新構造の酸化物イオン伝導体を発見 中性子と放射光で構造決定・イオンの流れを可視化-燃料電池やセンサー、電子材料などの高性能化に威力-(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年05月07日
- BL19B2(産業利用I)
2014年5月7日
東京工業大学
茨城大学
オーストラリア原子力科学技術機構
高輝度光科学研究センター
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
要点
• 新しい結晶構造(原子配列)を持つ酸化物イオン伝導体グループ(新構造ファミリー)NdBaInO4(ネオジム・バリウム・インジウム酸化物)を発見
• 室温~1000℃まで①(Nd,Ba)InO3ペロブスカイトユニットと②A-希土類酸化物Nd-Oユニットから成る結晶構造であることを中性子と放射光で解明(図1)
• Nd-Oユニット内を酸化物イオンが二次元的に移動することを見出す(図1)
東京工業大学理工学研究科物質科学専攻の八島正知教授、藤井孝太郎助教、茨城大学の石垣徹教授、星川晃範准教授、豪州原子力科学技術機構(ANSTO)のヘスタージェームス(James R. HESTER)博士らの研究グループは、酸化物イオン伝導体1)の新しい構造ファミリーであるネオジム・バリウム・インジウム酸化物「NdBaInO4」2)を発見した。NdBaInO4の結晶構造3)の決定およびNdBaInO4における酸化物イオンの拡散経路の可視化にも成功した(図1)。 本研究成果の発表論文: |
この構造は(i) A-O (Nd-O)ユニットおよび(ii)(A,A' )BO3 (= Nd2/8Ba6/8InO3)ペロブスカイトユニットから成る。酸化物イオン(O2-)伝導はA-O (Nd-O)ユニットにおいて起こる(図の⇔)。
研究の背景
純酸化物イオン伝導体および酸化物イオン-電子混合伝導体などの、酸化物イオン伝導性材料は、燃料電池、酸素分離膜およびガスセンサーなどに幅広く応用されている。酸化物イオン伝導度は結晶構造に強く依存するので、新しい構造ファミリーに属する新規酸化物イオン伝導体を発見すれば、酸化物イオン伝導体の応用の革新的発展へ向けた新しい扉を開けると期待されていた。
研究の経緯と研究成果
1.酸化物イオン伝導性材料の新構造ファミリーNdBaInO4の発見
八島教授らの研究グループは、新しい層状ペロブスカイト関連構造6)をデザインするために、AA'BO4の様々な化学組成を調べてきた。AA'BO4のAとA'は大きな陽イオンであり、Bは小さな陽イオンである。この研究で多くの化学組成を調べた後、酸化物イオン伝導性材料の新しい構造ファミリーであるNdBaInO4を発見した。
陽イオンとしてNd, Ba, Inを選択した理由は、①NdとBaのサイズが異なるためBa/Ndの陽イオン規則化が期待される②BaとInのイオンサイズからペロブスカイトユニットが形成されると考えられる―からである。NdBaInO4は、BaCO3, In2O3 および Nd2O3 粉末を用いて、1400 ℃における固相反応7)により合成した。図2に示すようにNdBaInO4は酸化物イオン伝導を示す。後述するように、NdBaInO4試料は、新しい結晶構造を持つ単斜単相である。つまり、この研究において酸化物イオン伝導体の新しい構造ファミリーを発見したことになる。
左:NdBaInO4の全電気伝導度の酸素分圧依存性。
中央:NdBaInO4の空気中における全電気伝導度およびイオン伝導度のアレニウスプロット8)。
右:直流電気伝導度測定のために白金線をつけたNdBaInO4試料。
2.結晶構造解析と酸化物イオン拡散経路の可視化
中性子および放射光X線粉末回折法(写真1と2、図3と4)および第一原理電子状態計算9)でNdBaInO4の結晶構造を調べた。中性子回折では酸素原子の位置パラメーターを正確に決めることができる。また、X線粉末回折データを用いてNdBaInO4の未知結晶構造解析10)を実行した。
その結果、NdBaInO4の空間群は単斜晶系のP21/c11)であることが見いだされた。NdBaInO4の結晶構造(図5)の妥当性を①SPring-8および②PFで測定した放射光X線粉末回折データのリートベルト精密化12)、③J-PARCおよび④ANSTOで測定した中性子回折データのリートベルト解析、⑤Nd, BaおよびInイオンの結合原子価の総和13)、⑥密度汎関数理論に基づいた構造最適化―により確認した。
NdBaInO4の精密化した結晶構造は、A-希土類酸化物A-O (Nd-O)ユニットと (A,A' )BO3 (Nd2/8Ba6/8InO3) ペロブスカイトユニットからなっている(図5)。このことは、新しいA/A'の陽イオンが規則化したペロブスカイト関連層状構造であることを示している。この新構造の際立った特徴はInO6(BO6)八面体の稜がA-O (Nd-O)ユニットに面していることである(図6)。NdBaInO4の酸化物イオンの拡散経路を結合原子価法13)により可視化した(図7)。酸化物イオンはA-O (Nd-O)ユニット内を2次元に移動できる。
赤い丸は実験結果、青線は理論計算の結果を示す。結晶の角度(ブラッグ回折角をゼロとする)を徐々に変化させると、円偏光度と偏光の回転方向の変化が観測された。角度が+31秒では左回り円偏光が、-31秒では右回りの円偏光が生成された。
(左: 24 ℃, iMATERIA@J-PARC; 右: 23 ℃ と1000 ℃, Echidna@ANSTO).
面しているという特徴(左、例:K2NiF4型酸化物)。
新構造ファミリーにおける、稜がA-Oユニットに面しているというユニークな特徴(右NdBaInO4)。
《用語解説》
1) 酸化物イオン伝導体(酸化物イオン伝導性材料)
外部電場を印加したとき酸化物イオンが伝導できる材料。酸化物イオン伝導性材料は①純酸化物イオン伝導体および②酸化物イオン-電子混合伝導体に分類できる。
2) NdBaInO4
Nd, BaおよびIn陽イオンと酸化物イオンから成る酸化物。
3) 結晶構造
原子配列が正確な周期性を持つ物質が結晶である。結晶構造は結晶の原子配列である。結晶構造は空間群(原子配列の対称性)、単位胞パラメーター(単位胞の大きさと形)、原子座標(単位胞における原子の位置)などによって規定される。
4) 中性子回折
自由な中性子が結晶(厳密には結晶の原子核とスピン)によって散乱されるとき、中性子は波のように振る舞い、結晶により回折する。この現象を中性子回折と呼ぶ。中性子回折により結晶構造を決定できる。軽元素と重元素から成る化合物における酸素のような軽元素の原子位置を、中性子回折は正確に決定できる。 本研究では、日本原子力研究開発機構/KEKのJ-PARCに設置されている茨城県の回折計iMATERIA(装置担当責任者:茨城大学石垣徹教授)および豪州のANSTOに設置されている回折計Echidna(装置担当者:ANSTO M. Avdeev博士、ANSTO J. Hester博士)を用いた。
5) 放射光X線回折
放射光は極端に明るいX線源である。放射光X線が結晶(厳密には結晶の電子)によって散乱されるとき、放射光X線は波のように振る舞い、結晶により回折する。この現象を放射光X線回折と呼ぶ。放射光X線回折により結晶構造を決定できる。本研究では、SPring-8の産業利用Iビームライン(BL19B2)に設置されている粉末回折装置とKEKの放射光科学研究施設のビームラインBL-4B2に設置されている多連装粉末回折装置(装置担当者:PF中尾裕則准教授、名古屋工業大学 井田隆教授)を用いた。BL19B2での測定では高輝度光科学研究センター大坂恵一博士の協力を得た。
6) ペロブスカイト関連構造、ペロブスカイト型構造、ペロブスカイトユニット
理想的な立方ABO3ペロブスカイト型構造では、例えば、A陽イオンが立方の単位胞の角にあり、B陽イオンが単位胞の中心にあり、酸素陰イオンが単位胞の面心にある(図8)。ペロブスカイト型構造は化学組成(AとB陽イオンの組み合わせと酸素濃度)、温度、圧力および酸素分圧に依存して歪むことができる。つまり構成原子が理想的な位置からシフトすることができる。ある結晶構造において、その結晶構造の一部の原子配列が理想的、または歪んだペロブスカイト型構造であると見なせるならば、この部分をペロブスカイトユニットと呼ぶ。ペロブスカイトユニットを含む結晶構造をペロブスカイト関連構造と呼ぶ。
7) 固相反応
二つの固相間の反応、または3個以上の固相間の反応
8) アレニウスプロット
絶対温度の逆数に対する、イオン伝導度などの物理量の対数プロット。限られた温度範囲においてイオン伝導度のアレニウスプロットは直線になり、その傾きからイオンが移動する際のエネルギー障壁である活性化エネルギーが求まる。
9) 第一原理電子状態計算
経験パラメーターを用いずに量子力学・量子化学に基づいて物質における電子状態を計算すること。本研究では、密度汎関数理論に基づいた第一原理の電子状態計算によりNdBaInO4の結晶構造を最適化した。
10) 未知結晶構造解析
粉末回折データに基づいた未知結晶構造解析とは、関連化合物からの初期構造モデル無しに、粉末回折データから結晶構造を解析すること、結晶構造を解くことである。通常最初のステップとして指数付けが必要である。
11) P21/c
3次元の結晶は、その対称性により230種類の群(空間群)に分類される。P21/cは230種類の空間群のうち14番目のものである。
12) リートベルト精密化、リートベルト解析
粉末回折データから、結晶構造を精密化すること。初期構造モデルを用いて、観測強度と計算強度の一致具合が改善するように、格子定数や位置パラメーターのような結晶学パラメーターを変化(精密化)する。
13) 結合原子価の総和(Bond Valence Sum
BVS)、結合原子価法(Bond Valence Method: BVM): BVSは原子間距離と経験的な結合原子価パラメーター(bond valence parameters)から計算される。 BVSに基づいたBVM は酸化数を見積もる手法である。BVSが酸化数と一致すれば、結晶構造が正しいと判断できる。単位胞におけるBVSマップ(BVSの空間分布図)に基づいたBVMにより イオンの拡散経路を調べることができる。
《問い合わせ先》 研究内容、特に結晶構造解析について J-PARCの中性子回折装置iMATERIAについて 茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター ANSTOの中性子回折装置Echidnaについて 高エネルギー加速器研究機構KEKについて J-PARCについて (SPring-8に関すること) |
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