ナノ結晶中の超高速構造変化をX線レーザーで捉えることに成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年05月15日
- SACLA
2014年5月15日
国立大学法人北海道大学
Southampton大学
独立行政法人理化学研究所
関西学院大学
国立大学法人京都大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
研究成果のポイント
• 金属絶縁体相転移を起こす二酸化バナジウムナノワイヤー中の超高速構造変化を観察。
• X線レーザーの登場により、原子レベルの敏感性とピコ秒の時間分解能を持つ測定が実現。
• 物質中の原子・分子の超高速動画撮影への発展と、多彩な相転移現象の解明に期待。
北海道大学、Southampton大学、理化学研究所(理研)、関西学院大学、京都大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」※1を用いて、ナノワイヤー中の超高速構造変化を原子レベルで観察することに成功しました。これは、北海道大学電子科学研究所のMarcus C. Newton助教(現 英国Southampton大学講師)、西野吉則教授、理研放射光科学総合研究センターの田中義人ユニットリーダー(現 兵庫県立大学教授、理研客員研究員)らの研究成果です。 論文情報: |
背景
二酸化バナジウムは、電子の強い相関により、金属絶縁体相転移という極めて興味深い現象を起こすことが知られている物質です。相転移温度である67.9℃よりも低温では電気を通しにくい絶縁体、高温では電気を良く通す金属になります。この金属絶縁体相転移に伴い、原子の配置も変わります。二酸化バナジウムの相転移は、温度によるもののみでなく、光を当てても起きます。二酸化バナジウムに発光時間が極めて短い超短パルスレーザーを当てると、超高速で相転移が起こり、この性質を利用した超高速のスイッチング素子やアクチュエーターへの応用が期待されています。
二酸化バナジウムが示す、この超高速の相転移現象の機構に関しては、諸説存在しますが、未だに明らかにはなっていません。これは、実験的にも解析する手法はこれまで限られており、また理論的にも外部刺激による自発的な原子配置の変化を扱うことは極めて困難なためです。そこで、研究グループは、新たな技術であるXFELを用いることで、超高速で起こる二酸化バナジウムの相転移現象の観察に挑みました。
XFELは、現在、日本とアメリカの2つの施設でのみ利用可能な、最先端のX線です。XFELの発光時間は10フェムト秒以下と、理研の大型放射光施設「SPring-8」からのX線と比較して1,000分の1以下の短さです。XFELで物質を照らすと、超高速で原子配列を変える物質の一瞬の姿を、捉えることができます。
日常的なカメラ撮影においても、動きのある被写体を遅いシャッタースピードで撮影するとぶれた写真になってしまいます。これに対し、速いシャッタースピードで撮影すると、動きの一瞬を捉えた、ぶれずに止まった写真を撮ることができます。物質中で、一つの原子から隣の原子に音波が伝わる時間は100フェムト秒ほどです。この時間スケールよりも短い10フェムト秒以下の発光時間をもつXFELで物質を照らすことにより、ぶれずに止まった物質の内部構造を捉えることができるようになりました。
さらに、XFELは波面が揃ったコヒーレントな光であることも大きな特徴です。コヒーレントX線によるナノ結晶の回折を計測することにより、原子レベルの歪みを捉えることができます。従来のX線回折では、X線が照射された全領域にわたる平均構造のみが得られたこととは対照的に、原理的には、ナノ結晶中の原子レベルの歪みの3次元分布が得られます。
このように、XFELの登場は、ナノ結晶中の原子レベルの超高速構造変化の観察を、初めて可能にしたのです。
研究手法と成果
本研究では、二酸化バナジウムナノワイヤー中の原子レベルの超高速構造変化をポンププローブ法とコヒーレントX線回折を組み合わせた先端的手法を用いて観察しました。測定は、XFEL施設「SACLA」を用いて行いました。
図1に実験の模式図を示します。ポンプ光であるチタンサファイアレーザー(波長800ナノメートル、パルス幅(発光時間)30フェムト秒程度)で二酸化バナジウムナノワイヤーを刺激し、引き起こされる過渡的な超高速構造変化を、プローブ光であるX線自由電子レーザー(波長0.1428ナノメートル、パルス幅10フェムト秒程度)で捉えました。測定では、チタンサファイアレーザーの照射からXFELの照射までの時間差(遅延時間)を変化させ、様々な遅延時間でのコヒーレントX線回折パターンをマルチポートCCD 検出器を用いて計測しました。
図2は、様々な遅延時間における、コヒーレントX線回折パターンの中心角の変位(低温相からのずれ)を示します。遅延時間の測定間隔は2.5ピコ秒(1ピコ秒は、1兆分の1秒)です。各データ点は25発のXFEL照射を積算して得ました。コヒーレントX線回折パターンの中心角は、チタンサファイアレーザーを照射した直後に急激に減少し、その後、よりゆっくりと減少しました。この結果は、まず、バナジウムの原子ペア間の距離が急激に広がり、その後、バナジウム原子ペアがよりゆっくりと変形したことを示唆します。また、コヒーレントX線回折パターンの中心角が、振動する様子も観察されました。これは、ナノ結晶中を伝わるコヒーレントフォノン(超短パルスレーザーの照射によって引き起こされる、足並み(位相)の揃った原子の集団運動)によるものと解釈できます。
図3は、遅延時間が0秒と62.5ピコ秒のコヒーレントX線回折パターンを示します。両者を比較すると、遅延時間が62.5ピコ秒のコヒーレントX線回折パターンは、中心位置が低角に変位したのみではなく、パターンが縦に延びていることが分かります。これは、格子面間隔の膨張に伴い、ナノ結晶中に歪みが生じていると解釈できます。
本研究により、XFELを用いた、ポンププローブ法とコヒーレントX線回折を組み合わせた手法が、ナノ結晶中の原子レベルの超高速構造変化を観察するのに有効であることが示されました。
今後への期待
研究グループは、物質中の原子レベルの歪みの3次元分布をフェムト秒の時間分解能で動画撮影することを目指して、さらに研究を進めています。究極的には、物質中の原子・分子の超高速動画撮影に繋がる技術です。これらの研究が、強相関電子材料が示す多彩な相転移現象の解明に貢献することが期待されます。
《参考図》
《補足説明》
※1 X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。第3期科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。
※2 ポンププローブ法
過渡的に起こる超高速現象を観察する手法。発光時間が極めて短いポンプ光(励起光)を試料に照射して起こる変化を、発光時間が極めて短いプローブ光(計測光)で観察する。測定では、ポンプ光の照射からプローブ光の照射までの時間差(遅延時間)を変化させ、様々な遅延時間で試料を観察することにより、超高速現象の時間発展を調べる。
※3 コヒーレントX線回折
波面が揃っている光のことをコヒーレントな光といい、レーザー光の持つ特徴の1つ。コヒーレントなX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象が、コヒーレントX線回折である。コヒーレントX線回折パターンは、試料の僅かな構造の違いにも敏感である。コヒーレントX線回折パターンを計算機で解析すると、試料の画像を得ることができる。
※4 強相関電子材料
通常の半導体や金属では、電子はあたかも互いに独立な自由な粒子であるかのように振る舞う。一方、強相関電子材料では、電子同士がお互いに強く作用し合い、電気的・磁気的・光学的に特異な性質を示す。
《問い合わせ先》 University of Southampton 兵庫県立大学物質理学研究科 (SPring-8に関すること) |
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