金属材料の破壊を解析するための新しい4D評価技術(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年07月10日
- BL20XU(医学・イメージングII)
2013年7月10日
九州大学
九州大学大学院工学研究院の戸田裕之教授の研究グループは、世界最大の大型放射光施設SPring-8を活用した、新しい金属組織の4D観察法(4Dとは、3Dに時間軸を加えたもの:3Dでの連続観察)を開発しました。この手法を用いると、金属に力が加わって変形し、やがては破壊に至る過程を詳細に4D観察できます。これまでの材料の研究開発では、もっぱら2Dの手法が用いられてきました。最近では、一部で3Dの手法も用いられつつあります。しかし、実際の様々な現象は全て4Dなので、4Dでの評価が可能になると、自動車や航空機などの輸送機器などに用いられる材料の研究開発が飛躍的に高度化すると期待されます。本成果、2013年6月27日に金属材料工学分野で権威のある英文誌である『Acta Materialia』Web版に先行掲載されました。また、7月15日発行8月号(第61巻)に掲載されました。 (論文) |
背 景
金属に力を加えると徐々に変形し、やがては破壊に至ります。金属は、通常多数の微小な結晶からなっています。従来、材料を研究開発するプロセスでは、この結晶の形を材料の表面で二次元(2D)的に観察してきました。また、最近では、これを三次元(3D)で観察する手法も用いられ始めています。例えば、電子顕微鏡などで金属の組織を観察し、次に表面を研削して表面層を極くわずかに除去し、また観察する。このプロセスを数百回も繰り返してようやく1枚の3D画像を得る「シリアルセクショニング」という方法が知られています。しかし、この手法では試料を削ることで試料を徐々に破壊してしまうため、一枚の3D画像は得られるものの、材料が変化する過程を3Dで連続的に観察すること(4D観察と呼びます)はできません。金属が変化をする過程を4D観察する手法には、2004年にScience誌に発表されたデンマークのRiso国立研究所の手法(3D-XRD法※1)があります。しかし、この手法は、原理的に金属の変形や破壊には応用できません。このため、材料の強度や信頼性を高めるような研究をするためにも使える、金属の組織の4D観察法が求められていました。
内 容
金属の結晶粒界※2には、数~数十μm程度の粒子が多数存在します。研究グループは、SPring-8※3を利用したX線CT※4を用いれば、結晶粒界にある粒子が鮮明に3D観察できることに着目しました。このような粒子は、金属が変形し、破壊していく過程でも常に結晶粒界に位置する為、結晶粒界の粒子の情報を使えば、個々の結晶の形を4Dで求めることができると発想しました。研究グループは、2007年からSPring-8での予備的な実験を始め、この新しい3D/4D評価技術の開発を行ってきました。そして2011年度には、この手法を実用的な構造材料に適用できるレベルにまで高精度化することに成功しました。その後、この手法を主に航空機用に用いられるアルミニウムに適用し、その効果を検証しました。研究グループは、この手法を「結晶粒界追跡法」と称しています。
結晶粒界追跡法では、まず、SPring-8のX線CTを用いて金属が変形し、破壊する過程を観察します。そして金属が壊れる寸前で変形を止め、金属の結晶粒界に、観察している金属とは異なる種類の金属をドーピングします。結晶粒界に異なる金属をドーピングすると、金属はすぐにぼろぼろに破壊してしまいます。しかし、金属の破壊寸前に、結晶粒界の3D画像を1枚取得することができます。これを頼りに、破壊直前の3D画像中に写っている粒子(数万個)を結晶粒界の粒子とそれ以外に分け、結晶粒界の粒子を結べば、結晶粒の形状を知ることができます。そして、時間を遡ってすべての粒子の追跡をすれば、すべての結晶粒の形状の変化を時間を遡りながら4Dで観察することができます。
効 果
結晶粒界追跡法は、例えば企業の研究所や大学などで、金属材料の組織を制御して壊れにくい材料、強い材料、信頼性や耐久性の優れた材料を研究開発するのに用いることができます。また、企業で材料を製造するプロセスを制御する場合、金属組織の変化を精密に確認しながら行うことができます。そのため、自動車や航空機などの輸送用機器、土木・建築構造物、各種機械など、様々な用途に用いられる金属材料の研究開発を飛躍的に高度化できます。従来、金属の組織の観察と金属の強度などの評価は、多くの試験を別々に行い、それを総合して評価していました。結晶粒界追跡法では、大型放射光施設を用いた1回の実験で、1本の試験片だけで組織の観察と強度などの評価を同時に実施できるため、両方の情報を高いレベルで能率よく取得し、かつ誤りなく結びつけることができます。これにより、金属材料の真の変形の様子、破壊のメカニズムなどを知ることができます。
今後の展開
金属の結晶粒は、その製造方法の違いに基づいて、それぞれ固有の方向(結晶方位)を持っています。これは、金属材料の強度などの特性や、その方向による違い(異方性)をもたらします。研究グループでは、可視化できたすべての結晶粒の結晶方位を求めることができる、さらに高度な4D評価技術を開発中です。これが実現できれば、これまで2Dで行われてきた高度な材料評価をすべて4Dで行うことができ、材料の研究開発の一層の高度化が可能になります。
本研究について
本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(基盤研究A)「3D/4Dマテリアルサイエンスのための新しい結晶方位イメージング手法の創製」(平成20年度~平成23年度)により開発されました。
《参考図》
粒界追跡法の適用例:分かりやすくするため、一つの結晶粒の周囲に存在する粒子のみを抜き出したものが左。中央は、その結晶粒の形状を多面体で再現したもの。右は、粒子の動きを追いかけることで、結晶粒の不均一な変形の様子を可視化したもの。実際には、試料中に存在する全ての結晶粒を可視化可能。また、材料が変形し破壊に至る直前まで結晶粒の形態を評価することができる。
SPring-8での画像取得が上段(水色部分)。材料が変形し破壊する過程を時系列に4D観察する。最後に、結晶粒界を異種金属をドーピングし、結晶粒界画像を得る。この結晶粒界画像を元に、可視化できる全ての粒子が結晶粒界上にあるか、そうでないかを判別する。次に、結晶粒界上の粒子を頂点として、全ての結晶粒の形状を多面体で再現する(緑部分の上段右側)。材料が変形する過程での全ての結晶粒界上の粒子(通常、数万個存在する)の動きを時間を遡り画像解析により特定する(緑色部分上段)。粒子の動きを特定することにより、副次的に結晶粒の微妙な変形の様子も可視化できる(緑色部分下段)。
粒界追跡法の適用例:分かりやすくするため、一つの結晶粒の周囲に存在する粒子のみを抜き出したもの。負荷をかける過程での結晶粒の変形の様子を矢印で表現している。
材料全体には単純な引っ張りの負荷が均一にかけられているが、結晶粒レベルの変形は非常に複雑で、場所によって変形の程度が大きく異なっている。
《用語解説》
※1
3D-XRD:欧州放射光施設ESRF(フランス・グルノーブル)で開発された科学研究手法。X線が試料に当たると元のX線とは違った特定の方向に強いX線が進路を変える(回折と呼ばれる現象)、X線回折という手法を利用したもの。回折したX線は、材料が変形すると広がってしまうため、変形する材料の評価に用いることは困難である。<[文献] S. Schmidt, S. F. Nielsen, C. Gundlach, L. Margulies, X. Huang, D. Juul Jensen: ”Watching the Growth of Bulk Grains During Recrystallization of Deformed Metals”, Science, 2004: vol. 305 no. 5681 pp. 229-232>
※2
結晶粒界:金属材料は、通常多数の金属結晶から構成される(多結晶と呼ばれる)。金属の結晶と結晶の境界を結晶粒界と呼ぶ。
※3
SPring-8:播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。放射光とは、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、超強力な電磁波のこと。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い研究が行われている。
※4
CT:Computed Tomography(コンピュータ断層撮影法)の略語。病院では骨や臓器を3Dで観察するのに用いられる。一方、SPring-8では金属材料の組織の3D観察が可能で<[文献]H. Toda, K. Uesugi, A. Takeuchi, K. Minami, M. Kobayashi and T. Kobayashi: “Three-dimensional observation of nanoscopic precipitates in an aluminium alloy by microtomography with Fresnel zone plate optics”, Applied Physics Letters, 2006: Vol. 89, p. 143112>、病院のCT装置に比べて数百倍高い分解能での観察ができる。
《問い合わせ先》
(SPring-8に関すること) |
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