電気信号により制御される水素イオンチャネルの形を原子レベルで解明 -創薬研究から分子デバイスへの応用まで、大きな波及効果に期待-(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年03月03日
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2014年3月3日
国立大学法人大阪大学
• 生物の電気信号による情報伝達や病原菌の退治などで重要な水素イオンの微 小な流れを制御する分子の仕組みを解明
• さまざまな創薬のターゲットとなる膜タンパク質の動作原理を詳しく解明できるスーパーモデル・イオンチャネル
• 創薬研究から分子デバイスへの応用まで、大きな波及効果の可能性
大阪大学の竹下浩平招へい研究員(蛋白質研究所)、岡村康司教授(大学院医学系研究科)、中川敦史教授(蛋白質研究所)の研究チームは、電気信号(膜電位)を利用して我々の体が病原菌を退治する際に水素イオン(プロトン)の流れを制御する電位センサー型プロトンチャネルのかたちを原子レベルで解明し、必要な時だけうまくプロトンを通す仕組みを明らかにしました。これによりプロトンの出入り口に蓋をするような化合物設計も可能となり、様々な病気に対する新規医薬品開発などに繋がることも期待されます。神経伝達や心臓の拍動に電気信号が使われていることは従来から広く知られていますが、今回明らかになった構造は、生体内での電気信号がどのように制御されているかについて、原子レベルでの詳細な情報を与える重要な成果です。 (論文) |
研究の背景
プロトンはpHの実体であり生体環境を維持する働きを担っています。電位センサー型プロトンチャネル(プロトンチャネル)は2006年に本研究チームの岡村康司教授によって発見されたプロトン専用の通り道タンパク質です。この分子は細胞膜の中にプロトンの通り道を作りますが、常に開いているわけではなく、内蔵されたセンサーが電気信号を感知したときのみ開きます。このタンパク質は電位センサーとして、細胞内外の電位の変化を感知しますが、電位を感じるということは神経伝達や心臓の拍動などでも使われる、生体内で最も重要な機構の一つです。
しかし、このプロトンチャネルが、「必要な時以外はどうやって最も小さなイオンであるプロトンを漏らさないのか?」、「細胞の内と外の電位差の変化を感知するセンサーはどこにあるのか?」といったことはわかっていませんでした。大阪大学の研究チームは、電位センサー型プロトンチャネルの原子構造を大型放射光施設SPring-8(兵庫県)にある大阪大学蛋白質研究所の専用ビームライン(BL44XU)を使用し解析を進め、この度その結晶構造を世界で初めて明らかにしました。この結晶構造から、電位センサー型カリウムチャネルや電位センサー型ナトリウムチャネルにも共通の膜電位センサーの共通原理として、VSOPの和傘の軸にあたる部分にあるヘリックス(S4と呼ぶ)が上下にスライドすることでチャネルのON/OFFを制御していると考えられていたのですが、今回、膜電位センサーの最大のブラックボックスであったOFF状態(Resting-state)の構造がVSOPの結晶構造解析によって初めて明らかになりました。またVSOPのOFF状態の構造には、VSOPのプロトンチャネル活性を阻害する亜鉛イオンが結合しており、その亜鉛イオンが留め金となって、まるで和傘が閉じるようにプロトンの通り道を閉じていることが分かりました。さらに分子内部を観察すると2つの疎水性バリアによってプロトン透過に密接に関わる水分子の浸入を防いでいることも分かり、これらの構造情報からVSOPはプロトンを通す一方で、必要時以外は最小のイオンを絶対に漏らさない機構が存在することを明らかにしました。
脳や精巣の局所では亜鉛イオン濃度が高く、神経系細胞や精子のプロトンチャネルは亜鉛イオンが留め金となって通路がふさがっていますが、神経活動の変化や、射精などによって細胞周囲の亜鉛濃度が変わると、留め金がはずれ局所のpHが変化し、精子の運動性などが引き起こされると考えられます。今回電位センサー型プロトンチャネルの構造が解明されたことで、このような生命現象の新たな仕組みが明らかになると期待されます。さらにVSOPは、ヒトで働くイオン透過タンパク(イオンチャネル)のうち最も小さな分子のひとつであり、スリムなスーパーモデル・イオンチャネルです。コンパクトながら多彩な機能を操るこの分子を詳しく研究することで、さまざまな創薬のターゲットとなる膜タンパク質の動作原理が詳しく解明できます。このことから、創薬研究から分子デバイスへの応用まで、大きな波及効果の可能性があります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
イオンチャネルは心疾患、神経疾患、糖尿病など、種々の疾患に関連したタンパク質であり、その「形」と「働き」を原子レベルで解析した本研究の結果は、生命活動に重要な電気信号がどのように働いているかを理解する上で重要な成果です。また、本成果は、降圧剤、抗不整脈薬、麻酔薬など多くの薬のターゲットである電位センサーを持ったイオンチャネルに共通する原理の究明に繋がり、今後、神経系や免疫関連疾患の治療薬の開発への道を開くものといえます。
本研究は、文部科学省「ターゲットタンパク研究プログラム」において、我が国発の構造・機能解析が重要なインパクトを与えるタンパク質の一つとして研究が進められてきました。
《参考図》
《問い合わせ先》 大阪大学大学院 医学系研究科 生理学講座(統合生理学) 大阪大学 蛋白質研究所庶務係 (SPring-8に関すること) |
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