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爽やかな青色の花色素を作り出す酵素のしくみを解明 - 青色色素原料との結合状態の観測に世界で初めて成功 -(プレスリリース)

公開日
2015年02月26日
  • BL38B1(構造生物学III)

2015年2月26日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人農研機構

発表のポイント
• 青色の花色素を作る酵素の立体構造と、水溶液中で不安定な色素原料アントシアニジンが結合した様子を世界で初めて解明
• 立体構造情報を利用した組換えタンパク質の作製により、人工的に花の色を変えて市場価値を高めたり、医薬品の候補物質の開発に繋がると期待。

   独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 松浦祥次郎。)原子力科学研究部門量子ビーム応用研究センター分子構造・機能研究グループの廣本武史研究員は、独立行政法人農研機構(理事長 井邊時雄。)花き研究所と共同で、植物の花や果実などの発色を担い、医薬品の原料としても期待される色素“アントシアニン1)を作る酵素の立体構造を明らかにしました。
   チョウマメの花弁に含まれる酵素“Ct3GT-A”2)は、色素の原料となるアントシアニジン3)と結合して青色のアントシアニン色素を作りますが、アントシアニジンが水溶液中で不安定な(分解する)ため、これまで酵素に結合した様子は明らかになっていませんでした。そこで本研究では、アントシアニジンを弱酸性の条件下で安定化(分解を抑制)することにより、Ct3GT-Aと結合した状態を維持することに成功し、高エネルギー加速器研究機構(KEK)放射光科学研究施設フォトンファクトリー4)および大型放射光施設SPring-85)BL38B1を利用したX線結晶構造解析6)により観測しました。これは、アントシアニジンが酵素に結合した様子を世界で初めて観測した例であり、その結合様式から、発色の異なる色素原料を識別する分子メカニズムを明らかにしました。
   本研究成果は、チョウマメに特徴的な青色色素が作られるしくみを理解する上で重要となります。また、今回得られた立体構造は、酵素の色素原料との結合部位に関する詳細な情報を含むため、植物体への導入による花色等の人為的改変や、本色素原料を基にした医薬品候補物質の開発に利用できると期待されます。 本成果は、2015年2月24日(日本時間)に米国の学術誌「Protein Science」オンライン版に掲載されました

(論文)
雑誌名:Protein Science
論文タイトル:"Structural basis for acceptor-substrate recognition of UDP-glucose: anthocyanidin 3-O-glucosyltransferase from Clitoria ternatea"
著者:Takeshi Hiromoto, Eijiro Honjo, Naonobu Noda, Taro Tamada, Kohei Kazuma, Masahiko Suzuki, Micha Blaber, Ryota Kuroki
DOI番号: 10.1002/pro.2630

研究開発の背景と目的
   植物の色素成分であるアントシアニンやフラボノール7)は、色素の原料となる分子に糖が付加された化合物です。Ct3GT-Aは、この糖の付加反応を担っています。これらの物質は、優れた生理活性を示すことでも知られており、食品から医薬品に至るまで幅広い分野で利用されています。また、この糖付加反応を利用すれば、有機低分子の化学的および生物学的性質を変えることが可能です。たとえば、水に溶けにくく医薬品として利用できなかった生理活性物質は、糖の付加によって可溶性や安定性が高まり、医薬品候補物質としての利用が可能となります。
   植物体における糖の付加は、Ct3GT-Aなど糖転移酵素8)によって生じます。糖転移酵素は、糖ヌクレオチド9)から色素の原料となる分子の水酸基やアミノ基、カルボキシル基などに糖を転移する反応を触媒します。近年、チョウマメ(図1A)に特徴的なアントシアニン色素であるテルナチンの生合成に関わる糖転移酵素として、Ct3GT-A、Ct3GT-BおよびCt3′5′GTが見出されました(図1B)。Ct3GT-BおよびCt3′5′GTは、Ct3GT-Aに対して極めて高いアミノ酸配列の相同性を示す類縁タンパク質であり(Ct3GT-B:92%の配列が一致、Ct3′5′GT:87%の配列が一致)、色素原料の活性化(脱プロトン化10))に必須のアミノ酸残基(触媒残基)をともに保持しています。しかしながら、その色素原料の選択性には大きな違いがあり、Ct3GT-Aの立体構造を知ることは、類縁のCt3GT-BおよびCt3′5′GTの選択性の違いを理解することにも繋がります。
   そこで本研究では、アントシアニジンに対して高い糖転移活性を示すCt3GT-Aの立体構造を決定すると共に、色素原料との結合部位についての構造情報の取得を試みました。

図1.(A)チョウマメの花 (B)チョウマメの花色素テルナチンの生合成経路
図1 (A)チョウマメの花 (B)チョウマメの花色素テルナチンの生合成経路

研究の手法と成果
   チョウマメの花弁に含まれるCt3GT-Aは、デルフィニジンなどのアントシアニジンに対して高い糖転移活性を示す酵素です(図2)。これまで、水溶液中で不安定なアントシアニジンが結合した酵素-基質複合体の立体構造は報告されていませんでした。水溶液中での不安定さは、アントシアニジンの1位11)の酸素原子がプラスの電荷を持つためと考えられます。そこで本研究では、2種類のアントシアニジン、デルフィニジンあるいはペチュニジンを有機溶媒に溶解した後、速やかにタンパク質結晶を含む水溶液中に添加すること、またスクリーニングにより見出した弱酸性の結晶化条件を用いることで、デルフィニジン複合体とペチュニジン複合体の立体構造の決定に成功しました(図3A、3B、3C)。これは、酵素に結合した状態で、プラスの電荷を帯びたアントシアニジンの分子構造を世界で初めて明らかにした例になります。
   一方、フラボノールの一種で、アントシアニジンとは発色の異なるケンフェロールに対する糖転移活性は、デルフィニジンに比べて約20倍も低いことが分かりました。フラボノールに特徴的な4位のカルボニル基が、Ct3GT-Aへの結合の障害になるためと考えられます(図2)。そこでケンフェロールとの複合体の立体構造を決定し(図3D)、両者の結合した状態を比較してみましたが、その結果は予想とは異なり、デルフィニジンとケンフェロールの結合様式に大きな違いは見られませんでした。
   一般に、基質と酵素の関係は「鍵」と「鍵穴」の関係に例えられ、酵素(Ct3GT-A)は基質となる分子(アントシアニジンやフラボノール)の構造の違いを見分けていると考えられています。しかしながら、本解析の結果、Ct3GT-Aはアントシアニジンとフラボノールの構造の違いを識別しているのではなく、むしろ両者に共通の構造を認識していることが分かりました。このことから、異なる糖転移活性を示す理由の一つとして、糖が付加される3位水酸基の脱プロトン化のしやすさが影響していると考えられます。実際、プラスの電荷を帯びたアントシアニジンの3位水酸基はフラボノールよりも脱プロトン化しやすいことが、計算科学的手法に基づき提案されています。以上の知見から、Ct3GT-Aの基質認識は酵素としてはむしろ寛容であり、様々な低分子化合物への糖の付加を可能とする人工酵素をデザインする上で、有用な土台になると期待されます。

図2.色素原料の化学構造と糖転移活性
図2.色素原料の化学構造と糖転移活性

単環上の置換基の種類と数により、それぞれ異なる色調を発現する。糖転移活性は、デルフィニジンに対する相対値を示している。

図3.小腸上皮細胞の電子顕微鏡像(i)と、赤い枠で示した部分の拡大像(ii)
図3.Ct3GT-Aの立体構造と色素原料結合部位

(A)タンパク質部分(黄色)に糖ヌクレオチドの一部(炭素原子を白色)とアントシアニジンの一種、デルフィニジン(炭素原子を濃紺)が結合している様子を示す。また、デルフィニジン複合体(B)、ペチュニジン複合体(C)、ケンフェロール複合体(D)の各色素原料結合部位の拡大図を示す。色素原料を囲んでいる網(紺色)は、本解析により得られた“電子密度”を示している。それぞれ異なる糖転移活性を示すにもかかわらず、糖が付加される3位の水酸基は、His-Asp触媒二残基12)と同様に相互作用している。


今後の期待
   本研究成果のポイントは、放射光を利用したX線結晶構造解析により、水溶液中で不安定なアントシアニジン(デルフィニジンおよびペチュニジン)が酵素に結合した様子を世界に先駆けて明らかにしたことです。また、糖転移活性の異なるアントシアニジンおよびフラボノールが同じ様式で結合していたことから、Ct3GT-Aによるアントシアニジン選択的な糖転移反応が、同分子の脱プロトン化しやすい性質に由来することが示されました。
   今後、異なる色素原料を基質とする類縁タンパク質との構造比較により、その選択性の改変に必要な結合部位の人工的デザインが可能になります。つまり、目的とする糖転移活性を有する組換えタンパク質13)の作製により、発色の異なる色素の合成、あるいは本色素原料を基にした医薬品候補物質の開発が可能となります。また、組換えタンパク質を植物体内で機能させることにより、花の色など植物体の色を改変する技術の開発にも繋がると期待されます。

   日本原子力研究開発機構のプレス発表はこちらをご覧ください。


《用語解説》
1) アントシアニン

   植物に広く分布する色素成分の一種で、赤~紫~青色を呈する。色素の原料となるアントシアニジンに、糖や糖鎖が様々なパターンで結合した分子の総称。

2) Ct3GT-A
   チョウマメ(Clitoria ternatea)の花弁に含まれるUDP-glucose: anthocyanidin 3-O-glucosyltransferaseの略称。同植物に含まれるアミノ酸配列のよく似たタンパク質を、それぞれの糖転移活性に因んでCt3GT-BおよびCt3′5′GTと呼ぶ。

3) アントシアニジン
   プラスの電荷を帯びた、3つの環構造からなる分子(図2)。単環上の置換基の種類と数により、それぞれ異なる色調を発現する。

4) フォトンファクトリー(PF)
   茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構に設置された大型放射光施設。本研究では、PF構造生物ビームライン(BL6A)に設置されていた回折計を利用した。

5) SPring-8
   兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。本研究では、構造生物学ビームラインIII(BL38B1)に設置されている回折計を利用した。

6) X線結晶構造解析
   酵素を含め、タンパク質分子の形(立体構造)を詳細に決定する実験方法。対象となるタンパク質の単結晶を作製し、X線を照射することによって、その立体構造を原子レベルで決定することができる。

7) フラボノール
   4位にカルボニル基を有する、3つの環構造からなる分子(図2)。単環上の置換基の種類と数により、それぞれ異なる色調(白~黄色)を発現する。

8) 糖転移酵素
   糖ヌクレオチド(糖供与体)から糖部分を切り離し、他の分子(糖受容体)の水酸基やアミノ基、カルボキシル基などに付加する反応を触媒するタンパク質の総称。

9) 糖ヌクレオチド
   糖転移反応における糖の供給源。ヌクレオチドがグルコースなどの単糖と結合することにより、糖部分が反応しやすい状態になる。

10) 脱プロトン化
   置換基からプロトン(H+)を引き抜き、マイナスの電荷を生成する反応。

11) 1位、3位、4位
   化合物中の置換基の位置を示す番号。

12) His-Asp触媒二残基
   糖転移酵素において、ヒスチジン側鎖とアスパラギン酸側鎖が水素結合を形成し、糖受容体の脱プロトン化を担う。

13) 組換えタンパク質
   ある生物種に由来するタンパク質を人為的に別の生物種の細胞に作らせたタンパク質分子。



《問い合わせ先》
(研究内容について)
独立行政法人日本原子力研究開発機構 原子力科学研究部門 量子ビーム応用研究センター
量子ビーム機能性分子解析技術研究ユニット ユニット長 黒木 良太
TEL:029-282-5906, FAX:029-282-5822

(報道担当)
独立行政法人日本原子力研究開発機構 広報部報道課長  中野 裕範
TEL:03-3592-2346, FAX:03-5157-1950

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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