X線自由電子レーザーを用いたコヒーレントX線回折イメージング実験データをその場で迅速に処理するソフトウェアの実用化 ーSACLAの効率的な利用を目指してー(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年03月06日
- SACLA
2014年3月6日
慶應義塾大学
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
• SACLAでのコヒーレントX線回折イメージングデータの高速処理
• 良好な回折パターンを選別し、その場で電子密度図を回復
慶應義塾大学(塾長 清家篤)、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)は共同で、X線自由電子レーザーを用いた非結晶粒子のコヒーレントX線回折イメージング実験データを高効率で解析するソフトウェアを独自に考案・開発し、その実用化に成功しました。 (論文) |
背 景
X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser: XFEL)を用いた非結晶粒子の構造解析には、コヒーレントX線回折イメージング法(Coherent X-ray Diffraction Imaging: CXDI)[1]が有効です。慶應義塾大学、理化学研究所、大阪大学の研究グループは、実験での非結晶粒子試料へのXFELパルス照射方法として、試料粒子を高数密度で散布包埋し、パルスに合わせて試料を動かすことで、十分なX線照射確率を確保しながら信号雑音比が良好な回折パターンを得る実験方法を考案しました。同グループでは、低温試料固定照射装置“壽壱号“[2]とその周辺装置[3]を設計・製作し、2013年3月までに、高効率な非結晶粒子のXFEL-CXDI実験を実現しました。
壽壱号を用いたCXDI実験のスキームを模式的に図1に示します。ピンホール試料板などに張り付けた炭素薄膜や炭素蒸着窒化シリコン膜あるいは水薄膜に湿度制御環境下で試料粒子を展開し、余剰な水や溶媒を除去後に液体エタンで急速凍結します。試料用板は液体窒素中で専用ホルダーに固定され、結露および昇温防止キャリアーによって照射装置の低温試料ステージに搬送されます。集光されたX線パルス(X線光子密度1010-11 /μm2/10 fsパルス)が照射された試料は、X線回折後にクーロン爆発を起こして原子レベルで破壊されます(diffraction before destruction)が、高濃度散布試料をスキャンすることで、照射位置には常に新しい試料粒子が供給されます。
壽壱号には、検出器系全体のダイナミックレンジ確保のため、試料から1.6m下流に7-210nm分解能の回折パターンを記録するMPCCD-Octal検出器を、3.2 mに80-500nmを記録するMPCCD-Dual検出器を接続します。また、試料のX線散乱能に応じて減衰板を挿入し、Dual検出器へ到達する回折X線強度を調節します。試料直上流のスリット開口を最適化し、2×2 mm2のビームストップをDual検出器前に置くと小角分解能約500 nmまで回折パターンを記録できます。
研究手法と成果
現在、数日間のビームタイムで数万枚の回折パターンが得られ、試料粒子にX線パルスがヒットする確率は粒子散布密度にもよりますが、20~100%となっています。このように膨大な量の回折パターンは、もはや人の手を介して処理できるものではありません。また、貴重で短いビームタイムでは、実験中に様々な判断に迫られるので、その場でのデータ解析が不可欠です。そのため、2台のMPCCD検出器から得られる膨大量の回折パターンを高速かつ自動で処理すべく、FORTRAN90言語で書かれた5万行にも及ぶデータ処理ソフトウェア『四天王』を開発しました[4]。このソフトウェアは、高計算コストのルーチンが並列化された四つのサブプログラムから構成され、それらが連携して自動高速データ処理が以下の順で行われます。
(1) サブプログラム 『多聞天』が、予め各試料の測定前に得た検出器の暗電流強度を各回折パターンから引き去り、十分な小角強度を持つものをヒットパターンとして抽出します。
(2) ビームタイムの最初に測定する立方体形状酸化銅単粒子の回折パターンを関数近似することで、サブプログラム『持国天』が各検出器でのビーム中心位置や検出器の相対回転角を決定します。さらに、回折角の小さな領域で成り立つ回折パターンの中心対称性を利用して、先に決定した検出器中心付近で、ショット毎に微小に搖動するビームの位置を精密化します。
(3) 決定した2台の検出器からの回折パターンの中心位置や相対角度を用いて、サブプログラム『広目天』が、2つの検出器で記録した回折パターンを一つに統合します。
(4) 『増長天』は、統合パターンに簡単な画像処理を施した後、位相回復アルゴリズムを用いて、回折パターンから、粒子のX線入射方向への投影電子密度像を回復します[5]。
本ソフトウェアの整備により、測定終了後の像回復までのデータ処理を1000枚/15分で行えます。2013年12月以降は入力パラメーターなどを極力減じたGraphical User Interfaceによって運用されており、実験後にその場で提供される処理結果の統計や位相回復画像は、実験中の試料作成へのフィードバックや測定方針の決定を十分に支援できるものです。
大型放射光施設SPring-8※3でのCXDI測定と比べ、短時間に膨大な回折パターンが収集可能なSACLAの特徴を活かせば、サブミクロンサイズの粒子個々の内部組織を30-10nmの分解能で可視化しながら、粒子サイズ分布も明らかにするという複合的な構造解析が可能になります。このソフトウェアは、既にそのような実験でのデータ選別に利用されています[6]。例えば、特定条件下で作成した金属サブミクロン粒子からの一万枚を越える回折パターンから十分な強度を持つものを抽出して、粒子のサイズ分布と個々の粒子の投影電子密度を同時に得るという、従来の動的光散乱、レーザー回折や電子顕微鏡では困難であった材料粒子の評価に貢献しています。
今後の期待
今後、大量に得られる回折パターンからの三次元構造解析を目指しますが、その解析にはスーパーコンピュータ「京」から派生した計算機を用いることになっています。メイド・イン・ジャパンの壽壱号と四天王を用いた非結晶粒子のXFEL-CXDI構造研究は、我が国が誇る国家基幹技術であるSACLAと京の機動的・戦略的連携を促進する、ひとつの方向性を示す事例になることも期待されます。
参考文献
[1] 中迫ら レーザー研究 40, 680 (2012); 中迫ら: 放射光 26、 11 (2013).; 中迫&山本: パリティ 28 (7)、 16 (2013).
[2] Nakasako et al. Rev. Sci. Instrum. 84、 093705 (2013).
[3] Takayama & Nakasako: Rev. Sci. Instrum. 83、 054301 (2012).
[4] 関口ら: 放射光 26、 110 (2013).
[5] Oroguchi & Nakasako: Phys. Rev. E87、 022712 (2013)., W. Kodama & M. Nakasako: Phys. Rev. E84, 21902 (2011).
[6] Takahashi et al. Nano Lett. 13, 6028 (2013).
《参考図》
《用語解説》
※1 X線自由電子レーザー施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
※2 コヒーレントX線回折イメージング法(CXDI:Coherent X-ray Diffraction Imaging)
干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のこと。コヒーレントX線回折パターンは、試料の原子レベルでの構造の違いにも敏感であり、これを利用して試料構造を可視化することができる。コヒーレントとは、干渉性の優れた、位相のそろった波を意味する。
※3 大型放射光施設SPring-8
SPring-8はSuper Photon ring-8 GeVに由来する施設の愛称。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。SACLAとSPring-8は同じ敷地内にある。世界最高性能の放射光を発生することができ、1997年より大学、研究機関や企業等に開放された。放射光とは、光とほぼ等しい速度に加速した電子を磁石により曲げることで発生させる電磁波のこと。SPring-8では、赤外線から可視光、軟X線・硬X線に至る幅広いエネルギー領域の強力な放射光を利用できる。この放射光を利用し、原子核の基礎研究から、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用、医学応用、科学捜査まで幅広い研究が行われ、日本の先端科学・技術を支えている。
《問い合わせ先》 (報道担当) 慶應義塾 広報室(渡辺) (SPring-8に関すること) |
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