大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8を使った古代美術品分析 ササンガラスの起源解明に期待(プレスリリース)

公開日
2013年12月18日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

2013年12月18日
岡山市立オリエント美術館
高輝度光科学研究センター
東京理科大学

 奈良正倉院に所蔵された宝物の「白瑠璃碗(はくるりのわん)」や「瑠璃杯(るりのつき)」に代表されるササンガラス(※1)器については、その由来に不明な点が多々あります。これらの製作方法、製作年代、製作場所などを特定するにあたっては、ガラス器に含まれる微量の元素を検出する、蛍光X線分析法(※2)が有効とされています。それはガラス器に含まれる微量元素の多くが、希土類元素(レアアース)を中心とした重元素で、その含量が原料の採取地によって大きく異なっているためです。これらの重元素を、高エネルギーのX線を用い、高感度で検出することで、ガラス器の起源(製作地や製作年代)解明の手がかりを得ることが出来ます。
 SPring-8(※3)は高エネルギー放射光施設であり、高エネルギーX線を発生するため、ウランを含むすべての元素を高感度で測定可能です。本研究において、岡山市立オリエント美術館(大塚利昭館長)の四角隆二副主査学芸員、学校法人東京理科大学(中根滋理事長)の中井泉教授、阿部善也助教、公益財団法人高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長)の八木直人コーディネーター、櫻井吉晴グループリーダー、伊藤真義研究員は、SPring-8の高エネルギーX線を生かし、非破壊でガラス工芸品の分析を行う手法を開発しました。これによって貴重な考古学資料や美術品を壊すことなく計測することが可能となり、今後の古代ガラスに関する文化的研究への応用が期待されます。
 今回の研究では、岡山市立オリエント美術館が資料を提供しました。その主なものは、ササン朝時代(226~651年)に製作されたガラス工芸品およびその破片でした。SPring-8を用いた分析の結果、型式学的特徴から初期ササンガラスに比定される突起装飾碗(3~4世紀)にはレアアースなどの重元素が多く含まれ、後期ササンガラスに比定される円形切子碗(6~7世紀)にはそうした重元素が少ないことが明らかとなりました。こうした組成の違いは、利用した原料の違いを反映しており、本実験により、非破壊でササンガラスの製作年代を推定できる可能性が示されました。
 本研究は、最先端の放射光分析技術を、古来より伝わる正倉院宝物の理解、すなわち文化財の謎の解明へと適用したものです。放射光科学が広範な学術研究を支えていることを示すと同時に、その重要性・有用性を誰もが等身大で理解・実感できる成果と言えます。今後はこれらの成果を学会等で発表してゆくとともに、今後この蛍光X線分析だけでなく、SPring-8で利用できる高分解能X線イメージング、高精度X線回折などの手法も用いて、所蔵する多くの美術品・考古学資料の分析を行い、それらの理解をさらに深めていきたいと考えています。

研究の背景
 「奈良はシルクロードの終着点」といわれ、遥か西方の文物がアジアを経て日本にまで到来していました。この史実を如実に体現しているのが、奈良正倉院に所蔵された宝物の数々です。中でも「白瑠璃碗(はくるりのわん)」に代表されるガラス器は、収蔵されてから今日に至るまで千年以上全く色あせることなく、日本へと伝えられた当時のままの姿を残しています。正倉院に所蔵されたガラス器は、西アジアから日本に至る陸と海の交易路「陸と海のシルクロード」を経て伝えられたものと考えられます。特に白瑠璃碗については、きわめてよく似たガラス器(円形切子装飾碗)が、かつてササン朝が栄えた現代のイランやイラクで発見されていることから、ササン朝ペルシアで作られたササンガラスが伝えられたものと考えられ、日本と西方とを繋ぐ重要な資料です。 古代ガラスの流通を議論する上で重要となるのはその起源、すなわち原料の採取地や、ガラス自体の製作地です。古代ガラスに含まれる微量元素、特に希土類元素(レアアース)などの重元素の量(濃度)は、その原料の種類や採取地を反映するため、層位情報をもつ考古遺跡出土品の分析値と比較することで製作年代や起源解明の手がかりを得ることができます。しかしこうした重元素は、古代ガラス中にppm(※4)レベル、またはそれ以下のごく低濃度で含まれるため、高感度な分析法が必要となります。一般的にこうした微量重元素の分析に用いられるICP質量分析(※5)などの方法は、古代ガラスの持つ資料性を度外視した破壊分析であり、破片などには適用できますが、美術的価値の高い完形のガラス資料に適用することはできません。非破壊で古代ガラスの組成分析を行う場合には蛍光X線分析法が有効ですが、通常の装置ではppmレベルの微量な重元素を検出することが困難であるため、強力かつ高エネルギーの放射光X線が必要不可欠です。
 その一方で、近年イラクの考古遺跡から発掘されたササンガラスに対して微量重元素分析が行われ、重元素(特にレアアース)の濃度が時代と共に変化していく傾向が示されました。しかしながらこの研究は、型式的な特徴に乏しい破片に対して行われた破壊分析でした。今日私たちの目に映る様々な形のササンガラス容器に対しては、限られた発掘情報から製作年代が推定されてはいるものの、こうした化学的な裏付けはなされていません。ササンガラス容器を壊すことなく、微量に含まれる重元素を分析できれば、破片の分析データとの比較から、その製作年代が推定できると期待できるのです。
 そこで本研究では、SPring-8 BL08Wの高ネルギー放射光蛍光X線分析を美術館所蔵の古代ガラス、特にササンガラスに適用することで、その起源を化学的に考察する研究を行いまた。これまで中井ら東京理科大学のグループは、SPring-8のビームラインBL08Wで高エネルギー蛍光X線分析手法を開発し、法科学資料、地球化学試料、文化財資料などにおいてその有用性を示してきました。その経験を活かして、岡山市立オリエント美術館所蔵の貴重な古代ガラスに対してSPring-8の高エネルギー放射光を励起光とする非破壊蛍光X線分析を行い、ppmレベルの微量重元素成分に着目した起源解明を行いました。

研究成果の内容
 ガラス資料を安定な台に載せ、レーザービームを用いて分析位置を調整し、高エネルギーX線を照射し、発生した蛍光X線を半導体検出器で記録しました。1点あたりの測定時間は15~30分としました(図1)。
 ここでは白瑠璃碗と同形のササンガラス(円形切子装飾碗)と、貝殻のような装飾を持つガラス(突起装飾碗)の2種類の型式のガラスの分析結果を示しています。様式に基づく考古学研究の成果から、突起装飾碗の製作年代は3~4世紀頃、円形切子装飾の製作年代は6~7世紀頃と比定されています。得られたスペクトルの形状を比べてみると、検出された重元素のピークに明確な違いが認められ、型式に応じて重元素の濃度が異なる可能性が示されました(図2)。そこで検出されたピークの大きさから各重元素の濃度を算出し、本研究により非破壊で得られたササンガラス容器の分析値と、破壊分析によって得られていた破片のデータとを比較しました。レアアースであるランタン(La)とセリウム(Ce)の濃度を比較した結果、分析した2点の突起装飾碗は初期ササン(3~4世紀)の、4点の円形装飾切子碗は後期ササン(6世紀頃)のデータと非常によく対応し、考古学的研究から推定されていた製作年代を化学的に裏付けることができました(図3)。こうした組成の違いは、利用された原料の違いを反映していると考えられます。本研究により、非破壊でササンガラスの製作年代および起源を推定できることが示されました。これは世界初の試みです。

研究の意義と今後の展開
 本研究はきわめて新規性の高い考古化学研究です。高エネルギー蛍光X線分析というSPring-8ならではの分析手法を用い、貴重な文化財に放射光の光を当て、考古学上の重要問題を解明するという点が最大の特色です。現在行われている古代ガラスの微量元素分析は基本的に破壊分析であるため、本研究で対象とするような美術館の完形品の分析は断念されてきました。本研究は、貴重なガラス工芸品でも、SPring-8の高エネルギー放射光を用いれば完全非破壊かつ高感度に微量重元素を分析できることを世界に提示しています。また、古代ガラスの専門家と放射光分析の専門家が共同して文理融合型の研究を進めることで、両者の学際において最大の成果が得られるものと考えられます。
 本研究で確立した古代ガラスにおける微量重元素の定量分析法により、貴重な文化財の非破壊分析の道が開けました。また本研究の対象としたササンガラスは、「正倉院宝物」や「陸・海のシルクロード」といった国内考古学でも関心度の高い重要なテーマとも深く関連し、本研究で得られる西方から古代日本へと至るガラスの伝播に関する新しい知見は、考古学に限らず歴史学、美術史においても有用な情報です。
 本研究は、最先端の放射光分析技術を、一般市民の関心の高い古代より伝わる正倉院宝物の理解、すなわち文化財の謎の解明へと適用したものです。放射光科学が広範な学術研究を支えていることを示すと同時に、その重要性・有用性を誰もが等身大で理解・実感できる格好の実例となっていなっています。岡山市立オリエント美術館は、今後は蛍光X線による所蔵ガラスの分析の継続だけでなく、SPring-8で利用できる高分解能X線イメージング、高精度X線回折などの手法を用いて、所蔵する多くの美術品・考古学資料の分析を行い、それらの理解をさらに深めていきたいと考えています。


《参考図》

図1 SPring-8 BL08Wでの測定の様子
図1 SPring-8 BL08Wでの測定の様子


図2 型式的特徴の異なる2種類のガラス容器の測定値の比較
図2 型式的特徴の異なる2種類のガラス容器の測定値の比較


図3 測定値と文献値の比較
図3 測定値と文献値の比較


《用語解説》
(※1) ササンガラス

サーサーンガラスとも言う(こちらの方が発音としては正しい)。ササン朝(226-651年)が治めたメソポタミア/イラン地域で製作されたガラスをさす。ササン朝の政治的中心である中部イラク出土資料は調査年代が古い上、未報告の遺跡が多く、1960年代以降古物市場に大量に出回った伝イラン北部出土資料は出自が不明確ないわゆる「盗掘品」であり、実態は不明確なまま今日に至っている。ササンガラスには同時代の地中海周辺でつくられた、いわゆるローマガラスの強い影響がみられるため、器形や製作技術、装飾技術だけで両者を区別することは困難。

(※2) 蛍光X線分析
元素にX線を照射することによって、その物質を構成する原子の内殻の電子が弾き飛ばされて空孔が生じ、そこへ外殻の電子が遷移する際に発生するX線のこと。その波長は内殻と外殻のエネルギー差に対応するが、内殻・外殻のエネルギー差は元素ごとに固有であるので、蛍光X線のエネルギーも元素に固有である。このことから、蛍光X線のエネルギーを実験的に求めることにより、測定試料を構成する元素の種類を分析することが可能であり、その強度を測定することにより測定試料中の目的元素の濃度を求めることができる。蛍光X線には、各元素について固有の、高エネルギーのK線と低エネルギーのL線がある。

(※3) 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する兵庫県にある世界最高の放射光を生み出す放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

(※4) ppm
濃度の単位。100万分率(parts per million)のこと。1 kgの物質中に1 mg含まれている成分の濃度が1 ppmであり、百分率の0.0001%に相当する。

(※5) ICP質量分析
誘導結合プラズマ質量分析法。Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometryの略で、ICP-MSとも略される。測定サンプルを溶解して原子レベルまでバラバラにしたのち、イオン化して原子の質量を測ることにより、元素分析を行うことができる。



《問い合わせ先》
(研究内容)
 岡山市立オリエント美術館
  副主査学芸員 四角 隆二 (しかく りゅうじ)
    TEL:086-232-3636
    E-mail:mail1

(報道対応)
 岡山市立オリエント美術館
  館長 大塚 利昭
    TEL:086-232-3636 FAX:086-232-5342
    E-mail:mail2

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp