水素吸蔵特性をもつAg-Rh合金ナノ粒子の電子構造の初観測 -Ag-Rh合金ナノ粒子がPdと同様の特性を有する謎の解明を目指して-(プレスリリース)
- 公開日
- 2014年10月16日
- BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)
2014年10月16日
独立行政法人 物質・材料研究機構
国立大学法人 京都大学
国立大学法人 九州大学
独立行政法人 科学技術振興機構
1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田資勝)中核機能部門(部門長:小出康夫)の高輝度放射光ステーション坂田修身ステーション長と、京都大学大学院理学研究科北川宏教授、九州大学稲盛フロンティア研究センター古山通久教授からなる研究チームは、バルク*1では合金にならず、また各々単独では水素吸蔵金属*2でもない銀-ロジウム(Ag-Rh)合金ナノ粒子が、なぜパラジウム(Pd)のように水素吸蔵特性を示すかを調べるため、その電子構造を初めて観測しました。現代の錬金術と称される元素間融合を用いた新機能性物質の創製をますます促進することが期待される研究成果です。 論文発表の概要: |
(研究の背景)
原子レベルでの合金の作製法は、その成分と構成元素の組み合わせを変えることによって、材料の化学的・物理的特性をコントロールできる重要な方法です。近年、バルクでは混ざらない2種類の元素を原子レベルで合金化させる作製方法を、北川グループが実現しました。元素の周期表中でPdの両隣りにあるRhとAgは、双方とも水素を吸蔵する能力を持っていません。バルクでは合金になり得ないAg-Rhは10数ナノメートルの大きさにして初めて合金化することができ、AgとRhが1:1のAg0.5Rh0.5合金ナノ粒子は水素を吸蔵する性質を示します。その水素吸蔵容量は、代表的な水素吸蔵金属であるPdナノ粒子のおよそ半分にも達します。しかし、なぜ、このような驚きの特性をAg0.5Rh0.5合金ナノ粒子がもつのかは謎でした。Pdの水素吸蔵の性質は、水素吸蔵前後のフェルミエネルギー*6近傍の電子構造の変化により説明されており、Ag0.5Rh0.5合金ナノ粒子での謎もフェルミエネルギー近傍の電子構造から解明されると予想して、今回の研究を行いました。
(研究内容と成果)
バルクでは合金になり得ないAg-Rh合金ナノ粒子の価電子帯の電子構造を高輝度放射光の高分解能分光実験、および、理論計算により調べました。直径10数ナノメートル粒子の内部の電子構造を実験室の分光測定で調べるのは大変難しいので、大型放射光施設(SPring-8)にあるNIMSビームラインで測定しました。Ag-Rh合金ナノ粒子に高輝度X線を照射し、たたき出された電子の運動エネルギーのスペクトルを高分解能で記録しました。入射エネルギーと測定された電子の運動エネルギーとの差から、ナノ粒子のフェルミエネルギー近傍の価電子帯の電子構造を図に示すように、実験的に決定しました。また、電子系のエネルギーの計算スペクトルから、実験結果を精密に解釈しました。
共同研究グループは、Ag、Rh、PdとAg0.5Rh0.5ナノ粒子のそれぞれについて、価電子帯の電子構造を実験的に決定するとともに、計算スペクトルと比較しました。その結果、以下の3つの重要な知見が得られ、上記の謎に迫ることができました。
1)Ag-Rh合金ナノ粒子は、AgとRhが微視的に分離した混合物ではなく、原子レベルで混成した電子構造を有する合金を形成していること。
2)フェルミエネルギー近傍では、Ag0.5Rh0.5合金ナノ粒子の価電子帯の電子構造は、水素吸蔵材料としてよく知られているPdの電子構造と極めて類似していること。Pdでは水素吸蔵のメカニズムを理解する際にフェルミエネルギー近傍の電子の非占有準位の形状の重要性が指摘されているが、今回の測定からAg0.5Rh0.5合金ナノ粒子とPdの占有準位である価電子帯の形状の類似性が初めて明らかにされ、占有準位の形状も水素吸蔵に寄与していると推定されることが実験的に初めて明らかになった。
3) Ag0.5Rh0.5合金ナノ粒子の価電子帯スペクトルの強度は、Pdナノ粒子の強度の半分であり、水素吸蔵容量における両者の違いをよく反映していること。
(今後の展開)
Pdは水素吸蔵金属や水素分離膜*7として研究が盛んに行われています。一方で、水素化反応触媒や自動車の排気ガス浄化用の触媒(三元触媒)など、様々な触媒としても使われています。新規Ag0.5Rh0.5合金ナノ粒子はPdに類似した電子構造を持つことから有用な触媒になり得ると考えられます。さらに、Pdは水素を吸蔵することにより超伝導性を示すことが知られており、得られたAg0.5Rh0.5合金ナノ粒子もまた同様な特性を発現する可能性もあります。今後、元素間融合を用いた新しい固溶体合金の創製をますます加速させることにより、材料科学の新分野が開拓されていくものと期待されます。また、今回の研究のアプローチは、合金ナノ粒子やほかの新機能性物質を産業に展開する際、マテリアルズ・インフォマティクスの基盤としての電子構造データを提供するモデルとなる点からも重要であると考えられます。
《参考図》
(a) 0-15eVの結合エネルギーの範囲におけるAg0.5Rh0.5合金ナノ粒子(赤破線)とPdナノ粒子(黒実線)の高輝度放射光分光による価電子帯スペクトル。Ag0.5Rh0.5合金の強度はPdの約半分。
(b)0-3.5eVの結合エネルギーの範囲を拡大したAg0.5Rh0.5合金ナノ粒子(赤破線:強度をPdに合わせて拡大)とPdナノ粒子(黒実線)の価電子帯スペクトル。青い点線は、Ag0.5Rh0.5合金ナノ粒子の拡大されたスペクトル、Pdナノ粒子のスペクトルとの差異を示しています。EFはフェルミエネルギー。
《用語解説》
*1 バルク
ナノメートルスケールに比べてはるかに大きいサイズをもつ立体的な結晶や固体を意味します。つまり、その表面の原子数が内部の原子数よりも無視できるほど十分に少ないものです。
*2 水素吸蔵金属
水素を可逆的に吸放出できる金属です。水素分子は金属の表面で水素原子に解離し、金属の格子間位置に存在します。
*3 高輝度放射光の高分解能分光実験
今回用いた分光実験法は、高輝度放射光を用いた高分解能硬X線光電子分光法です。高輝度X線を用いることで、通常の実験室にあるX線装置では分析が困難な物質表面の電子状態、電子構造を調べることができます。今回は、ナノ粒子のフェルミエネルギー近傍の電子状態の解明に威力を発揮しました。
*4 理論計算
今回用いた理論計算手法は密度汎関数法と呼ばれ、対象とする系の電子系のエネルギーや電子構造(あるいは電子状態)を量子力学に基づいて非経験的に計算する方法です。
*5 大型放射光施設 SPring-8
独立行政法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援は公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万4千人以上の研究者に利用されています。
*6 フェルミエネルギー
金属の場合には電子をバンドの底から詰めていき、その数が系の全電子数になったところの電子のエネルギーですが、半導体、絶縁体の場合にはフェルミエネルギーのレベルは伝導電子の存在する伝導帯と束縛電子の存在する価電子帯の間の禁止帯の中にあります。
*7 水素分離膜
金属膜によって水素を含む混合ガスから水素のみを透過させ精製することができる膜です。主に、PdやPd合金が用いられています。
《お問い合わせ先》 (研究内容に関すること) (試料に関すること) (理論計算に関すること) (JST事業に関する問い合わせ先) (報道・広報に関すること) 国立大学法人 京都大学 渉外部 広報・社会連携推進室 国立大学法人 九州大学 広報室 独立行政法人 科学技術振興機構 広報課 (SPring-8に関すること) |
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