アルツハイマー病の原因物質を 「掃除」するタンパク質の立体構造を解明 (プレスリリース)
- 公開日
- 2015年02月03日
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2015年1月28日
国立大学法人大阪大学
本学蛋白質研究所高木淳一教授のグループは、アルツハイマー病の原因物質を「掃除」するタンパク質の立体構造を解明しました。 |
研究の背景と内容
我々の脳内では加齢にともなって様々な「神経毒性」をもつ物質が蓄積し、その毒性によって死滅する神経細胞が多くなると脳の機能が減退し、認知症などの症状がでることになります。アルツハイマー病ではとくに、アミロイドβ(Aβ)と呼ばれるペプチドが長い年月をかけて凝集して脳内に特徴的な「老人斑」と呼ばれる構造体をつくり、その毒性によって神経細胞が死滅すると考えられています。Aβは正常なタンパク質が切断されて生じるいわば「ゴミ」のようなもので、だれでも持っているものですが、なにかの理由でこの切断が多くなったり、切断されたAβが凝集しやすい性質をもっているとアルツハイマー病を発症しやすいことが知られています。アルツハイマー病の予防や治療には、この切断を制御したり、生じたAβが凝集しないようにすることが有効だと考えられ、世界中でそのような方法の開発にしのぎが削られていますが、いまだにそのような方法や薬は見つかっていません。
sorLAは神経ニューロンに多く存在する膜タンパク質で、アルツハイマー病の患者さんの脳においてsorLAの量が健常人より少ないなど、このタンパク質とアルツハイマー病発症のリスクに関連があることが数年前から示唆されていました。蛋白質研究所の高木淳一教授らは昨年、このsorLAタンパク質がAβを結合する性質があることを見つけ、さらにマウスを使った研究から、sorLAが脳内で生じるAβペプチドを分解系へ運ぶ「掃除屋」のような役割を果たしていることを報告しました。そこで、なぜAβペプチドのような危険なペプチドだけを捕まえることができるのかを明らかにするために、X線結晶構造解析という方法を用いて、sorLAの細胞外領域の原子分解能の構造を、Aβペプチドを捕まえた状態と捕まえる前の状態で決定することに成功しました。結晶構造解析のためのデータ測定には大型放射光施設SPring-8の生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)およびPhoton Factory(PF)が利用されました。
今回あきらかになったのはsorLAの細胞外領域のなかでもVps10pドメインと呼ばれる部分の構造で、それは図1左のように、10枚の羽根をもつプロペラーのような形をしており、中央部には大きな穴(トンネル)が空いていました。そしてAβペプチドはこのトンネルの内側にへばりつくように結合していることがわかりました。その結合は「βシート拡張」と呼ばれる、生体内でアミロイドを形成するペプチドに特有のやり方で達成されていました。
生体内で不溶性の沈着物を形成するのがAβなどの「アミロイドペプチド」と総称されるペプチドの性質ですが、その実体は図2のような「クロスβ構造」と呼ばれる長い不溶性の線維が束になったものです。sorLAとAβペプチドの結合部位で見られた「βシート拡張」は、このクロスβ構造の先端部分と良く似ている事がわかります。
この立体構造から、sorLAがなぜアミロイド形成をしやすいペプチドを捕まえられるのかがわかりました。我々の脳のなかではAβのような危険なペプチドが毎日少しずつ作られています。それらが「クロスβ構造」をつくってどこまでも伸びる(つまり脳内で毒性のあるアミロイドに変わる)のを、sorLAは狭いトンネルに閉じ込めることで未然に防いでいるのではないか、と考えられます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
アルツハイマー病の予防と治療のためには脳内Aβレベルを下げることが有効であると考えられますが、現時点で有望な薬はまだ開発されていません。今回の結果は、sorLAがAβペプチドを処理するメカニズムを明らかにしました。さらにこの構造からは、sorLAがAβ以外の「危険な」ペプチドも捕まえて分解経路にまで運んでいく能力を持つことが示唆されました。脳内のsorLAの機能を賦活化することで、アルツハイマー病だけでなく、様々な神経変性疾患の発症リスクを低減することができる可能性があり、今後の研究の進展が期待されます。
《参考図》
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
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