蛍光X線ホログラフィー法によりリラクサー強誘電体の局所構造の3次元可視化に成功 - 新規高機能誘電・圧電材料実現へのブレークスルー - (プレスリリース)
- 公開日
- 2014年04月22日
- BL22XU(JAEA 量子構造物性)
独立行政法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東北大学金属材料研究所
公立大学法人広島市立大学
国立大学法人熊本大学
発表のポイント
• 原子分解能を持つ蛍光X線ホログラフィー法を不均質系結晶に初めて応用
• 高誘電率・圧電係数を示すリラクサー強誘電体の局所構造の3次元可視化に初めて成功
• 不均質系結晶の局所構造解析を強力に押し進め、新規材料開発に期待
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 松浦祥次郎。以下「原子力機構」という。)の胡雯(Hu Wen)博士研究員、国立大学法人東北大学(総長 里見進)金属材料研究所の林好一准教授を中心とする研究グループは、公立大学法人広島市立大学(学長 青木信之)、国立大学法人熊本大学(学長 谷口功)との共同研究により、蛍光X線ホログラフィー法※1を用い、リラクサー強誘電体※2の局所的な原子配列(構造)を立体的(3次元的)に明らかにすることに初めて成功しました。 書誌情報: |
研究開発の背景と目的
我が国が推進するグリーンイノベーションの重要課題のひとつに、エネルギー利用の高効率化・スマート化を促す新規デバイス材料の開発があります。新規材料開発には機能発現にかかわる詳細な原子レベルの構造評価が欠かせません。しかし現在、特に局所的な構造を調べる方法論が完全には確立しておりません。
リラクサー強誘電体Pb(Mg1/3Nb2/3)O3に代表される鉛複合ペロブスカイト※3酸化物強誘電体は誘電係数や電圧係数が非常に高いことから、既に実用材料として市場に供されています。しかし、原子レベルで極めて不均質であることから局所構造の詳細な研究が困難であり、その高機能物性の起源は解明されておりません。また、毒性を持つ鉛を含むことから非鉛材料の開発が急務となっています。以上のような観点から、詳細な局所構造研究の重要性が増しています。
本研究では、局所構造を調べる手段として蛍光X線ホログラフィー法に注目しました。一般に良く使われるEXAFS※4やPDF※5法が原子間距離のみの情報を与えるのに対し、蛍光X線ホログラフィー法は原子間距離に加えて方向も含めた3次元的な原子配置情報を与えますので、構造を詳細に知ることができます。
今回の目的は、蛍光X線ホログラフィー法を世界で初めてリラクサー強誘電体Pb(Mg1/3Nb2/3)O3に応用し、鉛複合ペロブスカイト酸化物の高機能物性を生み出す原子レベルでの3次元的局所構造を解明すると共に、不均質系結晶への同手法の有用性を示すことにありました。
研究の手法
大型放射光施設SPring-8※6の原子力機構専用ビームラインBL22XUに蛍光X線ホログラフィー法の装置群を設置して実験を行いました。図1に実験方法の概略を示します。結晶方位(φ軸、θ軸)を変えつつ、ニオブ原子(Nb)や、鉛原子(Pb)由来の蛍光X線に注目したホログラム※1を記録し、ニオブ原子、鉛原子を中心とした三次元原子像を再生しました。
結晶に対する入射X線の方向をθ、φ軸回転で制御することにより、3次元的な蛍光X線ホログラムを計測します。
得られた成果
図2(a)にニオブ原子を中心とした3次元原子像を示します。ニオブ原子を起点にした場合に周りの原子が相対的にどのように配置しているかをあらわしており、結晶中のすべてのニオブ原子周りの情報が重ね合わされて表示されています。図2(b)は理想的なペロブスカイト構造を示します。両者を比較して一番異なるところは鉛原子の位置(の分布)の大きな分裂です。解析の結果から、これら分裂は対角方向(4つあるうちのどれか一方向)に引き伸ばされた扁長菱面体※7、圧縮された扁平菱面体※7が結晶内に広く分布していることに由来することが明らかとなりました。
酸素原子(O:青色)、鉛原子(Pb:赤色)が観測されました。また、原点となるニオブ原子位置(緑)を示します。緑色の格子は各辺0.405ナノメートル(1ナノメートルは髪の毛の幅の約10万分の1)。(b) 理想的なペロブスカイト構造を示します。これと比較すると(a)では鉛原子の位置(の分布)が対角<111>方向に大きく分裂していることが確認できます。
さらに鉛原子の蛍光X線から得られた3次元原子像を解析したところ、扁長・扁平菱面体は図3に示すように、対角<111>方向に1から2 ナノメートル程度の範囲で、交互に配列するネットワークを形成していることが分かりました。これはこれまでの均質系結晶では観測されていない構造です。
今後の予定
本研究は、従来の均質系結晶にはない局所構造ネットワークの存在を明らかにし、世界で初めてリラクサー強誘電体Pb(Mg1/3Nb2/3)O3の3次元局所構造を明らかすることに成功しました。今後は、同手法を用いての局所構造の形成過程の解明、鉛複合ペロブスカイト酸化物の高機能物性の解明、鉛等の有害物質を含まず高性能な誘電・圧電性を有する材料の実現へとつなげてゆく予定です。
また今回、蛍光X線ホログラフィー法が不均質系結晶の局所構造解析に有用であることが示されました。機能材料には不均質物質が多いことから、蛍光X線ホログラフィー法が不均質系結晶の構造解析を強力に押し進め、我が国の推進するグリーンイノベーションを支える、エネルギー利用の高効率化・スマート化を促す新規デバイス材料の開発を促進することが期待されます。
一般のデバイス材料は様々な原子を組み合わせて構成されていますが、特定の機能を向上させるために微量の原子を添加することが多々あります。もっとも簡単な例を挙げれば、半導体はシリコン(Si)中に微量のリン(P)やホウ素(B)などが添加されていることが重要です。本手法では、デバイス材料の機能向上の起点となる微量原子周りに注目した3次元構造解析が可能であり、微量原子添加の効果を構造の視点から調べる事により、デバイス材料のさらなる機能向上を目指すことが可能となります。
《用語解説》
※1 蛍光X線ホログラフィー法およびホログラム
ホログラフィーは、光(X線も含む)の波としての性質を利用して立体像を記録・再生する技術です。可視光領域(波長およそ0.6 マイクロメートル程度)のホログラフィー法は既に実用化されています。立体像の基となる情報を記録したものをホログラムといいます。ホログラムは極めて細かい間隔(光の波長程度)の縞模様から成り立っています。例えば、1万円札のおもて面左下にあるキラキラ模様はホログラムです。蛍光灯の下などでその模様をいろいろな角度から見てやると、日本銀行のマーク、桜の花びらや数字が見えます。
像の情報を持つホログラム(縞模様)に光を当てると、観測者の目には像として映っている。
ホログラフィーの原理をX線波長領域(波長はおよそ0.0001 マイクロメートル程度)にまで拡張したものが蛍光X線ホログラフィー法です。X線が原子に吸収されると、今度はその原子から原子固有の波長をもつX線が放出されます。これを蛍光X線とよびます。この蛍光X線を利用してホログラムを構成する手法が蛍光X線ホログラフィー法です。東北大学金属材料研究所の林好一准教授らを中心とする研究グループにより実験方法の開発が行われ、本手法が形状記憶合金や半導体材料などの単結晶中の微量不純物元素周りの3次元的局所構造評価に有効であることが実証されています。
このホログラムを元に原子分解能像が再生される。
※2 強誘電体、リラクサー強誘電体
電場内に置かれた物質は、プラス側・マイナス側に電荷が引き寄せられて、全体として片方がプラス、もう片方がマイナスの電気を帯びます。このような状態を「分極している」と呼びます。ところが、中には、電場がなくても自発的に分極している物質が知られています。これが強誘電体です。
分極を持つことで次の3つの性質を兼ね備えていることが特徴です。①電気をためる誘電性、②力を加えて変形させることで電気を発生させることのできる圧電性(電圧を与えて変形させることのできる逆圧電性)、③温度変化によって電気が発生する焦電性。これらの性質により、強誘電体はセンサー、プローブ、バッテリー、キャパシッタ、メモリー、太陽光発電セルなど、広範囲にわたっての応用が可能です。
強誘電体物質群のうち、誘電率や電圧係数が非常に高いことに加え、広い温度領域で安定してその特性を維持できる性質(緩和、リラックス)を持つ強誘電体を特にリラクサー強誘電体とよび、区別しています。Pb(Mg1/3Nb2/3)O3が有名です。
※3 ペロブスカイト、複合ペロブスカイト
ペロブスカイトはチタン酸カルシウム(CaTiO3)の鉱物名です。この名前が由来となり、一般にABO3の化学式を持つ物質群をペロブスカイト化合物とよびます。ペロブスカイト化合物には「機能の宝庫」といわれるほど様々な性質をもつ物質群が報告されています。
ペロブスカイト構造はABO3の組成式で示される単位胞が規則的に多数並んだものです。本来のペロブスカイト構造では、B原子は1種類の原子です。一方、複合ペロブスカイト構造では、ある単位胞ではBI、別の単位胞では BIIというように、B原子の位置を占める原子の種類が単位胞ごとに異なっています。どの単位胞でBI、BIIのどちらがB原子の位置を占めているかは、一般には規則性がありません。本研究対象の試料Pb(Mg1/3Nb2/3)O3の他、Pb(Zr1-xTix)O3やPb[(Mg1/3Nb2/3)1-xTix]O3などがあります。
A原子で構成される立方晶構造の体心位置にB原子、面心位置にO原子が占有
※4 EXAFS
広域X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure)の略。すべての物質は、局所構造を反映したX線の吸収現象を示します。その吸収量を広いX線エネルギーにわたって精密に捉えることによって、物質の局所的な構造情報を得ることが可能となります。
※5 PDF
対相関関数(Pair Distribution Function)の略。ある測定点で観測するX線散乱強度は原子―原子間の位置関係(対相関関数)によって決まります。その散乱強度を広い測定領域にわたって精密に捉えることにより、物質の局所的な構造情報を得ることが可能となります。
※6 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高クラスの放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。電子を光とほぼ等しい速度まで加速(80億電子ボルト: 8 GeV)し、磁場によって進行方向を曲げたときに発生する、極めて細くて強力な電磁波のことを放射光と呼びます。
※7 扁長菱面体(りょうめんたい)、扁平菱面体
立方格子を対角<111>方向に歪ませた時に出来上がる格子を菱面体格子とよびます。特に、引っ張った場合を扁長菱面体、圧縮した場合を扁平菱面体とよびます。
《問い合わせ先》 国立大学法人東北大学金属材料研究所 (報道担当) 国立大学法人東北大学金属材料研究所 公立大学法人広島市立大学 国立大学法人熊本大学 (SPring-8に関すること) |
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