「タンパク質1分子内部運動の2軸時分割マッピングに成功」 ~X線1分子追跡法で複雑な全ての運動が測定可能に~(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年10月01日
- BL28B2(白色X線回折)
2013年10月1日
東京大学
(公財)高輝度光科学研究センター
大阪大学
発表のポイント
• SPring-8ビームラインにX線集光トロイダルミラー(注1)を導入し、タンパク質1分子の内部運動をミリラジアン精度で、かつ高角度範囲(14.3-36.9度の範囲)で測定可能なX線1分子追跡法の開発に成功しました。
• 従来のX線1分子追跡法では困難であった大きな回転運動でも2軸(3次元)内部運動マッピングが計測でき、複雑で多様なタンパク質分子の内部運動情報を効率的に取得できます。
• タンパク質分子の機能性と分子内部運動特性の多量相関解析から創薬評価や異常タンパク質の機能予測が期待されます。
創薬などの分子の設計指針として、有効なタンパク質分子の運動性を定量的に評価して、より確実に正常タンパク質と異常タンパク質の運動の違いを高精度で検知することは重要です。このため、東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授らのグループはこれまでにタンパク質1分子の内部運動を高速に追跡できるX線1追跡法(Diffracted X-ray Tracking: DXT)(注2)を開発してきました。しかし、従来のDXT手法では分子内構造の角度変化をとらえられる範囲は極めて狭く、分子運動の統計的なデータを得ることが困難でした。 (論文) |
発表内容
先端計測技術の開発において、分子運動を計測する技術開発は日々進歩しています。その中で1分子計測法は1980年代に可視光を用いて発展し、これまでに可視光の波長波(400 nm~800 nm)の回折限界を超えたナノメートル(nm)サイズの位置決定精度を達成してきました。これまで1分子を計測する方法はタンパク質を1つの点として観測する測定法が主であり、その内部構造は、分子運動を止めたX線構造解析を中心に研究が進められてきました。しかし、タンパク質のような大きい分子は0.1 nm程度の分子内運動が分子の機能性に非常に深く関わっていることがわかってきたため、1分子の内部運動を定量的にかつ多量で信頼性のある統計データとして時分割観測できる手法の開発が望まれていました。
X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking: DXT)は、1分子内部運動をミリラジアンの精度(並進に換算するとピコメートル)で測定することができタンパク質の1分子内の複雑な揺らぎや構造変化に対する分子の運動変化を明らかにできます。DXT手法は着目する分子の活性部位に結合させた金ナノ結晶からのX線回折点の動きを高速カメラにより撮影し、ナノ結晶の動きから分子の動きを連続的になぞる手法です。この計測法は、創薬などの分子設計指針に有効であり、タンパク質分子の運動性の定量的な評価から、より確実に正常タンパク質と異常タンパク質の運動の違いを高精度で検知する手法として用いられる可能性を秘めています。これまでDXT手法を用いて特徴的なタンパク質内の運動の観測に成功してきましたが、従来のDXT手法では分子内構造の角度変化をとらえられる範囲は極めて狭く、分子内運動の統計データを取得するにはかなり測定回数が必要でした。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授を中心とする研究グループ(佐々木研究室 一柳光平助教、公益財団法人 高輝度光科学研究センター 関口博史博士と、大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 井上佳久教授ら)は、従来のDXT手法を改良し放射光施設SPring-8のベンディングマグネットのビームラインで得られるエネルギー幅の広い硬X線(8-18 keV, 波長0.7-1.6 nm、図1参照)を集光することでX線1分子タンパク質の分子内の詳細な傾き運動とねじれ運動の統計データを効率良く短時間に取得することに成功しました。本研究グループは大型放射光施設のSPring-8のBL28B2ビームラインでエネルギー幅の広いX線を集光するためのX線用トロイダルミラーを設置し(図2参照)、これまでよりエネルギー幅の広い光源を用いることで広い角度の回折条件を満たし、従来の2.4度から22.6度の追跡角度を達成しました。この測定装置の改良により、微量のタンパク質でも分子内部運動の統計データの取得が可能になり、1分子内の傾きとねじれ運動の相関性や運動性の分布を短時間で精度よく観測、かつ分子内運動ヒストグラムの表示もできるようになりました。この一例として今回改良したDXT測定装置を用いて、HSA(Human Serum Albumin)の分子内運動とHSAに2アントラセンカルボン酸(AC)分子が結合した状態の分子内運動を、2つの運動角度変化の2軸時分割ヒストグラム(図3参照)から分子結合状態と分子非結合状態の運動変化を定量的かつ明確に区別することに成功しました。HSAタンパク質にAC分子が結合した状態では、傾き運動(θ方向)が大きくなりHSAの角度変化分布が広がったことから、通常のHSA分子より柔らかくなっていることが、この装置を使った測定により明確化されました。
これまで分子生物学は分子を点として扱ってきましたが、タンパク質分子は様々な構造を持ちその構造特有の分子内部の揺らぎを持つことがわかってきています。その現象を効率良く高精度に測定する方法論を確立することが期待されており、その一環として今回の研究開発によりタンパク質分子内の構造由来の揺らぎを統計的データとして明確化することが容易になりました。また、本研究のようにX線トロイダルミラーを用いることは大型放射光施設の高輝度ビームラインだけでなく、他の施設のビームラインを用いたDXT手法による測定を促すもので、DXT手法の汎用化へ向けて一歩前進するものです。
今後は、本研究開発のDXT測定装置を用いて多くのタンパク質の運動性と機能性を明らかにし、正常なタンパク質の運動特性と異常なタンパク質の運動性の差別化を定量解析することを検討しています。また現在、実験室においても利用可能なDXT手法の開発にも取り組んでいます。今後も量子プローブを用いた現在唯一の1分子内部動画計測装置としてDXT法装置を一層多様化し、色々な可能性を探っていく予定です。
なお、本プレス発表は、東京大学、大阪大学、及び、(公財)高輝度光科学センター(SPring-8/JASRI)との共同発表です。また。本研究は、科学研究費補助金基盤研究A「コンパクトX線1分子計測装置の実現と複合計測法開発」(研究代表 佐々木裕次教授)と「複合キラル超分子を用いる光不斉創成」(研究代表 井上佳久教授)の支援を受けて実施されました。
《参考図》
《用語解説》
(注1) X線トロイダルミラー
湾曲円筒型のシリコン単結晶のX線回折を利用しエネルギー幅の広いX線も集光可能なミラー。
(注2) X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking: DXT)
数10 nm程度の金ナノ結晶をタンパク質に標識し、タンパク質分子の内部運動に連動したナノ結晶の動きを、ナノ結晶からのX線による回折ラウエ斑点の動きとして高速時分割追跡する手法。佐々木裕次教授が1998年に考案し、科学技術振興事業団(現JST)の個人研究推進事業「素過程と連携」さきがけ研究21研究員としてそのアイデアを実現し2000年に発表した。下記はDXT手法の概念図
(注3) 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設、その運転管理は(公財)高輝度光科学センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前は
Super Photon ring-8 GeV
に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。
《問い合わせ先》 井上 佳久 (SPring-8に関すること) |
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