X線を2回当てて「中空原子」の生成に世界で初めて成功 -量子だるま落としで2段抜き-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年07月23日
- SACLA
2013年7月23日
独立行政法人理化学研究所
分子科学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
• 1京分の2秒弱の間に2回、X線を原子に当てることに成功
• 太陽光の1兆倍のさらに1千万倍の強さのX線で初めて見える現象
• 中空原子を利用したタンパク質構造解析への応用に期待
理化学研究所(理研、野依良治理事長)、分子科学研究所(大峯巌所長)と高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長)は、X線自由電子レーザー(XFEL;X-ray Free Electron Laser)施設「SACLA[1]」を使い、集光して強度を上げたXFELをクリプトン[2]原子に照射して、原子核の最も内側(K殻)の軌道を回る電子2個を順番にはじき出し、K殻に電子がない「中空原子[3]」の生成に初めて成功しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)XFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ理論支援チームの玉作賢治専任研究員、矢橋牧名グループディレクターと、分子科学研究所光化学測定器開発研究部門の繁政英治准教授、および高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室実験技術開発チーム登野健介チームリーダーらを中心とした共同研究グループによる成果です。 (論文) |
背 景
SACLAや、米国SLAC国立加速器研究所の「LCLS[5]」などのX線自由電子レーザー(XFEL)の実現により、これまでの1億倍も明るいX線が利用できるようになりました。こうした強力なX線によって、これまで見ることができなかった化学反応などの超高速現象や生命現象、および疾病に関連するタンパク質構造が解明されると期待されています。これらの測定では短時間に非常に強いX線を照射して、高精度のデータを取得します。ちょうど、フラッシュをたいて写真を撮るようなものです。一方で、強力なX線を照射した後では、試料が完全に破壊されて原子レベルでバラバラになってしまいます。そのバラバラになる初期過程で原子の中で何が起きているのか?それらがどの程度の頻度で起こるのか?そのとき見たかったものが本当に見えるのか?これらの問題は基礎科学として興味深いだけでなく、上述の応用研究にも直接影響すると考えられているため、現在、世界中で研究が進められています。
X線が原子に当たると、散乱か吸収が起こります。X線のエネルギーが十分に高いと、最も内側の軌道(K殻)を周回する2個の電子の片方で吸収され、その電子が原子外にはじき出され(光イオン化)、K殻に電子の空席が1つある“穴”の空いた状態となります。原子で「だるま落とし」をやるようなものです(図1左)。この穴は、元素によりますが、大体1,000兆~1京分の1秒という極めて短時間で、外側を回る電子により埋められます。その時に蛍光X線[6]が放出されます。もし、電子により穴が埋められるより前にもう一度X線を当てることができると、残りのもう1つの電子をはじき出せます(図1右)。こうして、K殻が空になった原子「中空原子」は、普通よりやや短い波長の蛍光X線を放出してK殻の穴を埋めます。従って、蛍光X線を観測することで、原子がどのような状態にあり、また、中空原子がどの程度生成されたのかを明らかにできます。しかし、これまでその観測に成功した例はありませんでした。
共同研究グループは、SACLAのX線をクリプトン原子に照射し、蛍光X線を観測することで、原子に起こる変化の解明に挑みました。クリプトンは室温常圧で単原子分子気体であり、このような基礎的な研究に適しています。
研究手法と成果
共同研究グループは強力なX線を得るために、集光鏡を用いてSACLAのX線ビームを1ミクロンまで絞り込みました。この時の集光強度[7]は、1018 W/cm2(太陽光の1兆倍のさらに1千万倍に相当)に達すると見積もられます。
この強力なX線をクリプトンガスに照射し、蛍光X線のスペクトルを測定しました。その結果、通常の蛍光X線より短波長側にも蛍光X線が初めて観測されました(図2)。これは、1京分の2秒弱しか存在できないK殻に1つ穴の空いたクリプトン原子にも確かにX線が当たること、さらに、中空原子が生成されたことを初めて実証したことになります。
一方で、蛍光X線の比から、寿命が1京分の2秒弱と極めて短いにもかかわらず、X線照射中は常に、平均して0.1%程度のクリプトン原子がK殻に穴が1つ空いた状態にあることが分かります。これは、今回使用した1018 W/cm2というX線強度では、K殻に穴の空いた原子を無視できることを示しています。しかし、より集光してタンパク質ナノ結晶などを測定するような場合、X線強度は本研究よりはるかに高くなります。例えば、集光サイズをあと1桁半小さくすると、K殻に穴の空いた原子の割合は数10%に達し、もはやK殻に穴の空いた原子の存在を無視できなくなると考えられます。
今後の期待
極短時間しか存在できないK殻に穴の空いた原子にもX線を当てられることが実証され、そのような原子の特性が利用可能になります。さまざまな応用が考えられますが、主要なものとしてタンパク質の構造解析が挙げられます。海外グループの理論的な研究では、穴のあいた原子を利用することで、その原子からの信号を強くして、位相問題をより高精度で解くことができるという報告があります。
穴の空いた原子の特性を活かし、位相問題を高い精度で解けるようになることで、今後、従来の方法では調べられなかった多種多様なタンパク質の構造決定が進み、生命現象の理解や創薬に役立つことが期待されます。
《参考図》
左:通常の場合で、一番内側のK殻にいる電子が1個はじき出される(上)。X線による通常の光イオン化に対応する「だるま落とし」の絵(下)
右:K殻の電子を1個はじき出した後、1京分の2秒以内にもう一度電子をはじき出すことで、2つの穴が空いた中空原子を生成することができる(上)。素早く2回たたくことによって2段抜きした場合に対応する「だるま落とし」の絵(下)。
右側の波長の長い方の2つのピークは、K殻に穴が1つある原子からの通常の蛍光X線。左側の波長の短い側の2つのピークが、K殻に2つ穴が空いた中空原子からの蛍光X線。見やすくするために、左側は1,000倍に拡大してある。
《用語解説》
[1] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
[2] クリプトン
原子番号36番で、稀ガスの1種。ランプなどに使用される。
[3] 中空原子
K殻などの内側の電子殻(内殻)の電子軌道が空になった状態の原子。
[4] 位相問題
X線(光)を特徴付ける量として、光波の強さを表す振幅と、波の山・谷がどこにあるかを示す位相との2つがある。X線構造解析によって結晶や分子の構造を決めるには、試料から散乱されたX線の振幅と位相の両方が必要である。振幅は回折実験により求めることができるが、一般に位相は測定できず、別途位相を決めることが必要になる。このことを「位相問題」と呼び、いくつかの主要な解決法が用いられている。
[5] LCLS
米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。
[6] 蛍光X線
励起されてエネルギーの高い状態になった原子が、もとの状態に戻る時に放出するX線。元素やその状態に固有の波長(色)を持つ。この特徴を活かして元素分析などに利用される。
[7] 強度
X線などの光が単位面積に単位時間あたり運ぶエネルギーの量で、W/cm2という単位で測る。例えば、地表での太陽光の強度は、約0.1 W/cm2である。
《問い合わせ先》
独立行政法人理化学研究所 放射光科学研究推進室
大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所
(報道担当)
(SPring-8に関すること) |
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