アルミニウムを主原料とする新しい水素貯蔵合金の合成に成功 - 軽量かつ繰り返し水素吸放出可能な水素貯蔵合金の実現へのブレークスルー -(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年09月19日
- BL14B1(QST 極限量子ダイナミクスII)
2013年9月19日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
東北大学金属材料研究所
東北大学原子分子材料科学高等研究機構
発表のポイント
• Al2Cu合金の水素化反応により侵入型水素化物(Al2CuH)を合成することに成功
• 水素吸収‐放出サイクルが実現可能であることから水素貯蔵合金としての実用化に期待
• アルミニウムを主原料とする侵入型水素化物の開発研究を大きく加速
独立行政法人日本原子力研究開発機構の研究グループは、東北大学金属材料研究所、同大学原子分子材料科学高等研究機構との共同研究により、アルミニウムを主原料とする合金を用いて侵入型水素化物1)を合成することに初めて成功しました。 (論文) |
研究開発の背景と目的
水素を利用したクリーンエネルギー社会の実現に向けた課題の一つに、貯蔵方法の問題があります。水素貯蔵には、安全に必要な量をすぐ取り出すことができ、簡単に再充填でき軽量コンパクトであるなどの多くの性能が要求されています。これらをすべて満たす方法は見つかっていないため、世界的に研究が進められています。現在開発が進められている水素を燃料とする燃料電池自動車では、高圧水素ガスタンクが水素貯蔵容器として用いられていますが、体積が大きく安全上の問題も残されています。水素化物を利用した水素貯蔵法はこれらの問題を解決することのできる次世代の技術として注目されていますが、十分な性能を発揮できる材料はまだ開発されていません。ここで資源的に豊富で軽金属であるアルミニウムは、燃料電池自動車への搭載において有利となる軽量な水素貯蔵材料を実現するための有望な原料のひとつと考えられています。
アルミニウムを主原料とする水素化物の開発はこれまで技術先進国を中心に広範に取り組まれていました。軽量かつ高い密度で水素を蓄える代表的な材料としてアルミニウムの錯体水素化物4)が挙げられますが、水素の吸収と放出のいずれの機能も備えた材料を実現するには至っていません。一方、多くの金属・合金は錯体水素化物とは性質の異なる侵入型の水素化物を形成することが知られていますが、軽金属アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物の合成に成功したとの報告はありませんでした。アルミニウムを主原料とする侵入型水素化物の合成に成功できれば、軽量な水素貯蔵材料の探索が飛躍的に進むと期待されています。
本研究の目的は数百度、10万気圧の高温高圧下で極めて反応性が高い水素流体状態を作り、アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物の合成を実現することです。高温高圧下で新しい物質を合成するための条件を見いだすことは一般的に非常に困難ですが、大型放射光施設SPring-8における放射光その場観察実験によって合成条件を迅速に決定することに成功しました。
研究の手法
アルミニウムと銅の合金であるAl2Cu合金の粉末を高温高圧水素流体と直接反応させることで侵入型水素化物の合成を試みました。高温高圧発生と放射光その場観察実験は、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL14B1に設置されたマルチアンビルプレスとよばれる装置を用いて行いました(図1)。温度と圧力を変化させながら放射光その場観察により試料の様子を観察することで、水素化反応の有無を調べることができます。
放射光その場観察はX線回折法と呼ばれる手法によって行われました。合金や水素化物中では原子が規則正しく並んでいます。X線回折では原子の並び方の間隔、すなわち面間隔に対応したところにピークが現れます。この面間隔と回折X線の強度の関係をX線回折プロファイルと呼びます。合金が水素化されて原子の並び方が変わると、このピークが違った位置に現れることになります。今回の実験では12秒おきにX線回折プロファイルの記録を行いました。
得られた成果
図2はAl2Cu合金が水素化される前後の様子を放射光その場観察で調べた結果です。10万気圧、約800°Cに到達直後に記録されたプロファイル(一番下)は、約60秒後から青丸で示した面間隔の位置に新しいピークを示すような変化を始めることが分かりました。これは水素化反応によって原子の並び方が異なった水素化物ができ、その量がだんだんと増えていくことを示しています。高温高圧下で合成された水素化物Al2CuHは常温常圧に回収することができました。回収された試料の分析と第一原理計算から結晶構造を調べたところ、図3に示すようなAl2Cuの金属格子の隙間に水素が入った侵入型水素化物が形成されていることが明らかとなりました。また第一原理計算から水素原子と金属との結合状態を解析した結果も、この水素化物が侵入型の水素化物であることを強く支持するものでした。
水素化物の結晶構造が明らかになった上で、もう一度放射光その場観察の実験結果と水素化反応による原子の並び方の変化を詳しく見てみます。図2の右側に示した模式図は図3の結晶構造を上から見たものです。水素化反応前では図2右下のように4個のアルミニウム原子に囲まれた緑色の菱形部分に隙間が存在しています。水素化反応が起きるとアルミニウム原子が水色の矢印で示したように動くことで、図2右上に示したように緑色の菱形部分の隙間が大きくなり、その隙間に水素が侵入していることが分かりました。
粉末X線回折プロファイルと、対応する原子の並び方を示した模式図。
原子の並び方は図3に示されている結晶構造を上から見たものの一部を示しています。
Al2Cuの金属格子中の隙間に水素が入った侵入型水素化物であることが明らかとなりました。
今後の予定
本研究によってアルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物が合成できることが明らかになりました。今後、同様の手法によって多くの種類のアルミニウムを主原料とする侵入型水素化物を実現できるようになると期待されます。例えば、合金中の銅の一部を他の類似金属に置き換えることで、別の水素化物が開発可能になります。アルミニウムを主原料とする多種多様な侵入型の水素化物を合成することができれば、水素貯蔵特性の高度化が図られ、軽量で安価なアルミニウムを主原料とした高性能な水素貯蔵技術を実現するためのブレークスルーがもたらされます。
《用語解説》
1) 侵入型水素化物
金属格子の隙間に水素が侵入することによって形成される水素化物。侵入型水素化物では図2右側の模式図で示した様に原子の並び方がわずかに変化し、原子の作る格子の体積が膨張することで水素を取り込むことができます。侵入型水素化物は繰り返して水素の吸放出を行うことができ、また合金組成を変えることで水素を吸放出する温度や圧力を制御することも可能です。
2) 放射光その場観察
高温高圧実験では試料のまわりが圧力を発生するための部材で密閉されているため、試料の様子を調べる手法は非常に限られています。このため通常は高温高圧下で処理した試料を常温常圧下に回収し分析を行うことで、高温高圧下でどのような反応が起きているのかを推測します。大型放射光施設SPring-8が発生する非常に強力なX線は試料のまわりの部材を透過することができます。透過X線によるX線回折という手法によって高温高圧下の試料の様子をその場で観察することができるようになります。
3) 第一原理計算
実験や経験から得られたパラメータを一切用いず、自然界の基本法則に忠実に基づいて行う理論計算です。物質の性質(結晶構造や電子状態など)を高い精度で計算することができます。本研究では、実験で得られた結晶構造の正しさや、目的とする侵入型水素化物が得られているかどうかを検証するために利用しました。
4) 錯体水素化物
一般式M(M’Hx)yで表されるM’Hx錯イオンから形成される水素化物。Mはおもにアルカリ金属やアルカリ土類金属をM’はホウ素やアルミニウムなどの元素群を示します。代表的な錯体水素化物の一つであるLiAlH4の結晶構造を図4に示します。LiAlH4ではアルミニウムと4個の水素が結合して錯イオン[AlH4]-を作っています。LiAlH4は加熱することによって水素を放出しますが、水素放出後のリチウムとアルミニウムはLiAlH4とは全く異なる並び方になります。錯体水素化物は一般的に水素を放出した後にもう一度水素を貯蔵させることが難しいため、繰り返し水素吸放出を実現することが困難です。
《問い合わせ先》 独立行政法人日本原子力研究開発機構 量子ビーム物性制御・解析技術研究ユニット 東北大学原子分子材料科学高等研究機構・金属材料研究所 (報道担当) 東北大学金属材料研究所 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 |
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