単結晶X線解析によるヘリウム原子の観測、ならびに異種原子を同時に内包させたフラーレンの合成に世界で初めて成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年03月06日
- BL38B1(構造生物学III)
2013年3月6日
京都大学
筑波大学
発表のポイント
● ヘリウム原子の単結晶X線構造解析に世界で初めて成功
● 二種類の手法の組合せにより、異種原子を同時に内包した新規フラーレン※1を創出
● 有機太陽電池材料や有機トランジスタの性能向上に期待
京都大学 化学研究所の村田 靖次郎 教授、同 高等教育研究開発推進機構の加藤 立久 教授、同 福井謙一記念研究センターの永瀬 茂 シニアリサーチフェロー、ならびに筑波大学 生命領域学際研究センターの赤阪 健 教授らの研究グループは、世界で初めて、サブナノサイズの空間に閉じ込めたヘリウム原子の構造解析に成功し、さらにヘリウム原子と窒素原子を同時に内包したフラーレンの合成手法を開発しました。 (論文) |
研究の背景と経緯
風船の浮揚用ガスとしてよく知られているヘリウムは、最も軽くて小さな希ガス原子であり、常圧で絶対零度付近においても固体にならないという、極めて特徴的な性質をもっています。またこれまで、ヘリウム原子を選択的に固体中に閉じ込められる物質が存在しなかったため、単結晶X線構造解析によるヘリウムの観測例は全くありませんでした。この測定法は結晶性物質の構造解析に極めて有用で、結晶を構成する全ての原子の電子数に依存する反射データを解析することにより、構成原子の位置や熱振動の様子を決定することができますが、小さく軽いヘリウム原子がこの方法で観測され得るかどうかは全く未知でした。
一方、フラーレンは、球状に結合した炭素原子で構成される分子であり、その内部にはサブナノスケールの完全な真空の空間が存在します。そこに物質が存在するものが内包フラーレンであり、空のフラーレンとは異なった電子物性や化学反応性を有しているために、機能性有機材料として世界中で大きな注目を集めています。従来、その合成法は、アーク放電法、イオン注入法、高温高圧処理法、の3つに限られており、そのいずれも、金属イオン・原子を内包する物質合成の効率はあまり良くありませんでした。しかし近年、温和な条件下で内包フラーレンを合成できる「分子手術法」が開発され、本研究グループではこれを応用して、小分子やヘリウム原子の内包体を極めて効率よく合成する手法を開拓してきました。ただし、これまでいずれの手法も単独で用いられるだけであり、複数の手法を組み合わせることができれば、多彩な内包フラーレンの創出につながると期待されていました。
研究の内容
本研究グループは、ヘリウム原子を内包したフラーレンC60を分子手術法によって合成し、その内包率をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)により30%から95%に向上させ、さらにポルフィリンとのサンドイッチ型の分子錯体として単結晶作製に成功しました。また、この単結晶について、SPring-8において放射光を用いたX線回折実験を行い、その結果、C60の内部に捕獲されているヘリウム原子の観測に世界で初めて成功しました。摂氏マイナス100度の測定温度においても、内部のヘリウム原子が動いている様子が観測されました(図1、図2)。このことは、C60の内部には、ヘリウム原子が内包されていても、もう少し余分な空間が存在していることを示しています。
そこで、イオン注入法の一種であるプラズマ放電法により、ヘリウム原子を内包したフラーレンに窒素原子を追加で挿入することを試みました。窒素原子由来の電子スピン共鳴スペクトルおよび質量分析スペクトルの測定から、得られた生成物はヘリウム原子と窒素原子の異種2原子を内包していることが確認され、異種原子が近接することにより原子の位置が変化し、また分子の対称性が低下することによって生じる電子構造の変化も理論的に説明されました。これは、2種類の内包フラーレン合成法を段階的に適用することによって、これまでにない異種原子を内包したフラーレンを合成した初めての成功例です(図3)。
今後の展開
本研究により、既存の内包フラーレンに対してイオン注入法を適用することが、異種原子を内包する新しいフラーレンの創成に有効であることが示されました。さらにリチウムなど他の原子を内包させる可能性を検討し、多様な内包フラーレンの合成方法を確立していきます。
フラーレンは、次世代有機薄膜太陽電池や有機トランジスタの基盤材料として広く使われており、このような新しい内包フラーレンを利用することにより、各種デバイスの性能向上を実現するブレークスルーが得られ、また、量子コンピューターへの応用も期待されます。
《参考図》
ヘリウム原子(赤い球)を内包したフラーレンC60とヘリウム原子・窒素原子(青い球)の両方を内包したフラーレンC60
単結晶X線回折により得られたヘリウム内包フラーレン(He@C60)の構造(緑の球がヘリウム原子)
ヘリウム原子内包フラーレン(「He@C60」と「He@C70」)に、それぞれ窒素ガス存在下で高周波プラズマ放電することにより、ヘリウム原子と窒素原子を内包するフラーレン「HeN@C60」と「HeN@C70」が合成される。
《用語解説》
※1 フラーレン
炭素原子が球状に結合して構成される球状分子。1985年に最初のフラーレンC60が発見され、1990年にアーク放電法による大量合成法が確立された。1996年のノーベル化学賞は、フラーレンを発見した3人の研究者に与えられた。
※2 アーク放電法
中空のフラーレンや金属内包フラーレンを合成する代表的な手法。金属を練り込んだグラファイト棒を低圧のヘリウムガス存在下でアーク放電させ、ススを発生させる。そのススを有機溶媒によって抽出することによって、ススの質量の1割程度のフラーレン混合物が得られる。その大部分は中空のC60ならびにC70であり、金属内包フラーレンが少量生成する。
※3 イオン注入法
中空のフラーレンC60あるいはC70を真空下で昇華させ、そこへ窒素やリチウムのプラズマを作用させることによって、窒素原子を内包したフラーレン、あるいは、リチウム内包フラーレンを合成する手法。
※4 高温高圧処理法
中空のフラーレンに希ガス(ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン)を3000気圧、650度程度の高温高圧で接触させることにより、極少量の希ガス内包フラーレンを合成する手法。
※5 分子手術法
京都大学 化学研究所の小松紘一教授・村田靖次郎教授らによって開発された、新しい内包フラーレン合成法。穏和な条件下での有機化学反応によりフラーレンに開口部を構築し、そこから水素分子・ヘリウム原子・水分子を内部に高効率で挿入し、その後開口部を修復することによって、元のフラーレン骨格を再生させる。
※6 電子スピン共鳴スペクトル
磁気共鳴吸収法のひとつで、有機化合物中の不対電子(ラジカル)の構造を解明するのに非常に優れた測定法。
※7 有機薄膜太陽電池
可視光を効率良く吸収する半導体ポリマーとフラーレン誘導体の混合薄膜の上下に電極を取り付けた次世代太陽電池。シリコンを用いないため、軽くフレキシブルな電池の作製が可能である。
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