大型放射光施設 SPring-8

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固定子の構造変化により細菌べん毛モーターが活性化するしくみを解明 -立って働き、しゃがんで休憩- (プレスリリース)

公開日
2014年09月02日
  • BL32XU(理研 ターゲットタンパク)
  • BL41XU(構造生物学I)

国立大学法人名古屋大学
国立大学法人大阪大学

本研究成果のポイント
• ビブリオ菌べん毛モータの固定子において、細胞壁への固定に関係する部分(PomBc)の立体構造を解明し、そのコンパクトな形を明らかにしました。
• PomBcの構造をよく調べると、PomBcの一部に分子が大きく伸び上るような構造変化が予想されました。
• PomBcの構造変化を妨害すると、ビブリオ菌の運動能が阻害されました。固定子は、モーターに組み込まれるとPomBcの一部が伸び、モーターから外れるとそれが縮むといった構造変化を行い、この構造変化とモーターの活性化が連動していると考えられました。

   名古屋大学理学研究科の朱世偉研究員、小嶋誠司准教授、本間道夫教授と、大阪大学理学研究科の今田勝巳教授の共同研究グループは、細菌のべん毛モーターが活性化するしくみを、立体構造と機能を調べることで明らかにしました。エネルギー変換の心臓部である固定子がモーターに組み込まれる際に、折り畳まれていた固定子の一部が伸びて細胞壁に結合することでモーターが活性化します。
   このモーターから得た知見をもとに、自然に優しいイオンのエネルギーで駆動する超微小な人工ナノマシンを作成すれば、医療など様々な分野で応用が期待できます。
   本研究成果は米国科学誌「米国アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)」のオンライン版で2014年9月1日15:00(米国東部時間)に公開されます。

   本研究は、科研費新学術領域研究「少数性生物学」および「運動マシナリー」の一環として行われました。また、本研究は名古屋大学と大阪大学との共同で行ったものです。

論文情報:
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences(米国アカデミー紀要)
論文タイトル:"Conformational change in the periplasmic region of the flagellar stator coupled with the assembly around the rotor"
著者:Shiwei Zhu, Masato Takao, Na Li, Mayuko Sakuma, Yuuki Nishino, Michio Homma, Seiji Kojima, Katsumi Imada

背景
   大腸菌やビブリオ菌などの細菌は、べん毛と呼ばれるらせん状の繊維を体から生やし、それをスクリューのように回転させて水中を泳ぐことが出来ます(図1)。べん毛は、その根元の細胞表層に埋まっている直径約45ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)のべん毛モーターによって回転し、モーターのエネルギー源は細胞の外から内に流れるイオン流です。モーターのエネルギー変換ユニットとしてはたらく固定子中をイオンが流れる際に、回転する部分(回転子)と固定子が相互作用して回転力が発生します。大腸菌やサルモネラ菌などのモーターは、水素イオンを使って毎秒300 回転(毎分18,000回転)とF1エンジン並みの速度で回転します。一方、本研究の対象であるビブリオ菌のモーターは、ナトリウムイオンを使って毎秒1,700回転(毎分約10万回転)というジェットエンジンを遥かに超える超高速回転をしています。また、瞬時に回転方向を切り替えることができ、100%に近い効率でエネルギー変換することが知られており、現在の技術では人工的に実現できない高性能なナノマシンです。
   べん毛モーターは、べん毛繊維へとつながる回転子と、その周囲を取り囲むように配置された10個程度の固定子から構成されています(図1)。固定子には、細菌の細胞壁に相当するペプチドグリカン層に結合する領域があり、各固定子ユニットは回転子の周りに組み込まれると細胞壁にしっかりと固定され、安定した回転力を回転子に伝えていると考えられてきました。ところが最近の研究から、固定子はずっと回転子周囲に固定されているわけではなく、回転中のモーターからはずれたり、再び組み込まれたりして交換されることが明らかになってきました。さらに、モーターからはずれた固定子は、イオンを流す能力が低いことが分かってきました。このことは、各固定子ユニットが回転子周囲に組み込まれて固定されるとイオンを流すようになり、モーターはエネルギー変換が可能になって(活性化して)回転できるようになることを意味しています。このように、固定子のモーターへの組み込み・固定・イオン透過は連動していますが、どのようにしてモーターに組み込まれ、イオンを通す活性を持つようになるのか、その仕組みは大きな謎でした。

研究の内容
   超高速回転を行うビブリオ菌のべん毛モーター固定子は、PomAとPomBという二つの細胞膜に埋まったタンパク質から成る複合体として存在します。私たちは、固定子の中でも細胞壁への固定に関係する部分(PomBタンパク質のペリプラスム側領域:PomBc)に着目し、大型放射光施設SPring-8で収集したX線回折データを用いて、その分子構造を解析しました(図2)。PomBcの構造は意外にもコンパクトで、固定子が細胞壁(ペプチドグリカン層)に固定されて機能するには、PomBcのアミノ末端側領域で分子が大きく伸び上がるような構造変化が起こるのではないかと予想されました(図3)。そこで、構造変化が予測される領域にシステイン残基を介したジスルフィド架橋を導入したところ、ビブリオ菌の運動能が架橋の形成と切断に応じて可逆的に阻害されることがわかりました(図2)。また、この架橋によって、固定子のモーターへの組み込みや、イオン透過能は変化しないことがわかりました。このことから、モーターの活性化は以下のように起こると考えられます。1)固定子がモーターに組み込まれ、2)固定子のイオン透過能が活性し、3)細胞壁へ結合してしっかり固定される。導入したジスルフィド架橋は細胞壁への結合の際に生じる構造変化を阻害していると考えられます。PomBcの構造変化は可逆的なので、分子が伸び縮みするように変化しているのではないかと考えています(図4)。

成果の意義
   21世紀に入ってから、生命科学はものすごいスピードで発展し続けています。これからは、生体に学び、得た新しい技術によって、私たちの暮らしが大きく変わるかもしれません。本研究で対象としたべん毛モーターは、イオン流のエネルギーを高い効率で変換して回転し、瞬時の方向変換が可能で、さらにはタンパク質で出来た部品が自己集合して組み上がるといった、現在の技術では人工的に実現できない高性能なナノマシンです。このモーターから得た知見をもとに、自然に優しいイオンのエネルギーで駆動する超微小な人工ナノマシンを作成すれば、医療など様々な分野で応用が期待できます。本研究によって、「固定子がモーターに組み込まれて活性化するしくみ」が解明され、モーターがどのようにして組み上がり回転するようになるのか、大きく理解が進みました。人工ナノマシンを設計する上で、本研究の知見が大いに役立つと考えられます。
   また、病原性細菌の感染には菌の運動能が密接に関係しており、運動性の理解と制御は細菌学の重要な課題でもあります。コレラ菌や腸炎ビブリオ菌、人食いバクテリアとして知られるビブリオバルニフィカスは病原性を持ち、本研究で用いた海洋性ビブリオ菌の仲間です。こうした病原菌のべん毛モーター固定子に作用する(たとえば固定子の構造変化を阻害する)薬剤を開発すれば、菌の運動性を失わせることができ、感染の阻止が期待できます。今回の成果は、細菌性感染症の予防の観点からも重要であるといえます。


《参考図》

図1 ビブリオ菌べん毛モーターの模式図。
図1 ビブリオ菌べん毛モーターの模式図。

ビブリオ菌は細胞の端に一本のべん毛を持ち、スクリューのように回転させて泳ぐ。回転力を生み出すエンジン(べん毛モーター:右の拡大図)はべん毛の根元に存在し、回転モーターの本体である固定子と回転子、回転子の回転を支える軸受け、自由継ぎ手として働くフック、スクリューのように動くフィラメントで構成される。固定子は回転子の周囲に複数個設置され、ナトリウムイオンが固定子内を流れる際に、固定子と回転子が相互作用して、回転力が生み出される。


図2 PomBcの分子構造
図2 PomBcの分子構造

(A) 解析したPomBcの構造。2つのPomBc分子が二量体を形成する。赤で囲った領域は細胞壁に結合する部分、黒い矢印は構造変化が予想される領域。N, CはそれぞれN(アミノ)末端とC(カルボキシ)末端を示す。
(B) 赤矢印で示した部分の間を架橋でつなぎ、構造変化を妨げる実験を行った。
(C) 架橋したアミノ酸のペア。青い線で示した残基を架橋してもモーターは機能するが、赤い線で示した残基を架橋するとモーターは機能しなくなる。オレンジの線で示した残基同士は一部に架橋がかかり、一部のモーター機能が失われた。点線の残基同士は架橋がかからず、モーターは機能した。従って、(A)で黒矢印で示したN末のヘリックスのN末側から2/3の領域を架橋により固定すると、モーター機能は失われる。


図3 固定子の位置と大きさの比較
図3 固定子の位置と大きさの比較

固定子の電子顕微鏡像にPomBcの構造を当てはめ、べん毛基部体の電子顕微鏡像と共に表示。OM, PG, IMは、それぞれ外膜、ペプチドグリカン層(細胞壁)、内膜(細胞膜)を示す。この構造のままでは、PomBc部分はペプチドグリカン層(細胞壁)に届かない。白矢印で示した方向に伸びる必要がある。


図4 モーターへの組み込みに伴う固定子の構造変化モデル。
図4 モーターへの組み込みに伴う固定子の構造変化モデル。

(A) 構造変化の模式図。
(B) 構造変化のイラスト図。固定子がモーターに組み込まれると、PomBc部分が立ち上がるような構造変化を起こし、細胞壁に結合する。モーターから外れているときは、しゃがんだような構造になり、細胞壁に届かないため、細胞壁に結合せずに細胞膜上を自由に移動する。


《用語解説》
ビブリオ菌

細菌の一種。本研究で用いた海洋性ビブリオ菌は海に棲み、無毒である。病原性を持つコレラ菌、腸炎ビブリオ菌は近縁種である。

べん毛
細菌が持つスクリューのような運動器官。細胞の体から突き出た構造で、細菌の種類によって本数が異なる。

固定子
べん毛モーターにおいて、イオンを流しエネルギー変換を担う複合体。細胞壁(ペプチドグリカン)に固定され、回転しない。回転子周囲に約10個程度配置されている。固定子内をイオンが流れると、回転子と相互作用が生じ、回転力が発生する。

回転子
べん毛モーターにおいて回転する部分の構造。細胞表層に埋まっており、複数のリングとそれを貫通するロッドからなる。その先端はユニバーサルジョイントとして働くフックを介してべん毛繊維につながっている。また、回転子は軸受けとよばれるリング構造によって、ロッドの回転を支えられている。

ジスルフィド架橋
タンパク質分子内あるいは分子間を、共有結合を介してつなげる(架橋という)生化学の手法のひとつ。タンパク質の構成要素であるアミノ酸のシステインは、反応性の高いスルフィドリル基を持っている。2つのスルフィドリル基の間で形成されるジスルフィド結合によって、生体内で架橋がかかる。




《問い合わせ先》

(研究に関すること)
名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻
准教授 小嶋誠司
TEL:052-789-2993 FAX:052-789-3054
E-mail:mail1

大阪大学 大学院理学研究科
教授 今田 勝巳(いまだ かつみ)
TEL:06-6850-5455/5456 FAX:06-6850-5455
E-mail:mail1

(報道対応)
名古屋大学総務部広報渉外課
TEL:052-789-2016 FAX:052-788-6272
E-mail:mail1

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp