有機化合物における新しい相転移現象を発見 有機エレクトロニクスとしての新たな利用へ期待(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年11月18日
- BL43IR(赤外物性)
2013年11月18日
名古屋大学大学院理学研究科
高輝度光科学研究センター
東京大学物性研究所
東北大学金属材料研究所
物質の状態は、外界の温度によって大きく変化します。例えば、水(液相)は温度を下げると氷(固相)に変わります。このような相の変化を、相転移といいます。また、水温が0°Cになると、水の一部が凍り始めることから、水と氷という2つの異なる状態は0°Cにおいてのみ共存し、それより高温では水という液体の状態、逆に低温では氷という固体の状態、のように0°C以外では通常どちらか一方の状態だけが実現します。つまり、水にとっての0°Cは液相と固相の境目であり、相転移温度と呼ばれます。 本研究は、文部科学省新学術領域研究「分子自由度が拓く新物質科学」・「重い電子系の形成と秩序化」、科学研究費基盤研究(B)(代表:寺崎一郎、No. 21340106)および若手研究(B)(代表:岡崎竜二、No. 23740266)の助成を受けました。 (論文) |
研究の背景
物質の状態は、固体・液体・気体などといったさまざまな状態を取り、それらは外界の温度によって変化します。例えば、水(液体)は温度を上げて100°Cを越せば水蒸気(気体)となり、逆に温度を下げて0°C以下になると氷(固体)に変わります。そのような状態の変化は「相転移」と呼ばれます。
相転移現象は固体中に多数存在する電子にも見られ、物質の多彩な電気・磁気的性質の起源となっています。例えば鉄の場合、高温では電子の有するスピンがばらばらの方向に向いた状態(常磁性状態)であり、磁石にくっつく性質を持ちません。温度を下げて、電子のスピンがある方向に一様に揃った状態(強磁性状態)に相転移することで、はじめて磁気的な機能を有するようになります。いくつかの酸化物セラミックスでは、温度変化によって、電気をよく流す状態(金属状態)から電気を流さない状態(絶縁体状態)へと相転移するものも知られています。そのような相転移現象は、空間的に一様な状態を考える熱力学に基づいて理解され、実際の物質における相転移現象に関しても、状態の変化は試料全体で空間的に一様に起きるということが常識とされてきました。例えば上記の水の場合では、相転移温度である0°Cより温度が高ければ、空間的に一様な「水」状態であり、温度が低ければ同様に空間的に一様な「氷」状態となり、それらは0°Cにおいてのみ共存します。
研究成果の内容
今回、名古屋大学の研究グループは、大型放射光施設SPring-8(※2)にて実験を行い、有機分子meso-DMBEDT-TTFでできた化合物において、70ケルビン(=約-200°C)の相転移温度以下から絶対零度(=約-273°C)近くまで、2つの異なる電子の状態が1つの試料内で空間的に住み分けて存在していることを発見しました。具体的には、高純度のβ-(meso-DMBEDT-TTF)2PF6単結晶(図1)に対し、SPring-8のビームラインBL43IRの高輝度赤外線源によって達成した10 μm(10万分の1 m)程度の高空間分解能での赤外イメージング分光技術を用いて、この有機化合物の局所的な電子の状態が、相転移温度以下で試料内部において場所ごとに大きく異なっているということを明らかにしました(図2)。この現象は、あたかも絶対零度近くまで水と氷という2つの異なる状態が共存しているような状況であり、従来の常識とは全く異なる新しい相転移現象です。
研究の意義と今後の展開
今回報告された現象は、空間的に均一な状態を考える従来の相転移の概念とは本質的に異なります。自然は最もエネルギーが低い状態を安定化しようとしますが、2つの異なる状態が空間的に不均一に存在するという今回の結果は、それら2つの状態がほぼ同程度のエネルギーを持っているということを意味しています。この現象は、超伝導や反強磁性などといった多様な電子状態を示す有機化合物の特徴を反映した結果であると考えられ、逆に他の有機化合物においても同様の相転移現象が起きている可能性があります。また、今回観測された状況は、いわば2つの状態が拮抗している状況であり、電場などといった外場に対して極めて敏感に変化し、試料のマクロな電気抵抗率などが巨大電場応答を示す可能性もあります。実際に本物質で、いわゆるオームの法則に従わない、巨大な非線形伝導現象なども観測されており、不均一な電子状態を利用・制御した有機エレクトロニクスという新しい概念に基づいた研究の展開が期待されます。
《参考図》
数ミリ程度の長さをもった細長い形状をしている。
空間的に住み分けて存在している様子の概念図。
SPring-8のBL43IRの赤外顕微分光技術を利用して試料を観察した結果、同じ固相という状態であるにもかかわらず、試料の左側と右側で、電子の分布の状態が異なっていることが分かった。[左側:ダイマーモット状態と呼ばれる、電子が2つの分子(ダイマー)上に存在している状態、右側:電荷秩序状態と呼ばれる、2つの電子がペアを組むようにしてチェッカーボード型に配列した状態]
《用語解説》
注1 非線形素子
ダイオードやトランジスタなどに代表される、印加した電圧が素子に流れる電流と比例しない固体素子の総称。通常の抵抗体の場合、電圧と電流は線形関係にあり(オームの法則)、素子の電気抵抗は外部電圧に依存せず一定である。一方、非線形素子では電圧と電流は非線形関係にあり、素子の電気抵抗は外部電圧の大きさに応じて数桁にわたって変化する。
注2 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する兵庫県にある世界最高の放射光を生み出す放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
《問い合わせ先》 名古屋大学大学院理学研究科 (報道対応) (SPring-8に関すること) |
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