原子同士が結合して新しい分子が生まれる瞬間を X線によってストロボ撮影 -人工光合成技術を推進する新しい分子動画撮影法を開発- (プレスリリース)
- 公開日
- 2015年02月18日
- SACLA BL3
2015年2月17日
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
基礎科学研究院
韓国科学技術院
独立行政法人 理化学研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
研究成果のポイント
•原子間の化学結合生成による分子の生成過程を分子動画によって直接捉えることに成功
•原子レベルの空間精度とフェムト秒の時間分解能を持つ測定が実現
高エネルギー加速器研究機構(KEK)、基礎科学研究院(Institute for Basic Science, IBS)、韓国科学技術院(Korea Advanced Institute of Science and Technology, KAIST)、 理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、X線自由電子レーザー(XFEL)*1施設「SACLA」を用いて、ピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)以下の間に進行する化学結合形成に伴った分子の生成過程を直接観測することに成功しました。 論文情報: |
背景
化学反応により溶液中の原子と原子が結合して新しい分子が生成する瞬間を直接「観る」ことは、化学者の長年の夢です。原子と原子の間隔は100ピコメートル(1ピコメートル=1兆分の1メートル)という極めて微小なサイズで、原子と原子の結合はピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)以下という極めて短い時間で進行します。化学者はこれまで、「ピコメートル」と「ピコ秒」という二つの「ピコ」の壁に阻まれて、フラスコの中で進行する化学反応を眺めながら、原子と原子が結合する瞬間を頭の中で想像するしかありませんでした。
研究内容と成果
原子同士が結合して新しい分子が生まれる瞬間を実際に見るために、本研究グループは水に溶けた金イオンに光を当てると強い結合が生まれる過程に注目しました。溶液中の金―金イオン間には、金イオン同士の親和性によって、ゆるい引力が生じています。特定の金錯体*2ではこの性質により分子同士が集合した状態が生じています。この集合体に光をあてると分子同士が結合し、複雑な構造変化を経て新しい分子が生成されることが予想されていました。しかし、分子同士に結合が生成されるのは一瞬であり、その後に起こる構造変化も非常に速く複雑なため、詳しいことは分かっていませんでした。
本研究では、原子サイズの波長をもつX線を用いX線溶液散乱*3という測定法により、光によって結合が形成される金イオン間の構造を原子レベルで精密に調べました。さらに、強力かつ極めて短時間だけ発光するストロボ光源を使うことにより、高速な反応中の一瞬の状態を切り取って観測しました。分子生成の観測に必要なこれらの条件を満たす光源としてXFEL施設「SACLA」が供給する波長83ピコメートル、発光時間10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)程度という最先端のX線ストロボ光源を利用しました(動画1)。
その結果、光をあてる前の金錯体の集合体は、金イオン同士が折れ曲がった構造を持ち、弱い引力のため集合体としての構造も不安定に揺れていますが(図2, S0状態)、光をあてた瞬間に金イオン間の距離は急激に縮まって強固な直線構造を取ることがわかりました(図2, S1状態)。この構造変化から金―金イオン間に化学結合が形成され新しい分子が誕生したことが分かります。この後、この分子はピコ~ナノ秒の比較的遅い時間スケールにおいて、構造変化を伴いながら(図2, T1状態)金錯体をもう一つ取り込み、さらに新しい分子へと変化します(図2, tetramer状態)。この分子からの発光の色は金錯体を取り込む前と比べて大きく変化するため、発光材料や分子センサーといった光機能材料としての利用も期待されていますが、この機能性の出現は金イオンの数が増えた分子構造の変化に起因することも本研究結果から理解できます(図3)。研究グループは、光を当てた直後のピコ秒以内で起こる化学結合の形成過程についてはSACLAで測定を行い、光機能性を持つピコ~ナノ秒スケールの過程については放射光施設(KEK PF-AR)のストロボX線を用いて測定を行いました。
今後の展開
今回、化学者の夢である原子と原子との間に結合が形成され、新しい分子が生まれる瞬間をX線で捉えることに初めて成功しました。このような新しい測定技術が基礎化学の発展に大きく寄与することは言うまでもありません。特に本研究では、光によって引き起こされる、超高速な化学反応に関する詳細な知見を得ることに成功しています。植物の光合成反応を模倣して光エネルギーを化学エネルギーに変換する人工光合成技術では「光の捕集」・「原子間のエネルギー伝搬」・「触媒部位における化学エネルギーへの変換」が重要な開発要素となっています。人工光合成の実用化のためには、結合状態や分子構造が変化する光励起直後の高エネルギー状態においてこれらの要素を高効率に駆動させる必要があります。今回開発された分子動画撮影法は光エネルギー変換過程を構造的な面から原子レベルで詳細に追跡することが可能なため、人工光合成の技術開発において基盤的観測技術となる手法です。研究グループでは高効率な人工光合成システムの開発に向けて、その設計指針を与えるために分子動画撮影法を駆使して今後も研究を続けていきます。
本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業「さきがけ」、科学研究費新学術領域「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換」の支援を受けて実施されました。
《参考図》
SACLAのパルスX線を使ってストロボ撮影することでフェムト秒の時間スケールで原子の動きを追跡することが可能となった。本研究では光刺激によって化学反応を開始させ、その後高速に変化していく分子構造をストロボ測定して分子動画撮影することで、原子の反応性・結合状態・機能性の変化について観測することに成功した。
光励起前(S0)と光励起後(S1, T1, tetramer)における動径分布関数。横軸は金原子からの結合距離であり、ピークは分子中の金-金間結合距離を表す。
1.弱い引力で形成された集合体では金イオン同士は折れ曲がった構造を持つ(S0)
2.光励起直後、金イオン間に強い化学結合が生成され、金-金間結合距離は減少し直線状の構造を持った新しい分子が生まれる(S1)
3.1.6ピコ秒後、さらに金-金結合間距離が短い構造に変化する(T1)
4.3,000ピコ秒後、金錯体をもう一つ取り込んでさらに新しい構造を持つ分子が生成される(tetramer)。100,000ピコ秒後には化学結合は消失しての元の集合体1.に戻る
《参考動画》
物質にX線を照射すると、物質を構成する原子の電子密度を反映してX線が散乱される。2つの原子からのX線散乱の干渉を2次元検出器で測定すると(スクリーン上の紫縞の位置と強度を測定)、その原子間の距離をピコメートルスケールで直接観測することができる。
金錯体:Au(CN)2は溶液中において集合体として振る舞うが(S0状態)、光をあてた瞬間に金イオン間の距離は急激に縮まって強固な直線構造を持つ分子が誕生する(S1状態)。この後、金原子同士がさらに近づく構造変化を経て(T1状態) 、金錯体をもう一つ取り込んだ機能性の異なる新しい分子へと変化する(tetramer状態)。
《用語解説》
※1 X線自由電子レーザー(XFEL)
原子からはぎ取られた自由な電子を用いて、加速器から得られるX線レーザー。得られるX線は10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)程度と短パルスの光となる。
※2 金錯体
反応性が非常に低い金でも、強い酸化力を持つ分子に取り囲まれると、錯体と呼ばれる化合物として安定に存在することができる。今回実験で使用した金錯体は炭素原子と窒素原子から成るシアノ化物イオン(CN-)が金イオンに2つ直線状に結合したもので、金メッキ材料として古くから使われ、また光化学反応においても注目されている。
※3 X線溶液散乱
溶液中の分子の構造情報を得るための手法の一つ。今回の実験では、溶液試料に短い時間幅のレーザー光を照射し溶液中の分子が光エネルギーを吸収して変化する瞬間のX線溶液散乱データを短パルスX線により収集、測定した。
《問い合わせ先》 (報道担当) 韓国科学技術院(KAIST:Korea Advanced Institute of Science and Technology) 基礎科学研究院(IBS:Institute for Basic Science) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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