大型放射光施設 SPring-8

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磁気秩序相の背後に潜む電荷の不安定性による新奇な量子相転移の発見 (プレスリリース)

公開日
2015年02月27日
  • BL39XU(磁性材料)

国立大学法人東京大学
国立大学法人名古屋工業大学大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人広島大学
国立大学法人九州工業大学
国立大学法人高知大学

研究成果のポイント
•10万気圧級の高圧力と極低温、高磁場を複合的に制御した極限環境下において、スピンおよび電荷(価数)の自由度注1に起因する相転移を発見
大型放射光施設SPring-8注2を利用して価数状態の温度および圧力変化を精密測定
価数揺らぎの量子臨界現象注3に関する新たな知見

   電子がもつスピンや電荷(価数)の自由度による秩序状態は温度のみならず圧力や磁場を加えることによっても制御することができます。その秩序状態が絶対零度付近まで抑制された場合、量子揺らぎ注4の発達により量子臨界現象注4とよばれる異常な金属状態や非従来型超伝導などの現象が観測されることがあります。スピン自由度の量子臨界現象に関する実験および理論的研究は成熟期を迎えつつあるのに対し、価数の自由度による量子揺らぎの本質については未解明な点が多く残されています。    東京大学物性研究所の松林和幸助教と上床美也教授らの研究グループは、名古屋工業大学、高輝度光科学研究センター、広島大学、九州工業大学、高知大学と共同で、希土類金属間化合物YbNi3Ga9(Yb:イッテルビウム、Ni:ニッケル、Ga:ガリウム)について、圧力誘起磁気秩序(圧力を加えることによって誘起される磁気秩序)が出現する圧力付近で、価数クロスオーバー注3と価数揺らぎの量子臨界現象が関係した磁化の急激な増大を観測することに成功しました。    本研究の成果はスピン揺らぎの理論では理解できなかった非従来型の量子臨界現象において価数の不安定性が果たす重要性を示すものであり、新しい量子臨界現象の起源を解明する上で重要な指針を与えることが期待されます。本研究の成果は2015年2月24日発行の米国物理学会が発行する「Physical Review Letters」に掲載されました。

(論文)
雑誌名:Physical Review Letters (2月24日オンライン掲載)
論文タイトル:"Pressure-Induced Valence Crossover and Novel Metamagnetic Behavior near the Antiferromagnetic Quantum Phase Transition of YbNi3Ga9"
著者:K. Matsubayashi*, T. Hirayama, T. Yamashita, S. Ohara, N. Kawamura, M. Mizumaki, N. Ishimatsu, S. Watanabe, K. Kitagawa, and Y. Uwatoko
DOI番号: 10.1103/PhysRevLett.114.086401

研究の背景・先行研究における問題点
   電子系の自由度(電荷、スピン、軌道)に起因する多彩な相転移現象を理解することは固体物理学の主要なテーマの一つであり、またその相転移現象を室温付近で制御することは応用の観点から重要な問題です。一方で、有限温度で起こる相転移が極低温へと抑制されたときには、熱揺らぎが抑えられることで量子揺らぎが顕在化し、室温付近とは異なる不思議な現象が観測されます。ここで、電子系の自由度に起因する相転移温度を実験的に制御することは、高圧力や高磁場を用いることによって実現可能です。絶対零度における相転移は量子相転移注4と呼ばれ、その近傍では量子揺らぎを反映した量子臨界現象とよばれる異常な金属状態や非従来型超伝導などの興味深い現象が観測されます。従来の実験および理論的研究の多くはスピン自由度に着目したものでしたが、近年、スピン揺らぎによる量子臨界現象の枠組みから逸脱した新しいタイプの量子臨界現象を示す物質が(特にf 電子系注5物質において)相次いで発見されました。その起源をめぐってはいくつかの仮説が提唱されていましたが、その中の有力な候補となる臨界価数揺らぎの理論では、価数の1次相転移の終端点(臨界点)が低温まで抑制されたときに顕在化する臨界価数ゆらぎの重要性が指摘されていました。同理論では価数転移注3の量子臨界点は磁場によって制御されることが予言されていましたが、その実験的検証に成功した例はほとんどありませんでした。精密な測定が可能な磁場範囲内において上記の振る舞いを観測するためには、高圧力などを用いて量子臨界点近傍に対象物質をチューニングすることが必要とされます。しかし、極低温、高圧力および高磁場という実験条件下での精密物性測定は大変困難なテーマでした。

研究内容
   本研究では非磁性のイッテルビウム化合物であるYbNi3Ga9の圧力効果に着目しました。常圧におけるイッテルビウムイオンの価数は2価(非磁性)と3価(磁性)の中間価数状態注1をとりますが、高圧力を加えることによって3価状態へと近づくとともに磁気秩序が誘起されることが期待されます。本研究グループは、10万気圧級の高圧力を用いることでYbNi3Ga9において圧力誘起磁気秩序を発見し、さらにその臨界圧力に近づくとともにイッテルビウムの価数が3価状態へと連続的に変化していくことをX線吸収分光測定注6によって明らかにしました。これらの結果は、良質な試料と、独自に開発した圧力装置(図1)および大型放射光施設SPring-8 BL39XUの高輝度X線と高精度計測技術を利用することで初めて実現しました。さらに、極低温、高圧、磁場を組合せた多重極限環境下における精密な物性測定から、圧力誘起磁気秩序が出現する圧力よりもわずかに低圧側の非磁性相(常磁性金属相)において、磁化の急激な増大が発現することを発見しました。また、磁場依存性における履歴現象(ヒステリシス)の存在と磁場中における磁化率の温度依存の発散的振る舞い(無限大へと増大する振る舞い)から、発見された磁化の急激な増大は1次相転移であり、その相線は臨界点をもって終端することがわかりました(図2)。また熱力学的な関係式の解析によって、メタ磁性の起源としてイッテルビウムの価数転移が生じている可能性を見出しました。この結果は、イッテルビウムの価数の揺らぎ、すなわちf電子の電荷移動の揺らぎが発散する(無限大となる)臨界点で、スピンの一様な揺らぎを表す磁化率も同時に発散する(無限大となる)という、臨界価数揺らぎの理論が予言した新現象を直接観測したものと考えられます。これらの実験事実は、価数クロスオーバー領域において磁場を加えると価数の1次相転移が誘起されるという理論予測とも一致しており、磁気転移点近傍に潜む価数の不安定性の存在を示す重要な結果であると考えられます。

社会的意義・今後の予定
   本研究で見出された価数クロスオーバーおよび価数の不安定性に起因する1次のメタ磁性転移の発見は、非従来型の量子臨界現象を理解する上で、臨界価数揺らぎの効果が重要な鍵となっていることを強く示唆しています。また、1次相転移の臨界点が絶対零度近傍に抑制された際に、顕著な量子効果とあいまってどのような臨界現象を示すかはそれぞれの物質系の詳細によらない普遍的な問題であるため、さらなる研究の発展が期待されます。さらに、価数転移の量子臨界点近傍では超伝導相関が発達するという理論的予言もあり、非従来型の量子臨界現象の全貌の解明にむけて今後の活発な研究の展開が予想されます。    なお、本研究は、SPring-8 長期利用課題「X線分光法による臨界価数ゆらぎによる新しい量子臨界現象の実験的検証」(実験責任者:渡辺真仁 九州工業大学 准教授、課題番号:2012B0046, 2013A0046)の一環として行われました。


《参考図》

図1 10万気圧級の高圧力が発生可能な圧力装置と試料室内の様子
図1 10万気圧級の高圧力が発生可能な圧力装置と試料室内の様子

(a) キュービックアンビル セル(電気抵抗測定に使用)
(b) 対向アンビル型セル(交流磁化率測定に使用)
(C)ダイヤ モンドアンビルセル(X線吸収分光測定に使用)


図2
図2 温度、圧力、磁場を複合的に制御した多重極限環境下での実験から明らかとなったYbNi3Ga9の状態を示した図(相図)。

磁気秩序はPc(~9万気圧)以上の高圧、TN(~数ケルビン)以下低温領域において出現する。また、Pcよりもわずかに低圧側の非磁性相ではHm(~0.7テスラ)において磁化の急激な増大(メタ磁性)が発現することを発見。1次相転移線(赤の中白の四角のデータを結んだ線)が昇温につれて臨界点(赤塗りの四角)で終端している。


《用語解説》
注1 スピン、電荷(価数)の自由度中間価数状態

   電子は負電荷を帯びており、量子力学的な内部自由度として、上向きスピン状態、下向きスピン状態をもちます。たとえばYb原子の最外殻電子配置は4f146s2であり、Yb3+イオンは4f13の電子配置となります。このときYbの価数は3価であり、スピンをもっています(磁性状態)。一方、固体中でYbの価数は2価となる場合もあり、このとき4f14の電子配置が実現して閉殻となるので、全体としてスピンが打ち消しあった状態(非磁性状態)となります。量子力学的な効果によって、固体中のYbの価数は2価と3価の間の非整数値をとる場合があり、これを中間価数状態とよびます。

注2 大型放射光施設SPring-8
   兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来しています。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、基礎科学研究をはじめ、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

注3 価数揺らぎの量子臨界現象 / 価数クロスオーバー価数転移
   圧力や磁場などを変化させたときに、元素イオンの価数が不連続に変化する相転移現象を価数転移とよびます。YbやCe(セリウム)などの希土類物質が示す価数転移では一般に結晶の対称性を保持したまま、1次の価数転移の臨界点が存在し、そこでは価数の揺らぎが臨界的に発散する(無限大になる)ことが知られています。その臨界点が絶対零度まで抑制された場合には価数転移の量子臨界点が実現し、発散する量子臨界価数揺らぎにより、磁化率が発散し、電気抵抗率や電子比熱係数などの物理量が新しいタイプの温度依存性を示すことが理論的に示されており、これらの現象を価数揺らぎの量子臨界現象とよびます。また、圧力や磁場などを変化させたときに元素イオンの価数が連続的に変化することを、価数クロスオーバーとよびます。

注4 量子揺らぎ量子相転移量子臨界現象
   たとえば水は常温では液体(水)、高温では気体(水蒸気)、低温では固体(氷)となりますが、これらの状態のことを相とよびます。ある相が別の相へ変化することを相転移とよび、温度変化による相転移は熱揺らぎによって生じます。一方、絶対零度で圧力や磁場などを変化させることにより生じる物質の相転移は、量子力学的な揺らぎ、すなわち量子揺らぎによって生じ、量子相転移とよびます。物質の温度を下げて量子相転移点に近づくと、相転移に伴う量子揺らぎが増大し、比熱などの物理量が特異な温度依存性を示す場合があります。その揺らぎを量子臨界揺らぎとよび、その特異な現象を量子臨界現象とよびます。 

注5 f 電子
   固体中の電子が原子核の周りを回るとき、その空間分布(電子軌道)はs, p, d, fといったラベルで分類されます。このうち、f 軌道に収容された電子、すなわちf 電子は他の軌道の電子に比べて原子核近傍に引き寄せられており、物質の磁気的な性質等を特徴づける重要な役割を果たします。 

注6 X線吸収分光測定
   試料にX線を照射すると、試料に含まれる元素に固有なエネルギーのX線が吸収されます。照射するX線のエネルギーを変えながら物質による吸光度を測定する実験方法で、注目した原子周辺の局所的な構造(配位環境や配位数、および結合距離)や化学状態(価数や結合状態)を知ることができます。 



《問い合わせ先》
東京大学物性研究所
助教 松林和幸
TEL:04-7136-3518 
E-mail:mail1

東京大学物性研究所
教授 上床美也
TEL/FAX: 04-7136-3330
E-mail:mail2

名古屋工業大学大学院工学研究科
教授 大原繁男
TEL: 052-735-5156 FAX:052-735-5503
E-mail:mail3

高輝度光科学研究センター利用研究促進部門
副主幹研究員 河村直己
TEL: 0791-58-2750 FAX:0791-58-0830
E-mail:mail4

高輝度光科学研究センター利用研究促進部門
副主幹研究員 水牧仁一朗
TEL: 0791-58-2750 FAX:0791-58-0830
E-mail:mail5

九州工業大学工学研究院基礎科学研究系
准教授 渡辺真仁
TEL/FAX: 093-884-3401
E-mail:mail6

高知大学教育研究部自然科学系
講師 北川健太郎
TEL/FAX 088-844-8287
E-mail:mail7

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp