ガラスになる液体には秩序が必要! -2800℃の壊れやすい液体の原子・電子構造の完全解明- (プレスリリース)
- 公開日
- 2014年12月18日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
- BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
2014年12月18日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学
独立行政法人 宇宙航空研究開発機構
学習院大学
国立大学法人 東京大学
国立大学法人 山形大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)、フィンランドのタンペレ工科大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、学習院大学、東京大学、山形大学からなる国際共同研究チームは、大型放射光施設SPring-8*1の高輝度放射光高エネルギーX線と、フィンランドIT科学センター、ドイツのユーリッヒ総合研究機構、JAISTそれぞれのスーパーコンピューターを用いた大規模コンピューターシミュレーションにより、ガラスにならない液体の原子配列と電子状態を調べ、これらが非常に乱れているために「極めて壊れやすい=ガラスにならない」液体であることを世界で初めて明らかにしました。 論文情報: |
研究背景
物質は高温になると融体(液体)になり、液体を急冷するとガラスになることが知られていますが、どんな物質でも液体を急冷すればガラスになるわけではありません。ガラスになる液体とガラスにならない液体にはその原子配列に違いがあることが以前から指摘されていました。しかしながら、液体とは本質的に原子配列が乱れているため、その電子状態はおろか原子構造を一意的に決定することが困難であることから、異なる液体を原子・電子レベルで比較できるような情報を実験的に得ることは極めて困難です。21世紀に入った現在でもガラスになる液体とガラスにならない液体の違いは、ガラスの構造科学における大きな謎でした。
研究内容と成果
数ある酸化物の中でガラスにならない物質のひとつとして、二酸化ジルコニウム(ZrO2)が知られています。国際共同研究チームはガラスにならない液体の構造の本質に迫るため、ZrO2液体の構造解析を試みました。しかしながら、ZrO2の融点は2715℃と酸化物中でも特に高いため、融解することすら難しく、一般的な手法を用いた実験は不可能でした。また、仮に融解したとしても、2000°Cを超えるような超高温環境では、液体試料と容器とが化学反応を起こしてしまうなどの不都合が生じるために、精密な実験データの取得ができません。こうした問題を克服する上で、高温の液体を宙空に浮かせて保持する無容器法が有効となります。SPring-8では、学習院大学が中心となって、放射光高エネルギーX線回折実験専用のガス浮遊炉(図1)の開発を行ってきました。今回この装置を用いて、2600°Cから2800°Cの温度範囲におけるZrO2液体の非常に高い精度の回折データを取得することに成功しました。得られた回折データと、JAXAが中心となって取得した密度データをもとに、フィンランド、ドイツ、日本(JAIST)のスーパーコンピューターを用いて大規模第一原理分子動力学計算*6を行い、その原子配列、電子状態、さらにはその動的性質について調べました。
ZrO2液体の回折データを、ガラスになる液体の代表例であるシリカ(SiO2)液体の2100°Cのデータと併せて図2に示します。SiO2液体には矢印で示される特徴的なピークがありますが、これは、液体の構造にまったく秩序がないわけではなくある周期性が存在することを示唆しています。一方、ZrO2液体にはそのような特徴的なピークは存在せず、ZrO2液体の原子配列はかなり乱れていることがわかりました。
図3の左側に、実験と計算から得られた3次元構造を、右側にその模式図を示します。まず、ガラスになりやすいSiO2液体とSiO2液体にもっとも密度が近い結晶相の構造の違いを比較します。結晶相(図3a)には、構造ユニットとしてSiO4正四面体のみが存在しています。そしてそれらが規則正しく酸素(O)を頂点共有することにより長周期構造を作っており、それを反映して強い回折ピークが現れます。また、この構造の特徴として、SiO4正四面体6つで構成される6員環のみが形成されていることが分かります。一方、SiO2液体にもOを介して頂点共有したSiO4正四面体が存在しますが、6員環以外にも4,5,7員環が多く形成されているため、SiO2結晶ほどの秩序はありません。ただしこのような乱れた構造の中でも、図3bに水色の破線で示すような緩やかな周期性*7が現れます。図2の回折データの特徴的なピークは、この周期構造に起因するものであり、ガラスになりやすい液体に共通して見られます。
これとは対照的に、ガラスにならないZrO2液体中には、主要な構造ユニットがZrO5,ZrO6,ZrO7多面体など何種類もあり、かつそれらが歪んでいます。図3c左から分かるように、これらは頂点のみならず稜でも共有した隙間のない構造をとっています。そこにはSiO2液体のような周期的な構造がなく(図3c右)、その結果として図2において秩序構造を表す特徴的な回折ピークが現れなかったことがわかりました。こうして、ZrO2液体が「より乱れた構造」であるということを、構造ユニットやその構造ユニット同士の繋がり方に多様性があるためであるとして、原子レベルで明らかにすることができました。また、スーパーコンピューターを用いた大規模第一原理分子動力学シミュレーションから、歪んだZrO5,ZrO6,ZrO7構造ユニットは、電子が構造ユニット内に拘束されず動きやすい状態にあり、かつ、構造ユニットの寿命が僅か200フェムト秒程度であることがわかりました。さらに、ZrO2液体の粘性を計算したところ、ガラスになりやすいSiO2液体の1億分の1と見積もられました。以上のことから、ガラスにならないZrO2液体は、「秩序を失った極めて壊れやすい=ガラスにならない」液体である、裏を返せばガラスになる液体には秩序が必要であると結論付けられました。
《参考図》
二酸化炭素(CO2)ガスレーザーで加熱融解された試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊され、そこに高エネルギー放射光X線を当て、回折実験を行う。写真は浮遊している高温酸化物融体。
図中、1Å(オングストローム)は0.1ナノメートル。
《用語説明》
※1 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2 融体
融体は液体と同義語であるが、特に融点の高い金属や酸化物の液体を融体と呼ぶことが多い。
※3 高エネルギーX線回折
物質中の原子がある規則に従って配列した場合、電磁波であるX線を入射すると、それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波(回折X線)が進行する。この現象をX線回折と呼び、本手法を用いることにより物質内の原子の配列を調べることができる。SPring-8では物質に対する透過力の強い高エネルギーX線を発生することができることから、とくに高エネルギーX線回折と呼ぶ。
※4 無容器ガス浮遊法(図1参照)
円錐形のノズルから試料に対して下から鉛直方向に不活性ガス(アルゴンや窒素)を吹き付け、容器を用いずに材料を浮遊させ保持し、2000℃以上の高温を容易に達成できるレーザーを照射することで、試料を融体(液体)にする方法。この方法を用いることで、容器の成分が不純物として融体に溶解することを防ぐことができるだけでなく、融体と容器(結晶)の界面が存在しないことから融点以下でも液体状態(過冷却液体)を保つことができる。界面が存在しないことは液体が結晶になることを防げることとなり、ガラスになりにくい物質をガラス化することもできる。
※5 壊れやすい液体
「壊れやすい液体(fragile liquid)」とはガラスになりにくい液体のことを差す言葉であり、その反意語は、「強い液体(strong liquid)」である。Austen Angellが1995年にScience誌に発表した。彼は、液体の粘性の温度依存性を調べ、液体の温度を下げ固化するさいに、粘性が急激に変化するものをfragile liquid、穏やかに変化する、すなわちもともと液体の粘性が高いものをstrong liquidと定義した。以降この概念は液体のガラス化を考える際の指標として広く使われている。
※6 第一原理分子動力学計算
Roberto CarとMichele Parrinelloにより1985年に考案された計算法で、大幅な計算の高速化に成功し、この方法をCar-Parrinello(カー・パリネロ)法あるいは第一原理分子動力学法と呼ぶ。近年では、計算機の高速化により、大規模な系に適応できつつある。
※7 緩やかな周期性
このことは、SiO2液体には結晶に比べてリング分布に多様性があると解釈することができます。SiO2結晶にないリングを有することがSiO2ガラス(液体)の特徴であることを研究グループは、2011年に「米国科学アカデミー紀要」で報告しています。
(http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2011/110823)
《問い合わせ先》 独立行政法人宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 学習院大学理学部物理学科 国立大学法人東京大学 生産技術研究所 国立大学法人山形大学 理学部物質生命化学科 (JAISTに関すること) (JAXAに関すること) (学習院大学に関すること) (東京大学に関すること) (山形大学に関すること) (SPring-8に関すること) |
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