マントル深部における新しい含水鉱物の発見 ~地球中心核付近への水の輸送~(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年02月03日
- BL04B1(高温高圧)
2014年2月3日
国立大学法人 愛媛大学
国立大学法人 東京工業大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西 真之研究員、入舩徹男教授、土屋 旬准教授、丹下慶範助教(いずれも東京工業大学地球生命研究所(ELSI)(※13)兼務)らの研究グループは、地球マントル下部において安定な新しい含水鉱物(※1)の存在を、世界で初めて明らかにしました。 (論文) |
研究の背景
地球内部に貯蔵できる水の質量は海水の数倍とも見積もられています。そのため、水は地球の表層だけでなく地球の内部でも重要な成分の1つであり、地球の進化に多大な影響を及ぼしたと考えられています。
地球表層に存在する水は岩石と反応して含水鉱物を作ります。この含水鉱物はプレートの沈み込みにより、水を地球深部のマントルへと運ぶことができます。ただし、マントルは高温高圧の環境なので、沈み込みに伴う温度や圧力の上昇によって、ある深さで含水鉱物が分解・脱水します。もし含水鉱物が分解せずに安定して存在できる温度と圧力条件が分かれば、水が地球内部のどの深さまでの運ばれるかを理解することができます。
これまで、下部マントル深部領域の研究においては、ダイヤモンドアンビル装置(DAC)(※9)がほとんど唯一の高温高圧実験装置として用いられてきました。一方近年、SPring-8のビームラインBL04B1設置の大型マルチアンビル装置(※10)と、焼結ダイヤモンド(※8)を用いた実験技術の開発により、愛媛大学や岡山大学のグループでは圧力50万気圧を越える下部マントル深部領域に対応する条件下で、より精密な実験を可能にしています。
DACを用いた過去の研究では、プレートによって沈み込んだ含水鉱物のうち、最も高い圧力下で安定なものはPhase D(D相)と称される含水鉱物ということがわかっていました。しかしD相は、地球内部の1250 キロメートル程度の深さで脱水分解することが示唆されていました。つまり、水の地球深部への輸送限界は深さ1250キロメートルということになります。
最近GRCの土屋は、第一原理(※11)に基づく数値シミュレーションにより、深さ1250キロメートル付近に対応する圧力でD相が新しい構造に変化することを予測ました。また、この相はより高い圧力で脱水分解することを予測し、2013年にその成果を米国地球物理学連合(AGU)の専門誌Geophysical Research Lettersに発表しました。
本研究では、焼結ダイヤモンドとマルチアンビル装置(図1)を組み合わせた精密実験により、高温高圧下でD相の高温高圧下における安定性の再検討を行い、この含水鉱物が分解する温度圧力条件の正確な決定を試みました。
研究の成果
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西 真之研究員、入舩徹男教授、土屋 旬准教授、丹下慶範助教ら(いずれも東京工業大学地球生命研究所兼務)と、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司研究員らの研究グループは、地球内部の深さ1250キロメートルに相当する温度圧力条件下でD相の安定性を調べました。その結果、D相が新しい含水鉱物に変化することを見出し(図2)、この含水鉱物をH相と名づけました。
今回見つかったH相は、土屋の理論シミュレーションにより予想された結晶構造によく似ていますが、少し異なることが分かりました。また、H相は高圧下でのみ安定で常圧下には回収できないため、精密な構造解析には至っていませんが、高温高圧下のX線回折データから、既知の高圧型アルミナス含水鉱物(δ-AlOOH)と同じ構造である可能性が強いと思われます。
H相は、Mg, Si, O, Hからなる高圧相ですが、多量のアルミニウムが取り込まれることも本研究グループにより実験により示されました。アルミニウムを取り込むことにより、H相はより高い温度・より高い圧力下まで安定化され、沈み込んだプレートのような温度の低い領域では、下部マントル最下部まで脱水分解しない可能性が強いと思われます(図3)。したがってH相は最終的には2900キロメートルの深さ、地球の中心核との境界へと水を運ぶ可能性があります(図4)。
本研究の結果は、従来はマントル半ばまでの1250キロメートル程度の深さまでと考えられていたプレートによる水の輸送の限界が、一気にマントルと核の境界付近の2900キロメートルまで拡張されることを示唆します。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、マントル最下部でのマグマの発生を引き起こし、これによりマントル最下部に観測される超低速度層(※7)や、この付近に起源を持つマントル上昇流(プルーム)などの原因になる可能性があります。また、地球中心核の主要物質である溶融鉄への溶け込みなど、地球深部の物質や運動(ダイナミクス)の解明において、重要な影響を及ぼすものと考えられます。
今後の展望
今回の研究では、マントルと核の境界付近近くまでH相が安定に存在する可能性を示しましたが、一方で土屋の予測に基づくと、これより浅い領域で高圧型の氷を含む相に分解する可能性もあります。今後更にマルチアンビル装置による圧力・温度領域の拡張や実験手法の開発を行い、この付近における H相の安定性の直接観察とともに、周囲のマントル物質や核物質との反応、また高温高圧下での氷の挙動を詳しく調べる必要があります。
地球内部での水の存在量とその循環は、地球の起源物質の特定や内部の運動を知る上で大変重要であるとともに、太陽系の他の惑星における水の存在や、太陽系の生成過程を理解する上でも重要です。今後マルチアンビル装置と焼結ダイヤモンドを利用した実験技術の進展により、マントル最下部領域での高い精度の実験が可能になり、これらが直接実験的に解明されることが期待されます。
本研究グループでは、焼結ダイヤモンドを用いた超高圧実験技術の開発とともに、独自に開発した世界最硬ナノ多結晶ダイヤモンド(ヒメダイヤ)(※12)を用いた新しい実験技術の開発も進めています。
成果のポイント
・第一原理計算による理論的予想が、実験によって実証的に確定された貴重な科学的成果
・新しい超高圧技術と放射光実験を組み合わせた、独自の高精度な実験
・D相発見以来30年ぶりとなる、下部マントルにおける高圧含水鉱物(DHMS)の発見
・下部マントル中部までとされていたプレートによる水の輸送を、中心核付近まで拡大
・超低速度層、プルームの発生、核への水の溶け込みなど、マントルと核の境界付近における様々な現象に影響
《参考図》
炭化タングステンアンビルを使った通常の実験手法では30万気圧程度の圧力発生が限界であるが、本研究グループなどにより開発された焼結ダイヤモンドアンビルを用いた実験では、50万気圧を大きく超える超高圧力が発生可能となる。
H相はMg, Siに次いで重要な成分であるアルミニウムを加えると、その安定な圧力と温度領域が大幅に広がる。
下部マントルに沈み込んだプレート内では、D相が新しい含水鉱物H相に変化し、中心核付近まで水を運ぶことが可能であると考えられる。
《用語解説》
※1 含水鉱物
蛇紋石など、水素を主成分の一つとして構造に含む鉱物。特に地球内部の高温高圧下で生じる、マグネシウムに富む含水鉱物は、高圧型含水マグネシウムけい酸塩鉱物(DHMS)あるいはアルファベット相と称され、プレートの沈み込みとともに地球深部にもたらされると考えられている。
※2 Phase D(D相)
含水鉱物の一つで、これまで下部マントルにおいて存在する唯一のDHMSと考えられていた。1986年にオーストラリアの研究者により発見された。その後Phase E, F, Gなどの発見が報告されているが、Phase Eの存在はマントルのより浅い領域に限られており、またPhase FとPhase Gは、Phase Dと同じものであることが明らかになっている。
※3 マントルと核
地球は薄い地殻(深さ約30キロメートルまで)、マントル(深さ30-2900キロメートル)、核(2900-6400キロメートル)の3層からできている。マントルはかんらん岩などの岩石が主な成分であるのに対し、核は主に鉄からできている。
※4 核中の軽元素
核は鉄を主成分としているが、この他に10%程度の軽い元素が含まれていると予想されている。軽い元素の候補として、酸素、硫黄、炭素、珪素、水素などが挙げられているが、現在のところどの元素がどれくらい存在しているか謎である。最近では水素が多く含まれるという説も発表されており、その供給源としても今回のH相は重要な役割を果たす可能性がある
※5 下部マントル
マントルは上部マントル(深さ30-410キロメートル)、マントル遷移層(410-660キロメートル)、下部マントル(660-2900キロメートル)の3つの領域に区分される。下部マントルは最も大きな領域であり、地球全体の体積の6割を占め、その最下部は地球の中心核と接する。
※6 プルーム
沈み込む冷たいプレートやマントル物質に対して、マントル深部から上昇してくる高温の上昇流。アフリカや太平洋下部においては、核にルーツを持つ巨大なスーパープルームの存在も、地震学的に明らかになっている。発生部分では部分的に岩石が融けている可能性もあり、水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、プルームの発生において重要な要因となる。
※7 超低速度層
マントル最下部の核との境界付近に見られる、地震波の伝わる速さが非常に遅い領域。岩石であるマントルと溶けた鉄との反応や、マントル物質の部分的溶融などの原因が考えられている。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、このような低速度層を形成する上で重要な要因となる。
※8 焼結ダイヤモンドアンビル
超高圧力を発生するための硬い材料をアンビルと称する。通常の高温高圧実験には、炭化タングステンのような超硬合金がアンビルとして用いられるが、ダイヤモンドの粉末を金属とともに焼き固めた焼結ダイヤモンドの利用が、より高い圧力発生を目指して試みられている。
※9 ダイヤモンドアンビル装置
先端を平らに研磨した2個の単結晶ダイヤモンド製のアンビルに力を加え、その間に挟んだ試料に高い圧力を発生させる装置。地球の中心に相当する360万気圧と6000°Cの圧力・温度の発生が可能であるが、実験精度や複雑な成分を持つ物質に対する実験においては、マルチアンビル装置に劣る。
※10 マルチアンビル装置
8個の立方体アンビルを大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に力を集中することにより高い圧力を発生させる装置。アンビル材としては通常超硬合金が用いられるが、その場合圧力は30万気圧程度に限られる。本研究グループや岡山大学のグループを中心に、焼結ダイヤモンドアンビルを用いた100万気圧領域の発生も可能になっている。ダイヤモンドアンビル装置に比べて、より大きな試料が使えるとともに、精度の高い実験が可能である。
※11 第一原理計算
近代物理学の基礎である量子力学の基本原理に基づき、実験などにより得られる先験的なパラメーターを用いずに結晶構造の安定性や物性を予測する計算方法。最近の数値シミュレーション技術の進歩により高い精度での予測が可能になり、実験と相補的な役割を担っている。
※12 ヒメダイヤ(ナノ多結晶ダイヤモンド)
GRCの入舩教授らにより開発された、ナノサイズのダイヤモンド粒子の集合体。通常の単結晶ダイヤモンドより硬く、切削用工具や超高圧装置用アンビルとしての応用が開始されている。
※13 地球生命研究所(ELSI)
東京工業大学の廣瀬敬教授をリーダーとして採択された、地球・生命科学分野のWPI(世界トップレベル研究拠点)プログラムに基づき2012年に設立された同大学の新しい研究所。本研究グループの属する愛媛大学の地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)は、ELSIの国内唯一のサテライト拠点となっている。
《問い合わせ先》 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 高輝度光科学研究センター (関連分野の研究者) 東京工業大学 地球生命研究所 (SPring-8に関すること) |
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