環境にやさしい<水素>を利用した新たな機能材料の開発指針を得る -ペロブスカイト型水素化物の形成過程を解明-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年03月07日
- BL14B1(QST 極限量子ダイナミクスII)
2013年3月7日
国立大学法人東北大学
独立行政法人日本原子力研究開発機構
発表のポイント
• ペロブスカイト構造を持つ新しい水素化物(LiNiH3)を高温高圧下の水素化反応によって合成。その形成過程を高輝度放射光X線回折測定でその場観察し、形成機構を解明した。
• ペロブスカイト型水素化物は水素貯蔵材料としての機能に加えて、ペロブカイト型酸化物と同様に、超伝導などの多様な物性・機能性を示すものと期待されているが、合成の報告は限られていた。
• 形成機構の解明により、ペロブスカイト型水素化物の設計・開発指針が得られ、今後の材料開発研究が大いに加速されることになる。
東北大学金属材料研究所(所長 新家光雄。以下「東北大金研」という。)の研究グループは、同学原子分子材料科学高等研究機構(機構長 小谷元子。以下「東北大AIMR」という。)、独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之。以下「原子力機構」という。)との共同研究により、ペロブスカイト型水素化物の形成機構を大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光X線を用いて世界で初めて解明しました。機能性材料として期待される一方、その合成報告例が限られていたペロブスカイト型水素化物の設計・開発指針が得られたことにより、水素貯蔵や超伝導などの機能性に富んだエネルギー材料開発が大いに加速されることになります。 |
研究開発の背景と目的
ペロブスカイト型酸化物(化学式ABX3)は結晶構造がシンプルながら、多様な電気的・磁気的性質を示すことから、物性・機能性の宝庫と呼ばれており、これまで数多くのペロブスカイト型酸化物(化学式ABO3)が合成されています。圧力を加えると、圧力に比例した分極が生じる、すなわち圧電性を示すチタン酸バリウムや低温で電気抵抗がゼロになる、すなわち超伝導特性を示す酸化物高温超電導体などが代表的な物質例で、これらはペロブスカイト型構造あるいはペロブスカイト型構造を基礎とする結晶構造をとることが知られています。
酸素原子イオン(O2-)の一部あるいは全部を水素原子イオン(H-)に置き換えることによる、物性・機能性に富んだペロブスカイト型水素化物の合成の試みが最近始まりました。チタン酸バリウムでは酸素原子の一部を水素原子で置換することにより、電気を通さなかった絶縁体が導電性物質に変わることが見出されています。また、多くのペロブスカイト型酸化物が絶縁体であるのに対して、最近合成されたペロブスカイト型水素化物CaNiH3は金属であるとの理論予測がなされています。このようにペロブスカイト型水素化物はそれ自体が持つ水素貯蔵材料としての機能に加えて、酸化物とは異なるが、酸化物と同様に多様な物性・機能性を示すものと期待されています。
本研究の目的は新規ペロブスカイト型水素化物の合成手法を開発することにあります。そのために第一原理計算による安定なペロブスカイト型水素化物の探索と高輝度放射光X線回折測定によるペロブスカイト型水素化物の形成機構の解明実験を実施しました。ペロブスカイト型水素化物は、これまで回転する容器内にて衝突を繰り返すステンレス製ボールの間で、ナノスケールに微細化・混合された出発原料を水素ガスと反応させる、メカノケミカル法で合成されていました。この合成法に対しては、出発原料の水素化反応過程やペロブスカイト型水素化物の形成過程を観測することは困難であり、形成機構は未解明のままでした。本実験では高輝度放射光X線回折測定により、出発原料と水素との直接反応によるペロブスカイト型水素化物の形成過程を観測することに成功しました。
研究の手法
第一原理計算によるペロブスカイト型水素化物の安定性の予測
第一原理計算法は経験的パラメータや実験データを用いずに行う理論計算で、原子核と電子それぞれの間で働く相互作用から量子力学に基づいて物質の性質(結晶構造や電子状態など)を計算します。本研究ではLiNiH3を組成とするペロブスカイト型水素化物の熱力学的安定性と結晶構造安定性を計算しました。
リチウム(Li)は水素(H)と結合して安定な水素化リチウム(LiH)を形成する一方で、金属ニッケル(Ni)とは安定な化合物を作らないことが知られています。さらにNiとHからなる水素化ニッケル(NiH)が常温常圧下において不安定であることを考慮すると、LiNiH3 がLiHとNi、水素ガス(H2)の混合物(LiH+Ni+H2)よりも安定であればLiNiH3合成の可能性を示すことができます。本研究ではLiNiH3およびLiH、Ni、H2の混合物の安定性を第一原理計算により評価し、ペロブスカイト型水素化物LiNiH3の合成が可能であるとの結論に達しました。
高輝度放射光X線回折実験によるペロブスカイト型水素化物の形成過程の観察
LiHとNi金属の粉体固体が水素化反応によってペロブスカイト型水素化物に変化する過程は高輝度放射光X線回折測定によって観測されました。この装置は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL14B1に原子力機構によって設置されたものです。形成過程のX線回折プロファイルは、ペロブスカイト型水素化物形成が完了するまでの250分間にわたって毎分観測され、プロファイルの解析から形成機構が解明されました。
得られた成果
ペロブスカイト型水素化物LiNiH3はLiHとNiの粉体固体を水素化することによって合成されます。本研究ではペロブスカイト型水素化物の形成が、ステップ(I)Niの水素化による水素化物NiHの形成、ステップ(II)LiHとNiHの固溶体LiyNi1-yHの形成、ステップ(III)固溶体の水素吸収によるペロブスカイト型水素化物LiNiH3の形成、の3段階で進むことが観測されました。
Fig.1はペロブスカイト型水素化物の形成が完了するまでのX線回折プロファイルの時間変化を示したものです。赤、緑、青で描いた回折プロファイルは上記ステップ(I)、(II)、(III)の代表的なプロファイルです。
さらに、赤、緑、青の回折プロファイルの最強ピークの高さの時間変化をプロットしたものがFig.2で、時間とともにステップ(I)→(II)→(III)と反応が進行することが解ります。
以上の高輝度放射光X線回折プロファイルの解析から、ペロブスカイト型水素化物の形成過程を結晶構造で示したのがFig.3です。
ステップ(II)で形成される固溶体LiyNi1-yH(b)では金属格子点においてLi原子とNi原子が同じ割合で存在します。ステップ(III)で形成されるLiNiH3(c)では立方体の中心に位置するNi原子が立方体の頂点に位置する8個のLi原子と、上下と側面の正方形の中心に位置する6個のH原子で囲まれています。両者の結晶構造から固溶体(b)からペロブスカイト型水素化物(c)への変化は中間体(b’)を経て進むものと推測されます。
今後の予定
解明された形成過程から、固溶体水素化物を形成しうる金属元素の組み合わせを選ぶことがペロブスカイト型水素化物の合成に繋がるとの設計・開発指針が得られました。この指針に基づいて新しいペロブスカイト型水素化物の合成研究を進めていきます。また、本合成法によって、従来のメカノケミカル法と比べて結晶性が良く、純度の高いペロブスカイト型水素化物が合成されることも解りました。新規合成されたペロブスカイト型水素化物の水素貯蔵や超伝導などの物性・機能性の評価研究を広範に進めます。
《用語解説》
注1 ペロブスカイト構造
化学式ABX3で表される化合物で、異種金属の正イオンA、Bと酸素原子などの負イオンXがイオン結合して結晶が構成されています。代表的なペロブスカイト型酸化物であるチタン酸バリウム(BaTiO3)の結晶構造で示されるように、立方体の各頂点に金属Aイオン(Ba2+ : 黄色)、中心に金属Bイオン(Ti4+ : 青色)、各面の中心に負イオン(O2- : 赤色)が配置しています。
※2 ペロブスカイト型水素化物
ペロブスカイト型結晶構造を持つ水素化物です。組成式ABX3のX、通常は酸素原子O、を水素原子Hに置き換えたものです。
※3 メカノケミカル法(ボールミリング法)
試料容器に金属製のボールと粉末試料を封入して回転させる合成方法で、ボールや容器との衝突によって試料の破砕および圧粉を繰り返し、最終的な生成物を合成します。
※4 第一原理計算
経験的パラメータや実験データを用いずに行う理論計算で、原子核と電子それぞれの間で働く相互作用から量子力学に基づいて物質の性質(結晶構造や電子状態など)を計算します。
※5 時分割X線回折法
反応に伴う物質の構造変化を観測するX線回折法です。回折プロファイルを短時間に区切って測定するために、高強度の放射光X線源が必要となります。本実験では1分毎にX線回折プロファイルを測定しました。
※6 固溶体
2種類以上の元素が互いに溶け合い、全体が均一の固相となっているものをいいます。本研究においては同じ岩塩構造をもつLiHとNiHが固溶して固溶体をつくり、その後、水素を吸収してペロブスカイト型水素化物LiNiH3が形成されることが明らかになりました。
《問い合わせ先》 独立行政法人日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門
(報道担当)
独立行政法人日本原子力研究開発機構 広報部報道課
(SPring-8に関すること) |
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