自然界に存在する鉱物で熱電発電を可能に -環境にやさしい高効率な熱電変換鉱物を発見-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年02月15日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2013年2月15日
北陸先端科学技術大学院大学
産業技術総合研究所
理化学研究所
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)マテリアルサイエンス研究科の末國晃一郎助教、小矢野幹夫准教授、産業技術総合研究所(産総研)エネルギー技術研究部門熱電変換グループの太田道広研究員、山本淳研究グループ長、理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター理研RSC-リガク連携センターの西堀英治連携センター長らは、自然界に存在し、身近な元素である銅と硫黄を多く含む鉱物のテトラへドライトが、400°C付近で高い熱電変換性能を示すことを発見しました。さらに、この高い性能は、複雑な結晶構造と銅原子の異常大振幅原子振動に起因した極端に低い熱伝導率によることを明らかにしました。これらの成果は、身近な元素からなる材料を用いた、環境にやさしい熱電発電の実現に大きく寄与するものです。 (論文) |
研究の背景と経緯
熱電発電(※1)とは、固体素子を用いて、熱(温度差)エネルギーを電気エネルギーに変換する技術です。近年のエネルギー問題への関心の高まりから、未利用廃熱を有効活用できる熱電発電は注目を集めています。特に、自動車や工場の高温排気中の、膨大な量の中温廃熱(300~500°C)の利用が求められています。既存の熱電発電システムに組み込まれるビスマス(Bi)-テルル(Te)系材料の使用上限温度は250°Cであるため[1]、中温領域まで高い性能を示す新しい材料の開発が急務です。さらに、本温度領域で有望とされている熱電材料は鉛などの有害元素を多量に含有し、このことが実用化の大きな障壁となっています。したがって、既存の材料よりも安全な材料の開発が必要とされています。
JAISTの研究グループは、一昨年から、身近で環境にやさしい元素であるCu(銅)とS(硫黄)を含む硫化鉱物のテトラへドライト(図1左、※2)に注目して研究を行ってきました。その結果、およそ1年前に、日本応用物理学会英文学術雑誌において、自然界に存在するテトラへドライトとほぼ同じ組成を持つCu12-xTrxSb4S13(Tr:遷移金属; Sb:アンチモン)を合成し、Trx = Ni2.0(Ni:ニッケル)が室温付近において比較的高い熱電変換性能を示すことを初めて報告しました[2]。この成果を発展させるため、今回の研究では、産総研と共同で、Niの置換量xを調節した試料を作製し、実用温度領域である400°Cまでの性能の評価を行いました。さらに、JAISTは理研と共同で、テトラヘドライトの高い熱電変換性能の主な要因である低い格子熱伝導率の原因を明らかにするために、結晶構造と原子の振動を詳しく調べました。
研究機関の連携
JASITにおいて、独自の熱電材料設計指針に基づいて、テトラへドライトCu12-xNixSb4S13の試料合成が行われました。次に、硫化物熱電材料の開発に実績がある産総研において、試料の高密度化と高温物性測定が行われました。また、熱電材料の結晶構造解析に実績がある理研の大型放射光施設SPring-8において放射光によるX線回折実験を行い、結晶構造と原子振動について詳しく調べました。このように、多機関が密接に連携することにより本成果が得られました。
研究成果
今回作製した、Cu12-xNixSb4S13の母体x = 0の無次元熱電性能指数ZT(※3)は、実用温度である約400°C(673K)において0.5という高い値を示しました。さらに、xの量を細かく調節することにより、ZT値はx = 1.5組成において0.7にまで向上しました。この値は、約7%の熱電変換効率に相当し、過去に報告されたp型(※4)鉛フリー硫化物の中では最も高い値です(図1右)。テトラへドライトは熱電材料として有望であり、昨年末には米国・ミシガン州立大のグループがNiの代わりにZn(亜鉛)とFe(鉄)を置換した材料において高い性能を報告するなど、世界的に注目を集めています[3]。
テトラへドライトの高いZTは、シリカガラスの半分程度と極端に低い格子熱伝導率(※5)に起因します。この低い格子熱伝導率の原因を突き止めるため、結晶構造を詳しく調べた結果、CuS3三角形の中心に位置するCu原子が、三角形面に垂直な方向にゆっくりとした(低エネルギーの)大振幅振動することが分かりました(図2)。このCuの大振幅原子振動が、硬いCu-Ni-Sb-Sネットワークを伝搬する熱を阻害し、低い熱伝導率が実現したと考えられます。この大振幅振動はSbS3ピラミッドの頂点のSbの方向に向けて起きているので、Sb3+の不対s電子による静電的な相互作用がCuの振動状態に重要な役割を果たしている可能性があります。
今回の研究では、鉱物資源として古くから知られていた硫化鉱物が、実用中温領域で高い熱電変換性能をもつことを発見しました。加えて、鉱物における低い熱伝導率をもたらす結晶構造の特徴を示したことは、より高い性能をもつ熱電発電硫化鉱物の開発に繋がり、環境にやさしい熱電発電の実現に大きく寄与するものです。
今後の展開
テトラへドライトの性能を向上させると共に、高性能熱電材料の発見を目指して、類似構造をもつ物質にも注目して材料開発・探索を進めます。また、世界に先駆けて、環境にやさしい鉱物熱電発電システムを開発することで、持続可能な社会の実現に貢献します。
参考文献
[1] H. Kaibe et al., Komatsu Technical Report 57, 26 (2011). (日本語)
[2] K. Suekuni et al., Appl. Phys. Express 5, 051201 (2012). (英語)
[3] X. Lu et al., Adv. Energy Mater. (2012) published online.(英語)
《参考図》
(左)天然のテトラへドライト (Cu,Fe,Ag,Zn)12Sb4S13
(産総研地質標本館所蔵標本)
(右)テトラへドライトCu12-xNixSb4S13と様々なp型鉛フリー硫化物の無次元熱電性能指数ZT
テトラへドライトの結晶構造の一部。CuがSbの方向に大振幅振動する様子を示している。
《用語解説》
※1 熱電発電
金属または半導体試料の両端に温度差をつけることにより、その両端間に電圧が発生する、ゼーベック効果を応用した発電を熱電発電と呼びます。素子の一方を熱源に接触させ、他方を熱浴(例えば常温の熱浴や水冷された熱浴)に接触させることで、温度差を作り出し発電することができます。電圧は温度差に比例して大きくなります。
※2 テトラへドライト(安四面銅鉱)
天然に存在する鉱物であり、一般的に (Cu,Fe,Ag,Zn)12Sb4S13などの組成をもちます。テトラへドライトは立方晶構造を持ち、その単位胞中には58個もの原子が含まれます。結晶構造は、CuS4四面体、CuS3三角形、SbS3ピラミッドから形成されるため、非常に複雑です。
※3 無次元熱電変換性能指数(ZT)
熱電材料の性能を表す無次元熱電変換性能指数(ZT)は絶対温度T、電気抵抗率ρ、ゼーベック係数S、電子の熱伝導率κel、および格子の熱伝導率κLを用いてZT = S2Tρ-1(κel+κL)-1と表されます。それぞれの単位はT : K、S : VK-1、ρ : Ωm、κ : WK-1m-1です。高い性能には、低いρと高いS、および低いκelとκLが必要です。熱電変換素子を電池に例えると、低いρと高いSは低い内部抵抗と高い出力電圧にあたります。電圧発生に必要な温度差を維持しやすくするために、低い熱伝導率κが要求されます。
※4 p型(n型)
一般的に半導体に対して用いられる用語で、電気伝導キャリアのタイプ(型)を示します。正孔の移動により電荷も移動する場合はp型、電子が担っている場合はn型と呼びます。ここでは、応用上意味のある、ゼーベック係数の符号が正である材料のことをp型材料と呼んでいます。
※5 格子熱伝導率
熱伝導率は、熱の伝わりやすさを表す物理量です。一般的に、熱は結晶格子の振動と電気伝導キャリアにより輸送されます。この熱伝導率の結晶格子の成分を格子熱伝導率と呼びます。
《問い合わせ先》 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 独立行政法人産業技術総合研究所 独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
(取材に関すること) 独立行政法人産業技術総合研究所 独立行政法人理化学研究所
(SPring-8に関すること) |
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