X線可飽和吸収を世界で初めて観測 -SACLAの世界最強X線レーザーが切り拓く新たな世界- (プレスリリース)
- 公開日
- 2014年10月02日
- SACLA
2014年9月30日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人電気通信大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人大阪大学
国立大学法人東京大学
国立大学法人京都大学
研究成果のポイント
• X線の強度を高めると、 物質がどんどん透明に
• 世界最高強度のX線レーザーにより初めて実現
• アト秒X線光学の開拓に向けて大きな飛躍
理化学研究所(理研、野依良治理事長)と電気通信大学(福田喬学長)は、 X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)施設「SACLA」*1を使い、 X線可飽和吸収*2の観測に成功しました。これは、電気通信大学の米田仁紀教授、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、 高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の犬伏雄一研究員らと、大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授、東京大学大学院工学系研究科の三村秀和准教授、 京都大学大学院理学研究科の北村光助教らを中心とした共同研究グループの成果です。 論文情報: |
背景
光を物質に照射すると、 物質ごとに決まった量が吸収されますが、徐々に光の強度を高めていくと、 それ以上物質が光を吸収できなくなる 「可飽和吸収」 という現象が起こります(図1)。この現象は、波長の長い可視から赤外域の光では、すでにさまざまな分野で応用されており、例えば、世界中に張り巡らされている光通信網での光信号の生成や、レーザー装置などの光の波形の補正などを行う製品で利用されています。可飽和吸収を用いれば、高強度の光を選択的かつ任意のタイミングで透過させることができるので、時間幅の短いパルス光の生成や制御を行うために必要不可欠なものになっています。X線領域でも、可視から赤外線域で行われているような応用が実現できれば、光の特性を自由に制御したり、スイッチング機構として利用したりすることができ、 さらに物質中にX線を選択的に通す光導波路を形成することも可能になります。
しかし、これらを実現するために必要な光の強度は、 光子エネルギーの2.5乗に比例して高くなります。 すなわち、可視域で行っていることをX線領域で行うには9桁以上の光の強度が必要になり、実に1019 W/cm2という、これまでのX線技術では極めて困難な値となってしまいます。強いX線が得られるX線自由電子レーザーでも成功例がありませんでした。
そこで共同研究グループは、世界最先端のX線自由電子レーザー施設「SACLA」を用いて、可飽和吸収が起きるかどうかを試みました。
研究手法と成果
共同研究グループは、 これまで、 独自に開発した二段集光光学システムを使って、SACLAが生成する高輝度X線レーザーを約50nm(ナノメートル:1ナノメートルは10億分の1メートル)の集光径まで絞り込み、1020 W/cm2 という世界最高強度のX線を生成することに成功しています注)。今回の研究では、 このX線レーザーを20µm(マイクロメートル:1マイクロメートルは100万分の1メートル)厚の鉄の薄膜に照射しました(図2)。
物質でのX線吸収は、主に物質中の電子が担いますが、吸収量や吸収するX線のエネルギーは、物質内部の電子のエネルギー状態によって異なります。鉄原子の場合、8keV(キロエレクトロンボルト)という高いエネルギーの前後で、 X線の吸収率が大きく変わります。この吸収は、 鉄の原子核に最も近い最内殻の電子が担っています。 共同研究グループは、強いX線によって瞬時にこの電子をイオン化させてしまえば、吸収する担い手がいなくなるので、X線を吸収できなくなると考えました。
実験では、照射強度を増加させながら透過X線を観測しました。低強度の時にはほとんどX線が通ることはなく、不透明な状態ですが、理論的に予測された強度(1019 W/cm2)に達すると、急激にX線が透過する可飽和吸収が観測されました(図3)。これは、固体中の多くの鉄原子で最内殻の電子1つがいなくなる状態が起きたことを示します。つまり "通常ではない原子で作られた固体状態"を生成させたことになります。
また、光学現象として「吸収」と「屈折」は物理的に関連があります。すなわち、今回観測された吸収の変化と同時に、屈折にも変化が起きるはずです。そこで、 鉄薄膜を透過したX線の状態を詳しく解析したところ、屈折の変化によって鉄薄膜内に光導波路が形成されていることが分かりました。これもX線領域では世界で初めて実験的に示されたことになります。
注) 2014年4月28日プレスリリース「X線レーザーの集光強度を100倍以上向上」
今後への期待
今回、初めてX線の可飽和吸収が観測されたことにより、X線自由電子レーザーのさらなる短パルス化が視野に入ってきました。計算機シミュレーションでは、この透過率が変化する速度から考えて、アト秒(1アト秒は100京分の1秒)の領域のパルス発生が可能になることを示しています。このような超短パルスX線レーザーを使うと、計測の時間分解能が飛躍的に向上すると期待されます。
また、可飽和吸収過程で形成されるX線の光導波路には、物質中にX線の光ファイバーを作ったような効果が得られる可能性があります。これによって、可視から赤外域の光に比べて何倍もの長い距離を小さな集光径を保ちながら伝播させる、X線による高速・大容量の通信手段の実現が期待されます。
今回の成果は、 次世代のアト秒X線光学や動的X線光学の最初の一歩となり、新たなX線光学素子を開発する技術として期待できます。
《参考図》
弱い強度のX線では透過しない物質も、高い強度のX線によってX線を吸収している電子をほとんどイオン化してしまえば、透明な物質に変化する。高い強度の部分のみ透明になるので、X線の光導波路や、X線を使った高速なスイッチング機構を構成できる。
二段集光光学システムにより50nmの集光径までX線を絞り、そのX線を鉄の薄膜(20µm)に照射し、透過光をエネルギー分解ができる分光器で観測した。
赤い点が実験値であり、青、緑の実線が、計算機シミュレーション結果。青線、緑線はそれぞれ、X線が照射した後にK殻(最も原子核に近い電子の軌道)に開いた穴が埋まる時間を0.5fs(フェムト秒、1フェムト秒は1000兆分の1秒)、2fsとした場合の計算値。理論予測通り、1019W/cm2を超えると急激に透明になっていることが観測された。
《補足説明》
※1 X線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free Electron Laser)施設「SACLA」
理研と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の施設と比べて数分の一とコンパクトであるにも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
※2 可飽和吸収
物質内で吸収を強く起こすと、それまで吸収していた要素(主に電子)がなくなることから、吸収率が低下し、透明性が高くなる現象。一般には、吸収後も新たな吸収過程が出てくることもあるので、単純な系が適しているとされている。
※3 光導波路
物質内で、部分的に屈折率を高くした経路を作ると、光はその中に閉じこもって伝播するようになる。光ファイバーはその1つの形であり、何百キロにわたり光を小さな口径に閉じ込めた状態で伝播させることができる。
※4 二段集光光学システム
X線レーザーで集光径を小さくし、なおかつ集光光学系から集光点までの距離(作動距離)を大きくするためには、X線レーザー自身の口径を拡大し、大型の鏡で集光する必要が出てくる。SACLAでは、この前者と後者の役割をそれぞれ持たせた2つの集光光学系(二段集光光学システム)によりこれを実現している。
※5 アト秒X線光学
アト秒は10のマイナス18乗秒。物質内の電子の動きでさえ止まった状態になる短時間であることを示している。
※6 動的X線光学
鏡などの光学素子が動的に変化して、光そのものの性質や特性を変えることが可視から赤外の領域では行われている。この考えをX線の領域まで発展させたもの。
《問い合わせ先》 独立行政法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター 国立大学法人大阪大学大学院工学研究科 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科 国立大学法人京都大学大学院理学研究科 (報道担当) 国立大学法人電気通信大学 総務課広報係 公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 国立大学法人大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科 広報室 国立大学法人京都大学 渉外部広報・社会連携推進室 (SPring-8に関すること) |
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