放射光硬X線用いた雰囲気制御型光電子分光法による燃料電池電極のその場観察に世界で初めて成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年10月14日
- BL36XU(先端触媒構造反応リアルタイム計測)
2014年10月14日
自然科学研究機構分子科学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
自然科学研究機構分子科学研究所の高木康多助教、横山利彦教授らの研究グループは電気通信大学燃料電池イノベーション研究センターの岩澤康裕教授らの研究グループ、名古屋大学物質科学国際研究センターの唯美津木教授および公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の宇留賀朋哉研究員らの研究グループと共同で、大型放射光施設SPring-8*1で硬X線*2を用いる雰囲気制御型光電子分光装置を開発し、世界に先駆けて固体高分子形燃料電池における燃料電池動作中の触媒電極の硬X線光電子分光その場観測に成功しました。 論文発表の概要: |
(研究の背景)
固体高分子形燃料電池は、次世代のエネルギー源の一つとして様々な分野で実用化が期待されており、特に自動車に関しては今年度中の燃料電池自動車の販売開始が発表されるまでになっています。一方、エネルギーの高効率化や低コスト化などまだ克服すべき課題も多く電極触媒から制御システムまで様々な方面で研究開発が進められています。
水素を燃料とした燃料電池では、アノード(負極)側で白金などの金属微粒子を触媒として水素をプロトン(H+イオン)に変換し、この時放出される電子(e-)が外部回路を流れます。他方、生成したプロトンは高分子電解質膜を通過してカソード(正極)表面に到達後、カソード側で合金を含む白金系触媒を介して酸素と反応し水を生成します。エネルギー効率の高い触媒の開発には動作している白金系触媒上で起こる反応を詳しく知ることがとても重要です。しかしながら反応中の状態をあるがままに測定することは非常に難しく、その測定技術は限られていました。
(研究の成果)
X線を試料に照射し、放出された光電子のエネルギーを測定する光電子分光法は電子状態の測定において非常に強力な手法ですが、その測定には高真空が必要でした。近年、ガス雰囲気下でも測定できるように工夫した雰囲気制御型光電子分光装置が開発されましたが、それらは軟X線*2を用いているため、触媒が外部に露出しているものしか測定できず、単結晶表面におけるガス反応などのモデル触媒の測定が中心でした。
今回、研究グループはエネルギーの高い硬X線を用いて透過性の高い光電子を発生させることで、電解質中に埋もれた触媒からの光電子を検出できるようにし、固体高分子形燃料電池が動く様子をそのまま測定できる「雰囲気制御型硬X線光電子分光装置」を開発しました(図1)。この装置を用いて電圧を印加した状態での電極中の白金ナノ粒子触媒の光電子分光測定を行い、電圧に応答して変化する白金ナノ粒子の電子状態の観測に世界で初めて成功しました。
電極中の白金は電極間の電圧が低い場合には、金属的な白金の成分が大部分を占めますが、電圧が高くなると白金ナノ粒子の表面が酸化され酸化白金の成分が増えます。しかしながら再び電圧を下げると酸化した白金が還元され金属的な白金に戻ります。その過程を光電子分光により測定した結果が図2になります。電圧に依存して酸化白金のピークが現れたり消滅したりする様子が観測されました。
このように燃料電池を動かしつつ、電極のまわりで起こる詳細な化学反応をリアルタイム観測することは従来の光電子分光では不可能であり、SPring-8にある電通大/NEDOの世界最高性能の燃料電池専用XAFSビームライン「先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームライン」(BL36XU)による高品質なX線と今回開発した「雰囲気制御型硬X線光電子分光装置」によって初めて得られる測定結果になります。
(今後の展開およびこの研究の社会的意義)
家庭用燃料電池システム、燃料電池自動車など固体高分子形燃料電池は実用化が始まりつつありますが、世間により広く普及させるためには燃料電池の耐久性の向上や低コスト化など多くの課題が残されています。そのための研究開発が精力的に進められていますが、電極での触媒反応については依然として根本的な謎が多く、基礎研究を基盤としたメカニズム解明が求められます。今回開発した装置により、燃料電池電極における動作下の触媒の情報が得られるようになれば、基盤技術として今後の研究に活用され、革新的な燃料電池触媒の開発につながると期待されます。
《参考図》
電極中の白金は電極間の電圧が低い場合には、金属的な白金の成分が大部分を占めますが、電圧が高くなると白金ナノ粒子の表面が酸化され酸化白金の成分が増えます。しかしながら再び電圧を下げると酸化した白金が還元され金属的な白金に戻ります。その過程を光電子分光により測定した結果が図2になります。電圧に依存して酸化白金のピークが現れたり消滅したりする様子が観測されました。
下からそれぞれ開放電圧、1.3Vの電圧印加、0.1Vの電圧印加時の測定結果を示す。1.3Vの電圧印加時のみ矢印で示したピークが観測されており、このピークが電極で酸化された白金の存在を証明している。
《用語解説》
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理はJASRIが行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性の高い強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*2 軟X線・硬X線
波長が1pm-10nm程度範囲の電磁波のことX線と呼び、その中でも波長が長い方のものを軟X線、波長が短いものを硬X線と呼ぶ。電磁波は波長が短いものほどエネルギーが高くなる。
*3 光電子分光法
測定対象の物質に電磁波をあて、光電効果により出てきた光電子のエネルギーを測定することにより、その物質の状態を観測する手法。
《お問い合わせ先》 自然科学研究機構 分子科学研究所 物質分子科学研究領域 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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