直接観測された物質物理学の謎「隠れた秩序」(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年06月19日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2014年6月18日
東京大学
京都大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
発表のポイント
• ある種のウラン化合物が示す新しい電子状態は「隠れた秩序」状態と呼ばれ、物理学の長年にわたる大きな謎であった
• 最近、間接的な証拠に基づいて菱形状の秩序が類推されたが、結晶構造は正方形状であると報告されており、結晶構造の変化を直接的に観測することが最重要課題であった
• 放射光を用いた超高分解能測定と純度が非常に高い結晶を組み合わせることにより、結晶構造のわずかな変化を初めて直接的に観測し、菱形状の秩序が決定的になった
東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎教授(京都大学理学研究科客員教授)、同水上雄太助教、京都大学大学院理学研究科の松田祐司教授らは、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の杉本邦久研究員、独立行政法人日本原子力研究開発機構の芳賀芳範主任研究員らと共同で、ウラン化合物URu2Si2の「隠れた秩序」の結晶構造が、わずかに菱形状にひずんでいることを、SPring-8における放射光を用いた超高分解能結晶構造解析により直接的な方法で観測して示しました。URu2Si2は新しい電子状態である「隠れた秩序」を示し、物質物理学の30年来の謎でした。2011年に研究グループが間接的な証拠により菱形状の秩序であることを類推しましたが、これまでの結晶構造解析では正方形状であると報告されてきており、本研究で菱形状の結晶構造が直接観測されたことは、「隠れた秩序」がどのような空間的な対称性を持った電子状態であるかを示す決定打です。長年の謎であった「隠れた秩序」が単純には予測できなかった電子状態を持つことが示されたことにより、物質中の電子がとり得る新しい状態の理解へとつながることが期待されます。 発表雑誌: |
<研究の背景と経緯>
物質の状態は、さまざまに変化すること(例えば、水から氷への変化)が知られていますが、物理学においては、このような状態の変化は「相転移」※1とよばれており、相転移において対称性が変化することが知られています。対称性とは、ずらしたり回転したりした時に見え方がどう変わるかによって決まるもので、例えば正方形は90度回転させても同じように見えますが、菱形では180度回転させないと同じに見えないことから、これらは回転対称性が異なるということになります。したがって、物質が示す状態そのものの理解は、相転移によってどのような対称性が変化したかを明らかにすることが最も重要です。
電子同士の相互作用が強い「強相関電子系」※2物質として知られているウラン化合物URu2Si2では、17.5ケルビン(約マイナス256℃)という低温で相転移を起こすことが1985年にオランダ、ドイツ、アメリカの3つの研究グループによりほぼ独立に発見されました。しかしながら、その発見以降30年近くにもわたる精力的な研究にもかかわらず、この相転移の本質である、対称性がどのように変化したかということが不明の状態が続いていました。この相転移は、良く理解されているどの相転移とも異なり、多数の著名な理論家たちも長年にわたり取り組んできた問題であり、現在までに20以上もの異なるモデルが提唱されてきましたが、どれが正しいものであるのかわかっておらず、「隠れた秩序」※3のミステリーとして物質物理学の重要課題の一つになっています。
そのような状況の中、芝内教授らのグループは、2011年に磁気トルク測定により回転対称性が破れている可能性を見出しました。(参考:Science誌掲載時のプレスリリース)しかしながら、この研究では磁場を加えた状態で測定を行っていたため、磁場により状態が変化した可能性があり、磁場を加えない本来の状態がどのようになっているかはわかっていませんでした。さらに、2011年の研究は間接的な証拠を用いて回転対称性の破れを推察したため、磁場を加えずに空間対称性を直接的に観測できる、決定打となる証拠が求められていました。
<研究成果の内容と意義>
この強相関電子系物質における重要な問題を解決するために、芝内教授らのグループは磁場を加えない状態でのX線回折を用いた結晶構造解析の研究を始めました。これまでのX線回折の結果では、隠れた秩序の相転移温度において結晶構造は正方形状のまま変化しないと報告されており、回転対称性の破れは観測されていませんでした。そこで、グループは大型放射光施設SPring-8※4の単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)においてエネルギーと回折計の最適化を行うことで通常よりも1桁分解能を上げ、さらに測定に用いる試料も日本原子力研究開発機構において開発された従来に比べ約30倍以上純度の高い単結晶試料を用いることで精密測定を行うことに成功しました。その結果、図1のように、回折ピークが相転移温度以下で分裂することを見出しました。この結果から、この系の結晶構造が図2のように同定され、相転移よりも高温で保たれていた正方形状の4回回転対称性(図2左)が、低温では菱形状の2回回転対称性(図2右)に低下していることを突き止めました。
この結果は、磁場をかけない状態における回折実験という直接的な方法で、回転対称性が破れていることを初めて実験的に明らかにしたものです。この結果により、これまでは間接的な証拠によって類推されていた隠れた秩序状態の空間対称性が決定されたことになります。また、得られた2回回転対称性は、通常の物質で簡単に予想される対称性の破れ方とは異なり、自明でないタイプのものであり、今後なぜこのような相転移が起こるかを明らかにすることにより、物質中の電子が示す新しい状態の理解へとつながることが期待されます。
《参考図》
丸印は今回の超純良試料の結果。隠れた秩序相転移温度より高温(黒丸)では単一のピークであるのに対し、低温では2つのピークに分裂する様子が観測された。
とab面内のウラン原子の配列の模式図(下)。
隠れた秩序相転移温度以上の高温では正方晶の構造(左)を持ち、面内では正方形の4回対称性を有する。今回明らかになった低温の構造は斜方晶(右)であり、面内で菱形の2回対称性を持つ構造になっている。
《用語解説》
※1 相転移
ある温度や磁場などの条件下で安定な状態にあることを、その状態の「相」にあるとよび、例えば固体や液体の状態にあることは「固体相(あるいは固相)」、「液体相(液相)」などとよびます。物質中に存在する多数の電子の集まりも電子状態として色々な条件で異なる相を持ち、磁石になる状態を「強磁性相」、超伝導になる状態を「超伝導相」などとよびます。温度などの条件が変化すると、ある相から異なる相へと変化することがあり、このような変化を「相転移」とよびます。相転移では、多くの場合、系の対称性が変化します。どのような対称性が変化したかによって、それぞれの相の物理的な特徴が決定されます。
※2 強相関電子系
通常の金属や半導体では、電子同士の反発力はあまり重要ではなく、現代のエレクトロニクスの基礎となる物理学は、このような電子間の相互作用を無視した理論を基に構築されてきました。これに対し、f電子を持つレアアース化合物やウラン化合物などでは、電子間の相互作用が無視できないほど強くなり、従来の理論の枠組みでは理解できない現象が現れる場合がしばしばあります。このような強い電子間相互作用を持つ系のことを強相関電子系とよび、これらの系における電子の振る舞いを理解することが物質物理学における最重要課題の一つです。
※3 隠れた秩序
物質が示す相転移の種類は数多くありますが、そのほとんどは、どのような相からどのような相への変化であるかはわかっており、その時にどのように対称性が変化するかもわかっています。1985年(昭和60年)に発見されたウラン化合物における相転移については、比熱が変化することから相転移があること自体は明白ですが、どのような状態の変化が起きてどのような対称性の変化が起きているのかが明らかにされず、隠れた秩序(Hidden Order)とよばれてきました。相転移における状態の変化は、秩序のあり方が変化しているともとれるため、相転移温度以下の状態で何かしらの秩序が形成されたという意味でこのようによばれるようになりました。最近では、正体不明の相転移を一般的に隠れた秩序とよぶこともありますが、物質物理学ではこのウラン化合物における隠れた秩序が発端になっており、現在でも大きな謎として精力的に研究が行われてきたものです。
※4 大型放射光施設SPring-8
SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来しています。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。本研究では、この施設の単結晶構造解析用ビームラインBL02B1を利用しました。
《問い合わせ先》 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 高輝度光科学研究センター(SPring-8)利用研究促進部門 日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター (SPring-8に関すること) |
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