高エネルギー密度・高安全性・低コスト二次電池の開発に成功-リチウムからマグネシウム金属へ-(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年07月12日
- BL01B1(XAFS)
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL14B2(産業利用II)
2014年7月12日
国立大学法人京都大学
独立行政法人科学技術振興機構
公益財団法人高輝度光科学研究センター
京都大学の 内本 喜晴 大学院人間・環境学研究科教授、折笠 有基 同助教、陰山 洋 大学院工学研究科教授、タッセル セドリック 白眉センター特定助教らの研究グループは、公益財団法人高輝度光科学研究センターと共同で、既存のリチウムイオン電池に置き換わることが可能な高エネルギー密度マグネシウム金属二次電池の開発に成功しました。開発した二次電池は埋蔵量の多いマグネシウム、鉄、シリコンが主な構成元素であり、低コスト化が期待されます。また、融点の高いマグネシウム金属に置き換えたことで、電池の熱的安定性が改善され、従来のリチウムイオン電池よりも飛躍的に安全性が向上します。 マグネシウム二次電池(※1)は高い理論容量密度を持ち、資源量が豊富で、安全性が高いという利点から、リチウムイオン電池(※2)を超える二次電池として実用化が期待されています。しかし、二価のマグネシウムイオンは一価のリチウムイオンと比較して、相互作用が強く、固相内で拡散しにくく、電極反応が極端に遅いことが問題でした。また、マグネシウム金属を繰り返し溶解析出することが可能な、安定かつ安全に充電・放電を行うためのマグネシウム電解液が見つかっていません。つまり、マグネシウム二次電池の創製には、正極・電解液それぞれの問題点を解決する必要がありました。 論文情報: |
<研究の背景>
現行のリチウムイオン電池に置き換わることが可能な、高性能次世代二次電池として、高いエネルギー密度を有する電池系の開発が活発に行われています。その中で、多電子移動が可能な負極を用いた、多価イオンをキャリアとする多価イオン二次電池の実用化が期待されています。特に、二価のカチオンであるマグネシウムイオンをキャリアとするマグネシウム二次電池は有望な候補です。マグネシウム金属は高い理論容量密度を持ち、比較的低い酸化還元電位を示すため、マグネシウムを負極に用いた二次電池は高エネルギー密度を有することが予想されます。さらに、マグネシウムの埋蔵量が豊富であり、融点が約650°Cであることから、リチウム(融点:180°C)、ナトリウム(融点:98°C)などと比べて、低コスト化、安全性の向上が見込めます。
しかし、マグネシウム二次電池の実用化へは多くの課題があります。マグネシウムイオンは二価のカチオン(+イオン)でイオン半径はリチウムイオンと同等です。そのため、高い電荷密度により、正極材料中のアニオンとの間で強い静電引力が、また、カチオンとの間で斥力が働き、構造中でのマグネシウムイオン拡散が阻害されます。さらに、二価のカチオンであるマグネシウムイオンが挿入する際、周囲の遷移金属元素が二電子分の価数変化を起こす必要があります。このため、マグネシウム挿入脱離反応はリチウムと比較して、その速度が十分でなく、使用可能な正極材料がほとんどありませんでした。また、マグネシウム金属負極が使用可能な電解液もグリニャール試薬をベースとして、テトラヒドロフランを溶媒に用いたものであり、酸化安定性が弱く、また、空気中の安定性、腐食性に問題があり、安全面に問題を抱えていました。マグネシウム二次電池の実用化へは正極材料、電解質材料の点において、いずれもブレークスルーが必要でした。
<得られた成果>
本研究では、マグネシウム二次電池正極材料の設計指針を見直し、Si-O 結合により結晶構造が安定化されるポリアニオン化合物を正極材料として使用することを試みました。電気化学処理による精密な結晶構造制御を行うことにより、マグネシウムイオンの拡散を担保し、サイクル特性の高い、正極材料MgFeSiO4を作製しました。図1は今回作製したMgFeSiO4の充放電曲線です。既存のリチウムイオン電池正極の容量密度は160 mAh/g程度であり、MgFeSiO4正極材料では2倍に向上することが可能となりました。また、高いサイクル特性を持っていることも明らかとなりました。
さらに報告した正極材料の結晶構造と充放電反応中になぜ安定で、高容量の反応が可能であるかについて、高輝度放射光X線を用いた、粉末X線回折測定・X線吸収分光測定(※4)により、詳細に調査しました。図2(a)に示すようにMg挿入脱離過程においては、Si-OとFe-Oの3次元構造が骨格構造となり、その結晶構造を保ったまま、マグネシウムが挿入脱離する単相反応によって反応が進行していることが判明しました。また、Fe-K殻のX線吸収スペクトルを解析した結果、マグネシウムの挿入脱離に伴うFeの価数変化を観測し、電荷補償メカニズムを解明しました。
報告した正極材料を用いたマグネシウム二次電池を作製するために、マグネシウム金属負極と組み合わせることが可能で、酸化安定性が高い電解質を探索しました。その結果、マグネシウムビストリフルオロメタンスルホンイミド(Mg(TFSI)2)とトリグライム(Triglyme)を組み合わせた電解質を用いることでマグネシウム金属の溶解析出を実現しました。マグネシウム金属の溶解析出の挙動を放射光X線を用いた粉末X線回折により解析しました。また、今回用いたMg(TFSI)2/Triglyme電解質は、高い酸化耐性を持つことが確認されました。
今回、報告したMgFeSiO4正極と、Mg(TFSI)2/Triglyme電解質を組合せ、図3に示す二次電池を試作しました。図4は実際に得られたマグネシウム二次電池の充放電曲線です。報告した正極材料と電解質材料を用いることで、高エネルギー密度のマグネシウム二次電池を実証することに成功しました。図5に示すように今回開発したポリアニオン化合物正極とMg(TFSI)2/Triglyme電解液を用いたマグネシウム二次電池は、既存のマグネシウム二次電池 に比べ、理論エネルギー密度が約7倍である、地殻埋蔵量の多い構成元素のみ使用している、化学的に不安定なグリニャール試薬や、腐食性のハロゲンイオンを用いていないなど、低コスト化、高安全化が容易である利点もあります。
<今後の展開>
今回実証したポリアニオン化合物正極とグライム系電解質を組み合わせたマグネシウム二次電池の各構成材料の最適化をはかることで、次世代二次電池の開発が加速し、実用化への道筋が開けるものと期待されます。今回の研究では、高輝度放射光X線を用いることで、どのようなメカニズムで高い性能を発現しているかについて明らかにすることができました。この手法は電池材料の開発にとって非常に強力な手法であると言えます。また、開発した電池系はさらに高い理論性能を持つことがわかっています。今後、理論性能を引き出すための反応機構解析、構造制御を基礎的な学理に基づいて進めることで、世界に先駆けて新たな高エネルギー密度・高安全性・低コスト二次電池の実用化を実現し、大型の電力貯蔵媒体として適用することにより、我が国のエネルギー有効利用のためのキーデバイスとなることが期待されます。
《参考図》
安定で高い容量密度を引き出すことが可能であることを実証した。
(b) マグネシウムイオン挿入時のFe-K殻のX線吸収スペクトル。吸収端のエネルギーシフトはFeの形式価数変化に対応する。
右上に位置するほど高いエネルギー密度を持っている。
《用語解説》
(※1)マグネシウム二次電池
安定性の高いマグネシウム金属を負極に用いた二次電池。現在最も普及しているリチウムイオン電池と比較して、高エネルギー密度、高安全性、低コストが実現可能な次世代の二次電池系として期待されている。2000年以降に研究開発が加速したが、克服すべき課題も多い。
(※2)リチウムイオン電池
エネルギー密度が高く、携帯電話やノートパソコンなどの携帯機器の中心的な電源として利用されている二次電池。最近ではハイブリッド自動車、電気自動車、旅客機、大型蓄電池への利用が進められている。正極・負極の電極と有機電解液が主な構成要素であり、リチウムイオンが動くことで充放電反応が進行する。移動用電源として用いられる場合、大型化とともにさらなる安全性の向上が開発の至上命題である。
(※3)大型放射光施設 SPring-8
世界最高性能の放射光を生み出す施設で、兵庫県の播磨科学公園都市にある。理化学研究所が所有し、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っている。ほぼ光速で進む電子が磁石などによってその進行方向を変えられると、接線方向に電磁波が発生する。その電磁波を放射光という。SPring-8では、この放射光を用いて、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野の研究開発が加速的に進められている。
(※4)X線吸収分光測定
高エネルギーのX線を試料に照射し、対象とする元素に特有なエネルギーを持つX線の吸収率を観察することにより、物質内原子の電子構造や、隣接原子との結合などの局所構造に関する情報を得る解析手法。
《問い合わせ先》 (研究内容に関すること) (JST事業に関すること) (SPring-8に関すること) |
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