スピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントに分離した磁気特性の高精度な測定手法を確立 -高性能磁石の評価・開発ツールとして期待-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年03月04日
- BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
2013年3月4日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
兵庫県立大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)と兵庫県立大学は共同で、従来の磁化測定法に磁気コンプトン散乱法(※1)を新たに組み合わせることにより、スピン磁気モーメント(※2)の磁気ヒステリシス(※3)と軌道磁気モーメント(※4)のそれとを分離して高精度に測定する手法の開発に成功しました。 (論文) |
研究の背景
1つの磁石を分割すると2つの小さな磁石になります(図1)。さらに分割してどんどん小さくしていくと、磁石として働いている原子に至ります。原子は原子核と、その回りを軌道を描いて周回する電子群に分けることができますが、磁石としての機能を担っている究極の物体は電子です。この電子は2つの異なる仕組みで磁石の機能を発現しています(図2)。1番目の仕組みは電子が一定の速度で自転(スピン)運動することにより磁気を帯び、2番目は電子が原子核を中心とした軌道上を周回運動することにより磁気を帯びるものです。前者の磁気の大きさはスピン磁気モーメント、後者の磁気の大きさは軌道磁気モーメントと呼ばれ、磁石を特徴づける物理量です。特に、軌道磁気モーメントは磁石の強さや結晶中のN極・S極の向きを決める要因と考えられ、磁石の性能評価や高性能磁石の材料設計を行う上で重要な指標となっています。例えば、ハードディスクの磁気ヘッドでは軌道磁気モーメントが消失した磁石が用いられ、逆にハイブリッド自動車のモーターでは大きな軌道磁気モーメントをもつ磁石が使われています。しかし、従来の磁気計測器ではスピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントを足し合わせた全磁気モーメントしか測定出来ず、磁性材料の評価や高性能磁石の研究開発を加速させるために、両者を分離できる測定手法の開発が望まれていました。
研究内容と成果
本研究では、大型放射光施設SPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)において、高エネルギー・円偏光X線を利用した磁気コンプトン散乱法によりスピン磁気モーメントのみの磁気ヒステリシスを高い精度で測定しました。この磁気ヒステリシス曲線と、従来の磁気計測器である試料振動型磁力計を用いて測定した全磁気モーメントの磁気ヒステリシス曲線との差をとることにより、軌道磁気モーメントの磁気ヒステリシス曲線の導出に成功しました。これは、BL08Wに設置されている高エネルギーX線モノクロメータの振動低減及び磁気コンプトン散乱装置(図3)の電気的ノイズ低減により、電子の自転(電子スピン)による円偏光X線散乱強度を電子の電荷によるX線散乱強度から精度良く分離出来るようにし、スピン磁気モーメントの高精度測定を実現したことによります。
図4に、今回得られたSmAl2強磁性体の3種類の磁気ヒステリシス曲線を示します。試料外部からかけた磁場をプラスからマイナスに変化させたときとマイナスからプラスに変化させたときで磁気モーメントの値が描く経路が異なるため、外部磁場が初期状態(0テスラ)に戻っても磁場が残留する現象を磁気ヒステリシスとよび、その測定値の描くループが磁気ヒステリシス曲線です。図4の実線は試料振動型磁力計で測定した全磁気モーメントのヒステリシス曲線を示します。外部磁場を+2テスラと-2テスラの間で変化させたときの変化は小さく、プラスの磁場ではプラスの全磁気モーメントの値を示し、マイナスの磁場ではマイナスの全磁気モーメントの値を示します。さらに+0.5テスラと-0.5テスラの間で小さいながらもヒステリシス現象が観測されています。図4の黒丸●は磁気コンプトン散乱法で測定したスピン磁気モーメントのヒステリシス曲線です。プラスの磁場ではマイナスの大きな値を示し、マイナスの磁場ではプラスの大きな値を示し、+0.5テスラと-0.5テスラの間で大きなヒステリシス現象が見られます。図4の白丸○は、全磁気モーメント(-)とスピン磁気モーメント(●)の差をとることによって得られた軌道磁気モーメントのヒステリシス曲線で、スピン磁気モーメントの場合とくらべて値のプラス・マイナスが逆転した形状をしています。
今回、スピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントに分離することにより、SmAl2強磁性体の両磁気モーメントは正負反対の符号をもつことによりお互いに打ち消しあい、その結果、全磁気モーメントすなわち磁化は小さな値になっているということが判明しました。こうした分離測定から、高性能磁石の研究開発において、どのような磁性元素を組み合わせればスピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントの打ち消しあいが解消して全磁気モーメントが大きくなるのかがわかり、より高性能な磁石の設計指針が得られます。
今後の展開
磁性体はハイブリッド自動車のモーターをはじめ、コンピュータのハードディスクの読み取り磁気ヘッドや記録媒体、交流の電圧を変えるトランス、光通信ケーブルの光アイソレーターなど、実生活のあらゆる場面で使用される製品に磁石は使われています。磁石には、N極・S極を反転しやすい「柔らかい磁石」から反転しにくい「硬い磁石」まで、用途によっていろいろありますが、全ての磁石において、その性能や特徴を明らかにするために、磁気ヒステリシス測定が行われています。
本研究で開発した手法は、全ての磁石について応用できるため、特にハイブリッド自動車のモーターの開発や高価な希土類元素を含まない磁石の評価など幅広い分野での高性能磁石の開発に活用出来るものと期待されます。
《参考図》
棒磁石を分割すると2つの小さな磁石になります。どんどん小さくしていくと1個の磁石として機能している原子(原子磁石)に至ります。
原子磁石の磁力は電子が担っています。電子は一定の速度で自転(スピン)運動することにより磁気を帯び、さらに電子は原子核を中心とした軌道上を周回運動することにより磁気を帯びています。前者の磁気の大きさをスピン磁気モーメント、後者を軌道磁気モーメントと呼びます。軌道磁気モーメントは磁石の性能評価や材料設計における重要な指標になります。
磁気コンプトン散乱装置。楕円偏光ウイグラー(※7)と呼ばれる挿入光源から放射された高エネルギー・円偏光X線から182 keVのエネルギーの円偏光X線を選び、磁気コンプトン散乱装置に導きます。試料は超伝導電磁石の中におかれ、磁場がかけられます。試料で散乱したX線はX線検出器で検出します。
スピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントに分離した磁気ヒステリシス曲線。
《用語解説》
※1 磁気コンプトン散乱法
自転(スピン)している電子によって散乱された円偏光X線を検出することにより、原子磁石の性質を調べる実験手法です。スピン磁気モーメントを定量的に測定できます。
※2 スピン磁気モーメント
一定の速度で自転(スピン)している電子は1個の磁石として働きます。この磁気の大きさがスピン磁気モーメントです。
※3 磁気ヒステリシス曲線
磁石の外部から磁場をかけ、プラスからマイナスに変化させたときとマイナスからプラスに変化させたときとで磁石の磁化の大きさが描く経路が異なりループができる現象をヒステリシスとよび、このループを磁気ヒステリシス曲線とよびます。磁石を特徴づける曲線として、広く使われています。
※4 軌道磁気モーメント
電子は原子核を中心に軌道を描いて周回運動しています。この電子の周回運動により磁気が生じます。この磁気の大きさが軌道磁気モーメントです。
※5 大型放射光施設 SPring-8
独立行政法人 理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※6 円偏光X線
X線は、お互いに直交した電場と磁場が波打ちながら進んでいく電磁波です。X線が進行するにつれて電場が波打つ面が一方向に一定の速さで回転していく場合、このX線を円偏光X線と呼びます。磁石の性質を調べるプローブとして用いられます。電場が波打つ面が回転せず一定の方向を保ったまま進むX線を直線偏光X線とよびます。
※7 楕円偏光ウイグラー
ほぼ光速に等しい速度まで加速された電子を電子の進行方向に垂直な面上で楕円軌道を描くように運動をさせることにより円偏光X線を発生させる装置です。実際に発生するX線は円偏光と直線偏光の混合になっているので楕円偏光と呼ばれています。
《問い合わせ先》 兵庫県立大学大学院 物質理学研究科
(報道担当) |
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