単一サイクルX線パルスを発生するXFEL手法を考案 -“光のすり抜け”を光波の干渉で制御- (プレスリリース)
- 公開日
- 2015年01月27日
- SACLA
2015年1月26日
独立行政法人理化学研究所
理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター 田中次世代X線レーザー研究室の田中隆次主任研究員は、「SACLA[1]」を始めとするX線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser : XFEL)[2]施設において、パルス幅[3]が理論極限である波長程度まで短くなったX線である「単一サイクルX線パルス」を生成する手法を見いだしました。 論文情報: |
背景
素早く動く動物をカメラで鮮明に撮影するためには、シャッタースピードを速くして動物の一瞬の動きを捉える必要があります。一般的なカメラのシャッタースピードは速くて1/1000秒程度で、これよりも速い現象を捉えるためには、発光時間が短い光で対象物を照射する必要があります。最近では、発光時間1000フェムト秒以下の光を用いて、さまざまな分野における超高速現象が解明されています。このような光を一般に超短パルス光と呼びますが、その極限の形態である「単一サイクル光パルス」は、発光している間に光の波がわずか1回だけ振動する光で、そのパルス幅は理論極限である波長程度にまで短くなっています。
単一サイクル光パルスを発生するためには、①広い波長範囲(広帯域)でレーザー発振すること②発振した広帯域のレーザーを精度よく重ね合わせることが必要です。可視光や赤外線領域といった長波長領域のレーザーでは、これらの機能を持つレーザー媒体や光学機器が利用可能で、単一サイクル光パルスの発生はすでに成熟した技術になっており、パルス幅が数フェムト秒という超短パルス光を利用して、同等の時間スケールで超高速に変化する化学反応の過程を、ストロボ撮影のように観察することが可能になっています。また最近では、高次高調波発生という原理を用いて、より波長の短い極端紫外領域において、パルス幅が数百アト秒という単一サイクル光パルスも利用可能となってきています。
これらの超短パルス光よりもさらに短いパルス幅を目指すには、より短い波長のレーザーが必要です。このためには、高エネルギー電子ビームからのコヒーレント放射[5]に基づく明るく、位相がそろったレーザーであるX線自由電子レーザー(XFEL)の利用が期待されますが、XFELで単一サイクル光パルスを発生する原理や手法は、まだ開発されていません。特に、電子ビームが、光を増幅するために周期的磁場を通過する際に生じる「光のすり抜け効果」(光が電子よりもわずかに前方へ進む現象)が、XFELにおける単一サイクル光パルスの発生を不可能にしてきました。
研究手法と成果
XFELにおけるレーザー媒体は電子ビームであるため、発振するレーザー光のパルス幅は、電子ビームの長さ(バンチ長)とほぼ等しくなります。したがって、発振波長よりも短いバンチ長を持つ電子ビームができれば単一サイクル光パルスが生成できるように思えます。しかし、実際には図1(a)に示すように、電子ビームは周期的磁場によって蛇行運動する際に自身が生成した光から取り残されるため、光は電子ビームをすり抜けて前方に移動し、パルス幅は磁場の周期数に応じて伸びていきます。これがXFELにおける光のすり抜け効果で、単一サイクル光パルスの実現に向けた最大の障害となっていました。田中主任研究員は、この効果を抑制し、パルス幅を制御する手法を考案しました。
考案した手法では、図1(b)に示すように、波長より短い電子の塊(マイクロバンチ)が「ある条件」を満たすように並んだ電子ビームを、周期毎に電子の振幅が変化するよう調整した磁場に入射します。「ある条件」とは、n番目のマイクロバンチの間隔とn番目の磁場周期において光がすり抜ける距離とが等しくなることです。この条件を満たすときに、電子ビームが各周期を通過する際に放出する光の積算過程を図2に示します。図2(a)は、電子ビームの電流分布の概略を示しています。この例では11個のマイクロバンチが含まれており、その間隔は各磁場周期におけるすり抜け距離(λ1~λ10)と等しくなっています。図2(b)は1周期目を通過した段階で電子ビームが生成した光の波形を示します。このように、1回蛇行運動をすることで電子ビームは自身の電流分布と相似な波形の光を放出します。ここで注意すべき点は、すり抜け効果によって光の波形が電流分布よりも距離 λ1だけ前方に位置していることです。黄色の矢印で示したパルスは、電子ビームの最後尾に位置するマイクロバンチ(黒の点線で図示、以後これを原点に取ります)によって生成された光パルス(共鳴パルス)です。この段階で、共鳴パルスは原点からλ1の距離に位置しています。
図2(c)は、2周期目を通過した段階における光の波形を示します。赤の実線が1周期目で生成された光の波形を、青の点線が2回目の蛇行によって生成された光の波形を示します。2周期目を通過するときの光のすり抜け距離がλ1ではなくλ2であるため、共鳴パルスが原点からλ1+λ2の距離に位置しています。図2(d)と2(e)に、3周期目、4周期目を通過した段階での光の波形を示します。緑の破線が3回目、水色の一点鎖線が4回目の蛇行によって生成された光の波形です。同様の考察を進めると、10周期経過後には、図2(f)に示す光の波形(赤の実線)が得られることが分かります。これらを全て足し合わせる(赤の点線)と、共鳴パルスの位置において各周期で生成された光波が強め合い、強度が増強する(強め合う干渉)一方、そこから離れるに従って強度は減衰する(弱め合う干渉)ことが分かります。その減衰の度合いは、すり抜け距離(λ1~λ10)、つまり磁場振幅の変化率によって調整でき、究極的には単一サイクル光パルスが実現できます。
本手法の有効性を確認するため、エネルギー2GeV(ギガエレクトロンボルト)、電流2kA(キロアンペア)の電子ビームにこの手法を適用した場合についてシミュレーションした結果、波長8.6 nm(ナノメートル)、ピークパワー[6]1.2GW(ギガワット)の単一サイクルX線パルスを発生できることを確認しました。
今後の期待
今回、原理を検証するために行ったシミュレーションでは、波長が8.6 nmの軟X線と呼ばれる領域で、単一サイクル光パルスのパルス幅は数10アト秒程度ですが、本手法には原理的な波長制限がありません。今後、本手法を硬X線領域において実現することで、パルス幅数100ゼプト秒という究極の光を創り出し、これを利用してゼプト秒領域の超高速現象を追求する、いわば「ゼプト秒科学」という新たな分野を切り開くことが期待できます。
《参考図》
(a) 波長よりもバンチ長が短い電子ビームからの光の放射電子は蛇行することによって自身が放出した光から取り残され、光は前方にすり抜けていく。1回の蛇行で1つの光波が生成されるとともに、前方に移動するため、N回の蛇行運動ではN個の波が生まれ、パルス幅が伸びていく。
(b) マイクロバンチがある規則に従って並んだ電子ビームからの光の放射n周期目のすり抜け距離がn番目のマイクロバンチ間隔に等しくなるように磁場を調整することで、単一サイクル光パルスが発生する。
(a) 電流分布形状、
(b) 1周期通過後の光の波形:電流分布に相似な波形が、距離λ1だけ前方にシフ
トしている。
(c,d,e) 2、3、4周期通過後の光の波形、
(f) 10周期通過後の光の波形:矢印で示した共鳴パルスの位置において光波は強め合って強度を増す一方、そこから離れるに伴って減衰する。
《補足説明》
[1]SACLA
理研と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で建設した日本初のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。加速器の中で電子の塊を正確な制御の下で一斉に振動させ、その電子の塊からX線レーザーを発生させるX線発生装置。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の1つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。
[2]X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser : XFEL)
X線領域におけるレーザー。従来の、半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の限界はない。
[3]パルス幅
光パルスの発光時間。長さあるいは時間の単位で表すことができ、その換算係数は真空中での光の速さ(毎秒30万km)。例えば、1フェムト秒のパルス幅は、10-15(sec)x3x108(m/sec)=3x10-7(m)で、0.3ナノメートルに相当する。
[4]高次高調波発生
高強度レーザーを希ガスなどのターゲットに集光して照射すると、その波長の整数分の1の波長を持つ光が発生する現象。
[5]コヒーレント放射
波長よりも短いバンチ長を持つ電子ビーム放出される光。個々の電子から放出される光の位相がそろっているため、極めて明るい。
[6]ピークパワー
ある光パルスが有するパワーの最大値で、そのエネルギーをパルス幅で割ることによって得られる。したがって、同じエネルギーを有する光パルスでも、パルス幅が小さいほど、大きなピークパワーが得られる。
《問い合わせ先》 (機関窓口) (SPring-8に関すること) |
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