルの放射光発生を実現している。X線自由電子レーザー施設SACLAで開発したアンジュレーターは、1台の長さが約5mであり、1台あたり277周期で磁石が交互に配列されている。
《問い合わせ先》 播磨研究所研究推進部企画課 伊藤 裕司 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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