連続フェムト秒結晶構造解析のための結晶供給手法を開発 -少量の試料で多様なタンパク質の結晶構造決定がSACLAで可能に- (プレスリリース)
- 公開日
- 2014年11月11日
- SACLA
2014年11月6日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人大阪大学
国立大学法人京都大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
研究成果のポイント
• 高粘度物質のグリースを用いて、結晶供給を制御した世界初の手法
• 従来の1/10~1/100の試料でタンパク質の三次元結晶構造解析が可能
• タンパク質結晶だけでなく有機、無機物質にも応用できる
理化学研究所(理研、野依良治理事長)、大阪大学(平野俊夫総長)、京都大学(山極壽一総長)、高輝度光科学研究センター(JASRI、土肥義治理事長)は、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA*1」のX線レーザーを用いた「連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)*2」のための汎用的タンパク質結晶供給手法の開発に成功しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)生物試料基盤グループの菅原道泰研究員、SACLA利用技術開拓グループの南後恵理子研究員、岩田想グループディレクター(京都大学大学院医学研究科 教授)、大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一助教、同大学蛋白質研究所の鈴木守准教授、京都大学大学院農学研究科の桝田哲哉助教、医学研究科の島村達郎特定講師、薬学研究科の潘東青 元研究員、JASRI・XFEL研究推進室の登野健介副主幹研究員らを中心とした共同研究グループの成果です。 論文情報: |
背景
原子分解能でタンパク質の三次元結晶構造を決定するには、タンパク質結晶を用いたX線結晶構造解析が適しています。大型放射光施設「SPring-8*5」の放射光*6を用いる場合、一般に約30 マイクロメートル(µm)以上のタンパク質結晶が必要です。しかし、30µm以上のタンパク質結晶を得るのは困難で、特に創薬などの研究用途で重要なヒトを含む動物由来のタンパク質は、結晶化に使用できる十分な量を得るのが難しく、析出する結晶も回折実験に適した十分なサイズに成長しません。また、実験中にタンパク質結晶が放射線損傷を起こすことも大きな問題でした。
X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)は、SPring-8の放射光より10億倍も明るいため、ナノメートル~マイクロメートル(nm~µm)サイズのタンパク質の微小結晶でも構造解析ができます。現在、稼働中のXFEL施設は、理研の「SACLA」と米国のSLAC国立加速器研究所の「LCLS(Linac Coherent Light Source)」があり、また世界各国でXFEL施設の建設計画が進行中です。
SACLAの10フェムト秒という超短時間でのX線レーザーの照射により、タンパク質が壊れる前に微結晶の回折イメージを検出できます。このXFELの特性を利用した主なタンパク質の構造決定法として、連続フェムト秒結晶構造解析(SFX:Serial Femtosecond Crystallography)が注目されています(図1a)。SFXでは、主にジェットインジェクターと呼ばれる装置から噴出した多数の微小結晶を含む液体にX線レーザーを照射し、各結晶からの回折データを連続的に収集します。SFXは常温で実験を行えるため、従来の低温条件下(100 K程度)で行う回折実験とは異なり、生理条件(生体内)に近い構造を得ることができます。
しかし、タンパク質結晶を連続的にX線レーザーの照射ポイントに供給するには、大量の試料が必要であること、試料の組成によっては実験中に塩結晶が析出することが問題でした。
研究手法と成果
生体膜を構成している膜タンパク質*7に対してSFXを行う場合、主に脂質キュービック相(LCP:Lipidic Cubic Phase)法*8と呼ばれる結晶化が用いられます。LCPの高粘度環境下にあるタンパク質結晶をそのままLCPインジェクターからゆっくり押し出すことで、非常に少量の試料でデータを収集できます。しかし、全てのタンパク質結晶をLCP法で得るのは困難であり、LCP法以外の結晶化法から得た結晶でも簡単に測定できる手法の開発が望まれていました。
そこで共同研究グループは、高粘度物質と微小結晶を混ぜ合わせることで、結晶をX線レーザーの照射ポイントに安定して供給できる手法を検討しました。その高粘度物質に必要とされる条件として、①タンパク質結晶と混合しても結晶に損傷を与えない物質②高濃度の塩や高粘度の試薬を含む微小結晶溶液と混合してもインジェクターから安定に試料を流せる③高粘度物質由来のノイズの発生が少なく、かつ高粘度物質内で微結晶が凝集せず均一に分散してノズルの目詰まりを起こさないことなどが求められます。
共同研究グループは、それらの条件を満たす高粘度物質を検討した結果、タンパク質結晶のキャリア媒体として「グリース」が利用できることが分かりました。これをインジェクターに充填して測定する方法(グリースマトリックス法)を開発しました(図1b)。今回、リゾチーム、グルコースイソメラーゼ、ソーマチン、および脂肪酸結合タンパク質(FABP3)の4種類の水溶性タンパク質の結晶(約7~30 µm)から、結晶構造の評価に十分な回折分解能2オングストローム(Å:1Åは100億分の1m)以上の回折データの収集に成功し、結晶構造を決定しました。一例としてリゾチームの結晶構造を図2に示します。SFX実験で使用した各試料タンパク質は1 mg以下であり、従来の方法に比べ1/10~1/100の少量化に成功しました。
今後への期待
SACLAの10フェムト秒という超短時間でのX線レーザーの照射を用いた SFXにより、酵素反応などに伴う一連の構造変化が起きるフェムト秒~ピコ秒間の反応過程などの観察が可能になります。また、本研究で開発したグリースによる結晶供給を用いたSFXは、タンパク質結晶のみを研究対象として限定するものではなく、有機、無機物質を問わず幅広い研究分野への応用が期待できます。
《参考図》
(a)SFX概念図。X線レーザーの照射ポイントにタンパク質結晶を供給する。
(b)タンパク質結晶含有グリースをインジェクターから押し出した際の写真。
図中のピンク色のメッシュは電子密度、メッシュ内スティックモデルの青色は窒素原子、赤色は酸素原子、灰色は炭素原子、および黄色は硫黄原子を示す。
《補足説明》
※1 SACLA
理研と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で建設した日本初のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。加速器の中で電子の固まりを正確な制御の下で一斉に振動させ、その電子の固まりからX線レーザーを発生させるX線発生装置。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の1つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。
※2 連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)
多数の微結晶を含む液体などをインジェクターから噴出しながら、X線レーザーを照射し結晶構造を解析する手法。配向の異なる多数の微小結晶からの回折データを連続的に収集する。SFXは、Serial Femtosecond Crystallographyの略。
※3 放射線損傷
X線の持つエネルギーによって、X線と相互作用した分子が壊れること。X線との相互作用で分子が壊れる場合だけでなく、分子が壊れる過程で生じる電子や、壊れた分子から生成する反応性の高い分子が観察対象の分子と化学反応する場合もある。一般的にタンパク質結晶の放射線損傷は、X線と水の相互作用をきっかけに、X線照射後ピコ秒の時間スケールで水から生成する反応性の高い分子がタンパク質と化学反応することで起きる。
※4 グリース
液体の潤滑油に増稠(ぞうちょう)剤を加えることでゼリー状にしたもの。各種機械の潤滑剤として広く利用されている。
※5 SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理研の大型放射光施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8 GeVに由来する。
※6 放射光
相対論的な荷電粒子(電子や陽電子)が磁場で曲げられるとき、その進行方向に放射される電磁波。放射光は明るく、指向性が高く、また光の偏光特性を自由に変えられるなどの優れた特徴を持つ。
※7 膜タンパク質
生体膜を構成しているタンパク質で、全ゲノムをコードするタンパク質の3分の1を占める。生体膜の表面にあるタンパク質と内部に埋もれたタンパク質がある。生体膜の表面に付着しているものを膜表在性タンパク質、内部に埋もれているものを膜内在性タンパク質と呼ぶ。外界からの刺激に反応する受容体、イオンポンプなどの輸送体など、環境からの刺激を強く受けるタンパク質であるため、創薬の重要なターゲットとされ、高効率な構造・機能解析法の創出が待たれている。
※8 脂質キュービック相(LCP:Lipidic Cubic Phase)法
脂質二重層にタンパク質を再構成させた状態で結晶化を行う方法。
《問い合わせ先》 国立大学法人大阪大学大学院工学研究科 国立大学法人京都大学大学院農学研究科 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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