大型放射光施設 SPring-8

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発電中燃料電池炭素触媒の電子状態を軟X線発光分光で初めて観測(プレスリリース)

公開日
2013年08月27日
  • BL07LSU(東京大学放射光アウトステーション物質科学)

2013年8月27日
国立大学法人 東京大学

 東京大学放射光連携研究機構尾嶋正治特任教授、物性研究所の原田慈久准教授、丹羽秀治特任研究員らのグループはSPring-8の東京大学放射光アウトステーションBL07LSUにおいて、難波江裕太助教(東京工業大学大学院理工学研究科)、青木努技監(東芝燃料電池システム株式会社)らと共同でオペランド軟X線発光分光システムを世界に先駆けて開発し、燃料電池動作中の電子状態観測を行いました。その結果、発電環境下では正極触媒中に酸化された鉄サイトが存在しており、酸素吸着活性があることを初めて示すことに成功しました。
 本研究成果は、2013年8月27日に国際電気化学会(ISE)の雑誌、Electrochemistry Communications誌オンライン版に掲載されました。

(論文)
"Operando Soft X-ray Emission Spectroscopy of Iron Phthalocyanine-based Oxygen Reduction Catalysts"
Hideharu Niwa, Hisao Kiuchi, Jun Miyawaki, Yoshihisa Harada, Masaharu Oshima, Yuta Nabae and Tsutomu Aoki.
Electrochemistry Communications (2013)

背景
 固体高分子形燃料電池はクリーンなエネルギー源として大きな注目を集めており、定置型燃料電池では2009年にエネファームとして商品化され、燃料電池自動車は2015年の市場投入を目指して開発が今急ピッチで進められています。克服すべき大きな課題は、燃料電池正極の遅い酸素還元反応を補うために大量の白金触媒を必要とするということで、低価格化に向けて希少で高価な白金に代わる安価な触媒の開発が急務となっています。東工大を中心とするNEDOカーボンアロイ触媒プロジェクトでは白金代替触媒として炭素系触媒の開発を進めてきましたが、白金系触媒と比べて活性が低いという問題がありました。
 有機金属錯体などを熱処理して得られる炭素触媒には、原料由来の窒素と鉄がそれぞれ約1%以下含まれています。鉄や窒素を含まない触媒は活性が低いことから、これらの元素が酸素還元活性に関与していると考えられてきましたが、どちらが活性点であるか、決め手がないのが現状です。これまでの真空中における触媒単体の分析によるとグラファイト置換型窒素が活性に関与している可能性が高く、酸素吸着がほとんどない鉄不純物は活性点の可能性が低いと考えられてきました。
 そこで東大グループはこのNEDOプロジェクトの一環として、炭素系触媒の酸素還元反応活性点を解明するため、ガス雰囲気や電位制御下で触媒の電子状態変化を観察可能な分析システムを開発しました。これを用いることにより酸素吸着時や燃料電池動作時など、酸素還元反応の各過程における触媒の電子状態を直接観察し、反応活性点を解明することができると期待されます。

成果の内容
 本研究では、東大放射光機構、東大物性研のグループが、東工大院理工、東芝燃料電池システムのグループと共同で新たに開発したオペランド軟X線発光分光システム(図1)を用いて、鉄フタロシアニンとフェノール樹脂を原料として数段階の熱処理と酸洗浄により作成した多段焼成の炭素系触媒について、燃料電池動作中の鉄の電子状態を観測しました。透過力の高い放射光硬X線を用いた創エネ・蓄エネデバイスの動作中構造・電子状態解析はいくつかの機関で行われていますが、軽元素の分析や触媒の表面状態に敏感な軟X線を用いた動作中電子状態解析は、放射光が通る超高真空環境と燃料電池の大気圧環境をつなぐという困難さのために実現していませんでした。東大グループは150nm厚さの炭化ケイ素薄膜の窓を隔てて燃料電池セルを組み立て、東京大学放射光アウトステーションBL07LSUの高輝度放射光を用いることで、触媒中に含まれる微量な鉄のオペランド軟X線発光分光を世界で初めて実現しました。
 燃料電池セルを組んだ状態で負極に加湿水素を、正極に窒素を流しながら取得したFe 2p-3d共鳴発光スペクトル(図2)から、1.5 eV付近に特徴的なピークが現れることがわかりました。このピークは粉末状態の触媒で支配的だった金属鉄には見られないもので、燃料電池触媒層中では酸化状態の鉄が含まれていることを表しています。さらに正極に酸素を供給すると、1.5 eVのエネルギー損失ピークが減少する様子が明瞭に観測されました。これは鉄サイトに酸素分子が吸着したことを表しています。この様子は、開放端電圧に近い1.0 Vの電位においても、発電中の0.4 Vの電位においても変わらず観測されました。これらの結果は鉄が水生成を伴う酸素還元反応(発電)を行なう活性点となる可能性を意味し、燃料電池触媒の活性点を同定するためには、発電中の触媒の電子状態を解析することが不可欠であることを示しています。

今後の展望
 今回開発したオペランド軟X線発光分光システムは硬X線では測定が難しい窒素や酸素などの軽元素の測定も可能であるため、同様のオペランド測定を窒素についても行い、触媒の活性点を詳細に調べていく予定です。
 また、東大グループはこのオペランド軟X線発光分光システムをリチウムイオン電池の充放電中分析にも適用しています。化学反応解析という学問的興味はもとより、今後は産業利用としても大きな期待が持たれています。


《参考図》

図1. オペランド軟X線発光分光システムの模式図及び写真
図1. オペランド軟X線発光分光システムの模式図及び写真


図2. 多段焼成炭素系触媒の鉄2p-3d軟X線発光分光スペクトル
図2. 多段焼成炭素系触媒の鉄2p-3d軟X線発光分光スペクトル



《問い合わせ先》
(研究内容に関すること)
 東京大学放射光連携研究機構
  特任教授 尾嶋 正治
    TEL:03-5841-7191 FAX:03-5841-8744
    E-mail:mail1

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp