広く使用されている圧電体の圧電基礎特性の測定に成功―60年間の問題に決着、新規非鉛圧電体開発に道―(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年07月16日
- BL13XU(表面界面構造解析)
2014年7月16日
国立大学法人 東京工業大学
独立行政法人 物質・材料研究機構
国立大学法人 名古屋大学
東京工業大学大学院総合理工学研究科 舟窪浩 教授、物質・材料研究機構(NIMS)中核機能部門 坂田修身 高輝度放射光ステーション長、名古屋大学大学院工学研究科 山田智明准教授(科学技術振興機構 さきがけ研究者)らの研究グループは、最も広く使われている圧電材料であるチタン酸ジルコン酸鉛について単結晶膜を作製し、電気的エネルギーと機械的エネルギーの変換係数を直接測ることに成功しました。 論文情報: |
<研究の背景>
結晶が外力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果といいます。また結晶に電圧を加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果といいます。このような現象を示す物質を圧電体という。応用の観点から言い換えると、電気的エネルギーを機械的エネルギーに、逆に機械的エネルギーを電気エネルギーに変換するエネルギー変換物質とも言えます。ライターの着火石(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)からプリンタのインクジェットヘッドや自動車のエンジンへの燃料の噴射ノズル(電気エネルギーを機械的変位に変換)、さらにはデジタルカメラの手ぶれ防止機構(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)まで我々の暮らしの中で広く使用されています。最近では、自動車のエンジンや高速道路の車の走行による振動でも発電でき、振動を検出する機能と組み合わせて、安全安心を支えるバッテリー不要のインフラモニターシステムとして、注目を集めています。
大きな圧電性を示す物質としては、約60年前に発見されたチタン酸ジルコン酸鉛が広く使用されています。その大きな圧電性は、電圧を加えた時の結晶自身の伸びと、ドメインと呼ばれる微小領域の結晶の向きの変化、という2つのメカニズムの組み合わせで実現されていることがこれまでの研究で分かっていました。しかし、発見から60年たった今でも、この2つのメカニズムを区別して理解することが出来ませんでした。最大の原因はドメインの効果を完全に排除したチタン酸ジルコン酸鉛の単結晶がほとんど作製できていなっかったからです。
<研究手法・成果>
我々は最も広く使われているチタン酸ジルコン酸鉛Pb(Zr1-xTix)O3を、蛍石という特殊な結晶の上に合成することで、膜状の単結晶の作製に成功しました。この試料を用いて、大型放射光施設SPring-8表面界面構造解析ビームラインBL13XUの数マイクロメータに集光した高輝度単色パルスX線を、単結晶膜上に形成した電極に照射し、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加している間の回折プロファイルを電荷量の変化とともに高速記録しました(図1)。電圧を加えた時間のみ、電荷量および回折プロファイルの変化が観察され、電圧に対する電気特性および結晶の伸びを直接観察することに世界で初めて成功しました。(図2)。結晶の伸び量と電気分極量の2乗の変化の間に直線関係が得られ、その傾きから、世界で初めて変換係数を実験的に測定することに成功しました。(図3)
<期待される波及効果>
今回の成果は、以下に述べる波及効果が期待できます。
- 60年を経て初めて明らかにされたチタン酸ジルコン酸鉛の圧電特性
現在最も広く使用されているチタン酸ジルコン酸鉛は約60年前にその優れた圧電応答性が見いだされ、それ以降現在まで広く使用されている。しかし、その大きな圧電応答は、電気信号によって結晶構造や微構造が複雑に変化することで起こるため、物質本来の基本特性は不明であり、圧電体を用いた機器の設計は経験的に得られた値を用いていた。今回の研究で、チタン酸ジルコン酸鉛の本来の特性が発見から60年後に初めて明らかになりました。 - 圧電体の性能向上への貢献
本研究で、チタン酸ジルコン酸鉛の本質的な圧電性が明らかになったことで、圧電体の設計が飛躍的に進み、圧電体の性能向上が期待できます。こうした圧電体の性能向上は、3次元プリンタ技術の飛躍的向、上自動車用エンジン用フュエル・インジェクタ(燃料噴射装置)の高効率化、さらには、発電所等や自動車のエンジン等の高効率運転が可能になる等の大きな波及効果が期待できます。 - 非鉛圧電体開発の加速による環境問題への貢献
- チタン酸ジルコン酸鉛は毒性元素の鉛を重さで50%以上含有しており、環境への配慮から非鉛圧電体の開発が強く求められています。
- 今回の成果により、非鉛圧電体開発のお手本であるチタン酸ジルコン酸鉛の圧電特性が明らかになったことで、目標とすべき値がはっきりし、現在盛んに開発されている新規な非鉛圧電体材料の開発が加速されると期待できます。
- 高速応答デバイスの時間分解測定による材料評価の実現と製品開発へ貢献
·圧電体の評価には、電圧を加えたときの結晶の変形と微構造の変化、という2つの異なる圧電応答を区別して測定することが不可欠ですが、今回の成果で電圧を加えたときの圧電応答について、時間を追って観察可能になり、両者が区別できるようになりました。
·JR東日本の鉄道ICカード「Suica(スイカ)」等に用いられている強誘電体メモリ(圧電体の一種)の評価にも適用できます。強誘電体メモリに電場を印加する、つまり駅の自動改札口にSuica等をかざす、とメモリ内のプラスとマイナスが反転して情報を書き換えることができるので、広く利用されています。このICカードに医療カルテ等のより多くの情報を入れて携帯できるようにするための性能向上に貢献できます。
·さらに圧電体以外にも、外部刺激によって、結晶構造や微構造の変化が起きる相変化メモリ等の時間分解測定にも有効であると期待できます。
《参考図》
図1 電界を加えた時の結晶の伸びと電気特性を直接測定できる測定システム(数マイクロメータに集光した高輝度X線を電極上に集光し、電圧印加しながら回折X線強度と電荷量の変化を20ナノ秒の時間分解で同時に測定できるシステムを構築し、それを用いました。今回の測定では、200ナノ秒幅のパルス電圧を印加しているときの回折プロファイルと電荷量の変化とを、加える電圧を固定し高速記録しました。そのパルス電圧値は順次変えました。)
図2 (a)試料に電圧を印加した時の、(a)電荷量の変化と(b) 結晶の回折角度の時間依存性。結晶の回折角度の変化は結晶の伸びを反映しており、低い値程、大きく伸びていることを示しています。加える電圧が大きくなると、電荷量および結晶の変化が大きくなっていることがわかります。
図3 結晶の伸び量と電気分極量の2乗の変化の関係。傾きから世界で初めて変換係数を明らかにすることに成功しました。
《用語説明》
*1 圧電体薄膜
ある結晶が外力による圧力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果といいます。また電場を結晶に加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果といいます。このような現象を示す結晶を圧電体といい、その薄膜になっているものが圧電体薄膜です。
*2 MEMS(メムス、Micro Electro Mechanical Systems)
機械要素部品、センサー、アクチュエータ、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化したデバイスのことです。
*3 大型放射光施設 SPring-8
独立行政法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万4千人以上の研究者に利用されています。
*4 ナノ秒
10億分の1秒です。
《問い合わせ先》 (研究に関すること: 全般) (試料に関すること) (測定に関すること) (NIMSに関すること) (SPring-8に関すること) |
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