電子検出により放射光メスバウアー吸収分光法の測定効率を大幅向上 -さらに多くの元素について放射光メスバウアー分光測定が可能に-(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年02月27日
- BL09XU(核共鳴散乱)
- BL11XU(QST 量子ダイナミクスI)
2014年2月27日
国立大学法人京都大学
独立行政法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人茨城大学
京都大学原子炉実験所の増田 亮 研究員、瀬戸 誠 教授、北尾 真司 准教授、小林 康浩 助教、黒葛真行 氏(大学院理学研究科大学院生)らの研究グループとイタリアにあるトリエステ放射光研究所の齋藤 真器名 博士研究員、日本原子力研究開発機構の三井 隆也 主任研究員、茨城大学の伊賀 文俊 教授、高輝度光科学研究センターの依田 芳卓 主幹研究員らによる研究グループは、電子を測定できる放射光メスバウアー吸収分光法1)の測定システムを開発し、その測定効率を大きく高めることに成功しました。 (論文) |
背景
メスバウアー分光法1)は、放射性の同位体4)から出る特定のエネルギーを持ったγ線を材料に照射し、そのγ線を共鳴吸収する元素周辺の物質状態を調べる方法です。この方法は、線源となる放射性同位体が入手し易い鉄(Fe)や錫(Sn)を含んだ材料研究では広く利用されていますが、適当な放射性同位体を用意できない場合は、測定が困難または不可能になります。これを解決する方法として、放射性同位体を用いずに様々なエネルギーのγ線を利用できる放射光メスバウアー分光法があります。特に放射光メスバウアー吸収分光法は、ゲルマニウム(Ge)やユーロピウム(Eu)等の多様な元素を利用した測定に応用されています。これまで、この測定システムでは、スペクトル測定のため核共鳴吸収後に発生するX線と電子のうち、X線だけを検出していました。しかし、これでは測定が数日に及び、超伝導材料や磁石材料の開発に関わる元素も含めて応用実験が困難な元素が残されていました。このため、研究グループはX線に加えて電子も検出できる計測システムを開発し、放射光メスバウアー吸収分光法の測定効率を大幅に向上させることを試みました。
研究の内容と成果
放射光メスバウアー吸収分光法では、図1(左)に示す様に、測定したい元素を含む試料で予め共鳴吸収させた放射光を、下流で光軸方向に振動する散乱体(同種の元素を含み、狭いエネルギー幅で共鳴する物質)に照射し、その共鳴吸収後に放出されるX線や電子の強度の速度依存性を測定することで試料の吸収スペクトルを得ます。重要な点は、放射光が散乱体と共鳴した後にX線のみならず電子が発生することです。ある種の同位体では、X線に比べてかなりの割合で電子が放出されますが、従来利用していた検出器にはノイズ信号の原因となる可視光を遮るために金属(ベリリウム(Be))薄板を窓として取付けていました。X線はBeを透過できますが、電子はBeを透過できません。しかし、電子を検出できればメスバウアー吸収分光法の測定効率を格段に改善できます。そこで、X線窓を無くした検出器を散乱体と同じ真空チャンバー内に封入することにより、可視光を遮りつつ、散乱体からのX線と電子の信号を同時に検出できる測定システムを構築しました。新しく開発した放射光メスバウアー分光装置の外観写真を図1(右)に示します。
及び真空チャンバー内に配置した検出器(右上)の外観写真
開発した測定システムの性能評価のためにイッテルビウム12ホウ化物(YbB12)3)に含まれるYbの同位体174Ybの放射光メスバウアースペクトルを測定しました。従来のX線だけを検出する方法では信号強度が毎秒1.2カウントしか得られず、解析に耐え得るカウント数のスペクトルを得るには数日かかりましたが、電子を検出する測定システムでは5倍もの測定効率の向上が達成され、10時間の測定で明瞭なスペクトルが観測されました(図2)。メスバウアー分光法の測定精度を左右する吸収ピークの半値幅(図2の矢印部)も1.3mm/sとYb原子の価数決定など電子状態を調べる研究にも十分に利用できる事が確認されました。また、メスバウアー分光法で利用する元素の中で放射光と共鳴現象を起こす同位体(今の場合174Yb)の天然存在比が低い場合には、同位体を富化した試料がしばしば用いられます。これは一般に非常に高価で、入手が困難です。今回の測定では同位体富化はしておらず、測定効率が向上したことで、同位体富化試料に頼らない測定が可能になりました。
研究の意義と展望
電子を検出することで放射光メスバウアー吸収分光法の測定効率を格段に改善することができました。今回開発した測定システムは、Ybのみならず、信号強度不足のため機能材料の研究に重要な元素でありながら放射光メスバウアー分光を適用できなかったレアアースやアクチノイド元素などの測定を可能にします。(図3の青色部分の元素が期待できます)。それは物質科学における放射光メスバウアー分光の新しい応用分野(例えば磁石材料や超伝導材料をはじめとした新しい物質の合成と機能解明等)を飛躍的に広げることを意味します。
《用語解説》
※1 メスバウアー効果、メスバウアー分光法、放射光メスバウアー吸収分光法
メスバウアー効果は、放射性物質(γ線源)中の原子核から放射された特定の振動数のγ線がエネルギーを失う事なく同種の原子核を含んだ吸収体(試料)に共鳴吸収される現象で、現在までに約45種類の元素で確認されています。この現象を発見したR.L.Mössbauerは1961年にノーベル賞を受賞しています。一方、γ線源と試料が異なる物質である場合、原子核が共鳴吸収を起こすエネルギーは、周辺の電子状態の違いから互いに僅かに変化します。この時、γ線源を光軸上で振動させ、光のドップラー効果5)でエネルギーを変調したγ線を試料に照射し、透過強度の速度(エネルギー)依存性を測定すれば、共鳴吸収スペクトルが得られます。そのパターン変化から物質中で共鳴に寄与した元素の状態(電子状態や磁気構造等)を調べることができます。この手法はメスバウアー分光法と呼ばれており、物性物理・原子核物理・無機化学・錯体化学・金属学・生命科学・地球宇宙科学・考古学等の広範な分野で応用されています。
γ線源として放射性物質よりも高機能かつ利便性に優れた放射光6)を用いるメスバウアー分光法もあります。2009年に開発された放射光メスバウアー吸収分光法では、白色(連続波長)の放射光を試料に照射します。この時、放射光の一部は試料中の共鳴元素に吸収されるので、透過した放射光のエネルギー分布に共鳴吸収パターンが記録されます。このパターンを調べるため、同種の元素を含み、狭いエネルギー幅で共鳴を起こす物質(散乱体)を試料の下流側に配置します。これに放射光を照射し、散乱体中の元素が共鳴吸収を起こした後に放出されるX線や電子を検出器で測定します。この時、散乱体を光軸上で振動させ、ドップラー効果で元素の共鳴エネルギーを変化(走査)させながら信号強度の速度依存性を測定すると、試料の共鳴吸収スペクトルが得られます。この手法は、放射光メスバウアー吸収分光法と呼ばれており、白色の放射光を多様な原子核に共鳴させることができるため、従来はγ線源の準備が難しく測定できなかった元素のメスバウアー分光にも適用できます。
※2 共鳴吸収
共鳴吸収とは、ある物質系が振動する外場のエネルギーを吸収して励起される現象のことです。振動の周波数を変化させると、ある値の近傍で強いエネルギー吸収が起こります。
※3 イッテルビウム12ホウ化物
室温では金属にように振る舞いますが、低温になると何らかの原因で電子の振る舞いが変化する為に電気抵抗が増加し、半導体のように変化する物質群(近藤半導体)のひとつです。低温で半導体へ変化する原因は未だ解明されていないため、レアアースの物性研究でも特に注目されている物質です。一方、今回この物質を用いたのは近藤半導体としての性質ではなく、低温でメスバウアー効果が起きる確率が高いという性質のためです。
※4 同位体
同じ原子番号を持つ元素の原子のうち、原子核に含まれる中性子の数(つまりその原子の質量数)が異なる原子のことを同位体と呼びます。同位体は種類ごとに自然界で一定の割合(天然存在比)で存在します。同位体には放射性のものもありますが、今回用いた174Ybは自然のイッテルビウムにも32%含まれており、放射性の無い(放射線を出さない)安全な同位体です。
※5 光のドップラー効果
光は波の一種なので、救急車の音でよく知られている音のドップラー効果と似た現象が起こります。即ち、静止した観測者に対して光が相対的に運動すると観測される光の波長(エネルギー)は実験室で測定されるものとずれます。これを光のドップラー効果と呼びます。
※6 放射光
放射光は、光速近くまで加速された電子線の軌道を磁場で曲げた際に生じる指向性の高い光であり、赤外線からX線までの広い波長範囲に渡る白色光です。
《問い合わせ先》 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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