大型放射光施設 SPring-8

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2つの絶縁体間の界面に新たに誘起される金属層の電子構造解明 究極の省エネ ナノデバイスへの応用に期待(プレスリリース)

公開日
2013年06月03日
  • BL23SU(JAEA 重元素科学II)

2013年6月3日
国立大学法人 大阪大学
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
学校法人 甲南学園(甲南大学)
ドイツ ビュルツブルグ大学

本研究成果のポイント
• La酸化物とTi酸化物の2つの絶縁体の接続界面にできる極薄金属層の電子状態の軟X線放射光による直接観察
• 埋もれた界面に由来する金属電子状態のエネルギーと運動量の角度分解光電子分光による同時計測

 大阪大学産業科学研究所の菅滋正特任教授、同大学院基礎工学研究科の関山明教授、藤原秀紀助教、甲南大学の山崎篤志准教授らのグループは、ドイツ⋅ビュルツブルグ大学のClaessen教授、Sing博士、日本原子力研究開発機構の斎藤祐児副主任研究員らとの共同研究で、同機構が大型放射光施設SPring-8BL23SUに有する世界トップクラスの軟X線角度分解光電子分光装置を駆使して、2つの絶縁体の間の界面にだけ生じる極薄の金属層の電子状態の詳細を解明するのに世界で初めて成功しました。
 3元酸化物SrTiO3(STO)とLaAlO3(LAO)はともに良い絶縁体として知られていますが、STO基板の上に薄く数層のLAOを成長させると、両者の界面に動き回れる電子が生成され、応用的にも大きく期待できる2次元電子系が生成されることが知られていました。2つの絶縁体層はとても薄く作ることができますので、それらの薄い絶縁体にはさまれているこの新規な極薄金属層は外部環境変化に対して極めて安定であり、ナノ機能性材料として今後に大きな期待が寄せられています。さらに成長条件によっては、この界面付近では200K以上まで保持される強磁性相や60K以下で反磁性/常磁性相が存在したり、あるいは120mK以下という低温で2元超伝導相が存在したりと、その多様な物性に近年大きな注目が集まっています。
 しかし世界各地の異なる研究グループで作成された試料では、物理的性質が大きく異なっていたりしてなかなかに取り扱いの難しい物質でもあります。LAOの膜厚によっても金属界面が現れたり現れなかったりします。また強磁性相と超伝導相が共存しているのか、それとも相分離しているのかも謎に包まれています。このようにこの新規物質の物性の解明は焦眉の急です。
 今回、もっとも安定な試料を長期にわたり再現性良く作成してきた実績のあるドイツ⋅アウグスブルグ大学の試料を使った研究を行いました。STO基板上にLAOを4ユニット⋅セル成長させ安定な界面金属層が生成されている試料について、世界最高レベルの性能の軟X線角度分解光電子分光によって、詳細な電子状態を解明したものです。Tiの2p内殻電子を、電子に空きのある3d伝導帯に励起できるエネルギーの軟X線放射光を用いることでTiの3d電子状態を共鳴的に増大して測定できる、共鳴光電子分光という手法を用いた測定を行いました。表面から見ると埋もれている界面ですが、幸いにもSTOもLAOも大きなバンドギャップを持つために超伝導や強磁性に関与する電子はほとんど存在しません。そのため、界面に生じているほんのわずかのTiの3d電子を共鳴光電子分光により超高感度で取り出すことが出来ました。さらに放出される光電子を角度分解して測定することで、その電子の持つ運動量を評価することもできます。こうして界面に生じた伝導電子の状態の詳細を解明できたわけです。この界面では動き回るTiの3d電子に加えて、界面付近のSTOの酸素欠損につかまって局在したTiの3d電子も存在するために、後者がこれまでに界面で見つかっている超伝導や強磁性に寄与すると結論づけられました。これまで広く考えられてきたモデルは妥当では無く、LAO表面にできる酸素欠損から電子がLAO/STO界面に移動することで界面金属層が生成されると言うモデルが現実に近いことが分かりました。
 このように期待されるナノ機能性材料の埋もれた電子状態を運動量も含めて解明できたという意味で画期的な成果と考えられます。
 本研究成果は近日中に米国科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載されます。

(論文)
"Direct k-space mapping of the electronic structure in an oxide-oxide interface"
(酸化物間界面電子状態の運動量空間における直接測定)
G. Berner1, M. Sing1,*, H. Fujiwara2, A. Yasui3, Y. Saitoh3, A. Yamasaki4, Y. Nishitani4, A.Sekiyama2, N. Pavlenko5,6,7, T. Kopp5, C. Richter5,7, J. Mannhart7, S. Suga8, R. Claessen1
1 ビュルツブルグ大学物理学研究所、 2 大阪大学大学院基礎工学研究科、3 日本原子力研究開発機構、4 甲南大学理工学部、5 アウグスブルグ大学実験物理部、6 アウグスブルグ大学理論物理部、7 マックスプランク固体研究所、8 大阪大学産業科学研究所
Physical Review Letters 110 247601 (2013)

研究開発の背景と目的
 人類社会の発展とともに、省資源、省エネルギーにつながる極微のサイズの機能性材料開発が期待されています。また希少元素を用いることなくあるいは最小限の希少元素利用で高度の機能を実現できることが望ましいと考えられます。本研究で対象とした LaAlO3/SrTiO3界面はそのような期待を背負っている物質です。2つの母体ともに典型的な絶縁体ですが、SrTiO3単結晶基板上にLAO薄膜を成長させるとその界面に極薄の金属層が出現することが知られていました。しかもこの界面領域には磁性のみならず極低温で超伝導性を示すこと、さらには電場印加により金属-絶縁体転移を起こしたり、超伝導―絶縁体転移を起こしたりするなど機能性材料として魅惑的な性質を持つため、多くの研究が進んできています。
 しかしこの薄い界面の電子状態だけを取り出してしらべることは困難を極めていました。およそ物質の電子状態を知るには、光電子分光が有力であることは良く知られていますが、この計測法は表面に敏感であり、埋もれた領域の電子状態を知るには光のエネルギーを高くする必要があります。そうすると表面から数十Aまでの深さの電子状態情報が平均して得られることになります。つまり極薄の界面だけの情報を得るというのはなかなかに難しいということにもなります。本研究の目的は、この界面に固有の電子状態だけの情報を得るというものです。

研究の手法
 本研究では後に用語説明をしてありますように軟X線角度分解共鳴光電子分光の手法を用います。世界各地の放射光施設の中でもSPring-8のBL23SUはこの手法については世界のbest3以内に数えられるビームラインであり、高いエネルギー分解能と高いエネルギー再現性とが実現できています。光電子分光では清浄表面が要請されますので我々はドイツで成長されたLAO/STO試料を、まずオゾンを入れたチェンバーでオゾン処理により表面を清浄化します。ついで光電子分光装置の試料導入部より装置に入れた後、高純度酸素中で酸素欠損を抑えるために180°Cまで昇温します。この試料を超高真空分析室の液体ヘリウムクライオスタットの先端部に取り付け20Kに冷却した状態で光電子分光を行います。なお測定には界面金属層が安定に生成されるLAOを4層堆積させた試料を用いました。
 最初に光電子の全収量スペクトルを測定しTiの2p内殻吸収端エネルギーを確定します。ついで角度積分光電子スペクトルのエネルギー分布曲線(EDC)をいくつかの光エネルギーで測定するわけです。こうして共鳴条件を探ります、ついで光エネルギーをTiの3d電子状態の共鳴最大条件にセットして、角度分解光電子分光を行い運動量依存性を測定することになります。

得られた成果
 もし4ユニットセルのLAO/STO界面に由来するTi3+状態の3d電子が極薄界面の電気伝導を担っているならばそれは共鳴光電子分光により、STOおよびLAOのエネルギーギャップに相当するエネルギー領域に弱く観測されるであろうと予想されます。図1はこの共鳴下での広いエネルギー範囲の角度積分光電子スペクトルです。E-EFが0つまりいわゆるフェルミ準位の極近傍に弱いながらもわずかに強度が見られるのがこの状態だと予感させます。そこでこの領域のスペクトルを世界最高レベルの性能を駆使して観察したのが図2(a)(b)の結果です。
 図2(a)は光エネルギーを小刻みに変えたときフェルミ準位近傍の光電子スペクトル構造がどう変化するかを示します。構造Aと構造Bが或る光エネルギー範囲(光エネルギーは図の右端に書いてあります)で観測されています。ただし構造Aは本当に狭い光エネルギーでのみ出現するのに対し、フェルミ準位で鋭く切れ落ちている構造Bはわりと広い光エネルギー範囲で観察されています。これらの構造が最大になる光エネルギーは図2(b)に示す光電子全収量から求めたTiの2p内殻吸収スペクトルに緑水平線や青水平線で示したエネルギー位置に相当します。構造AはLAO/STOにはないLaTiO3のTi3+の吸収のピークと一致します。一方で構造Bは光エネルギー範囲がLaTiO3のTiの2p内殻吸収ピークの幅程度の範囲で共鳴増大していることが分かります。この構造Bこそが金属電気伝導を担う電子状態です。このBの構造は非局在的なTiの3d成分の2次元電子状態から来るものと考えられます。一方でAの構造はSTOにもともと存在する酸素欠損につかまったTiの3d不純物準位から来る局在的な電子状態と考えられます。
 つぎにこの非局在的な2次元電子状態を反映するBの構造の光電子がどのような運動量空間に存在するのかを角度分解光電子分光で調べたのが図3です。つまり2次元運動量空間で(0,0)運動量(波数ともいう)にあるΓ点付近にどちらかというと4方向にゆがんだフェルミ面領域に電子が存在していたことがわかります。これは理論予測と一致します。一方で点線で書いた酸素の2pバンドからくると予測されていたフェルミ面はまったく観察できませんでした。
 このことから表面から界面にいたる領域での電子準位のエネルギーは図4(c)のようになっていると推測できます。図4(a)はこれまで広く考えられていたモデルでありLAOが有極性物質であるために表面からのLAOの厚さに応じてポテンシャルが位置に依存しているというモデルです。この場合には表面の酸素2pバンドにある電子が界面に移動して電気伝導を担うというものです。しかし酸素2pバンドがフェルミ面を横切ることはないという今回の実験結果によって妥当性を失います。図4(b)は軟X線励起によって電子―正孔(ホール)対が生成されそれがやがてLAO内部電場で分離して電子は界面に、正孔は表面に移動し内部電場を補償するために、酸素2pバンドがフェルミ面には見えないとのモデルです。だとすると単位面積当たりの光強度が変わると安定ではないことになります。図4(c)はLAO表面には酸素欠損ができておりそこから電子がLAOの内部電場によって 界面に移動しているというモデルです。LAO膜厚がある値のときに表面での酸素欠損と界面への電子移動が良いバランスを取ると考えられるのでこれがもっとも現実に近いモデルだと考えられます。

今後の予定
 本研究によって高分解能角度分解光電子分光は埋もれた界面電子状態の研究にも極めて有効なことがわかりました。今後はさらにエネルギー分解能をあげた測定を行うことや電子のスピンを分解したスピン偏極角度分解光電子分光を行うことが有効であると考えられます。


《参考図》

図1
図1


図2
図2


図3
図3


図4
図4


《用語解説》
1) 軟X線

人によって定義は多少異なりますがここではエネルギーにして200eVから2,000eV域の電磁波のことをさします。波長にすると約60Aから6Aの電磁波です。これらの領域 の光をくまなくかつ安定に発生できるのは電子(陽電子)蓄積リングのみです。本実験はSPring-8からの軟X線放射光を用いて行われました。

2) 絶縁体と金属
電気を通さない物質の総称で電子の詰まった価電子帯と電子がまったくいない伝導帯の間にエネルギーギャップが開いている物質です。このギャップが1eV以下程度と比較的小さくわずかに電気伝導があるものを半導体と呼びます。またエネルギーギャップが無くて電子が自由に動き回れる物質を金属と呼びます。

3) フェルミ準位
固体ではあるエネルギーまでは電子がつまり、それ以上のエネルギーには電子が詰まっていない境界があります。この境界をフェルミ準位と呼びます。物質の性質にもっとも深くかかわっていますので、フェルミ準位付近の電子状態をいかに正確に知るかが大切です。運動量空間の中でフェルミ準位がどのような形状をしているかもまた重要な研究対象です。

4) 共鳴光電子分光
物質を構成する原子の深いエネルギーに詰まっている内殻電子を電子の空きのある伝導帯等に軟X線等の光で励起すると、この内殻にホール(正孔)といわれる空きができます。そうすると浅いエネルギーにある電子がこの深いエネルギーにあるホールに落ちることでエネルギーが安定します。この過程が光を放出することなく起こると、エネルギー保存則を満たすように浅いエネルギーの電子が高いエネルギーに励起されます。浅いエネルギーの電子はもともと光で直接高いエネルギーに励起されているので(これを光電子と呼びます)、2つの別のパスで同じ終状態に到着します。そうすると2つの過程の間の干渉で、出てくる浅い電子準位からの光電子強度が極端に増大します。これを鳴光電子放出と呼び、その手法を共鳴光電子分光法と呼びます。

5) 角度分解光電子分光
真空中に放出される光電子と、物質に残される電子との間では、通常エネルギー保存則のみならず、運動量保存則が成立すると考えられます。ただし面に垂直方向の運動量は保存されないことも多く別途議論が必要です。異なる方向に出てくる電子のエネルギーを角度の関数(運動量と同等)として測定することで、電子が固体中でどの運動量空間に存在していたかを知ることができます。この手法を角度分解光電子分光と呼びます。

6) LaとTi
ランタン系希土類元素ではLa原子の4f電子軌道に電子が1~14個詰まっています。一方3d遷移金属元素Tiではイオン化する前は3d軌道に2個、4s軌道に2個の電子が詰まっています。したがって4価のTi4+では3d電子はいませんが3価のTi3+では3d1状態にあります。LAOとSTOの界面ではTi3+状態の3d電子が存在することが本実験で示されたわけです。



《問い合わせ先》
(研究内容について)
 国立大学法人 大阪大学 量子ビーム科学研究部門
  特任教授 菅 滋正(すが しげまさ)
    TEL:06-6879-8486 内線6
    E-mail:mail1

 国立大学法人 大阪大学 大学院基礎工学研究科
  教授 関山 明 (せきやまあきら)
    TEL:06-6850-6420 FAX:06-6850-6420
    E-mail:mail2

 国立大学法人 大阪大学 大学院基礎工学研究科
  助教 藤原秀紀 (ふじわらひでのり)
    TEL:06-6850-6422 FAX:06-6850-6421

 学校法人 甲南学園(甲南大学)
  准教授 山崎篤志 (やまさきあつし)
    TEL:078-435-2473 FAX:078-435-2473
    E-mail:mail3

(SPring-8に関すること)
 (公財)高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp