大型放射光施設 SPring-8

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分子からなる超伝導体の転移温度を最大にする方法を発見 ~新しい高温超伝導体開発への道を開く~(プレスリリース)

公開日
2015年04月18日
  • BL10XU(高圧構造物性)

2015年4月18日
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
東京大学大学院工学系研究科
科学技術振興機構(JST)

本研究成果のポイント
• 新しい物質の状態―ヤーン-テラー金属―の発見。局在性と金属性がフラーレン分子上で共存
• ヤーン-テラー金属から発生する型破りの超伝
• 電子の局在性と金属性のバランスが、高い超伝導転移温度を生み出す

   東北大学原子分子材料科学高等研究機構のコスマス・プラシデス教授(元日本-EU超伝導研究プロジェクトEU側代表者)、東京大学 大学院工学系研究科 岩佐義宏教授(同研究プロジェクト日本側代表者)の研究グループは、分子からなる物質の中で最高の転移温度を有する一群のフラーレン(C60*1超伝導体*2の電子状態を解明することによって、超伝導転移温度(Tc)*3が最大になる条件を明らかにし、性能指数の高い新規超伝導開発につながる指針を得ました。 本成果は、米国東部時間の4月17日、米国の科学雑誌Science Advances誌に掲載される予定です。

出版情報:
Title: "Optimized unconventional superconductivity in a molecular Jahn-Teller metal"
Authors: Ruth H. Zadik, Yasuhiro Takabayashi, Gyöngyi Klupp, Ross H. Colman, Alexey Y. Ganin, Anton Potočnik, Peter Jeglič, Denis Arčon, Péter Matus, Katalin Kamarás, Yuichi Kasahara, Yoshihiro Iwasa, Andrew N. Fitch, Yasuo Ohishi, Gaston Garbarino, Kenichi Kato, Matthew J. Rosseinsky, and Kosmas Prassides
Journal: Science Advances, vol. 1, article number: e1500059 (2015)
DOI: 10.1126/sciadv.1500059

研究の背景・内容
 金属は電気を伝える媒体として利用されますが、その過程で電気抵抗によりエネルギー損失が起こります。超伝導体は電気抵抗を持たないためエネルギー損失なく電気を運ぶことが可能で、そのためできるだけ高い温度で超伝導になる物質の開発が急務とされています。多くの超伝導体は原子を構成単位とする物質群ですが、分子を構成単位とする超伝導体も知られています。その中でも、同グループは炭素原子60個からなる分子「フラーレン」を構成単位とする物質が分子性物質の中で最高の転移温度38Kを示すことを2008年に発見しました(Nature Materials誌掲載)。その後、この超伝導が磁性を持った絶縁体相に隣接していること(2009年、Science誌掲載)、結晶形によらず圧力によって超伝導転移温度が制御されること(2010年、Nature誌掲載)を明らかにしました。さらに、隣接する絶縁体状態では、C60分子がヤーン-テラー効果*4と呼ばれるひずみを起こしていることも明らかにしてきました(2012年、Nature Communications誌掲載)。
以上に述べた38Kの超伝導転移温度や、磁性絶縁体*5から超伝導への転換などの顕著な物性はすべて高圧下のみで観測されるため、詳細な電子状態の解明は未解決のまま残されていました。今回の国際共同研究では、Cs3-xRbxC60という組成の化合物の合成に初めて成功し、磁性絶縁体から超伝導への転換を常圧の状態で実現することに成功しました。その結果、詳細な物性研究が初めて可能になり、以下の新しい知見が得られました。すなわち、38Kにおよぶ高温の転移温度を有する超伝導体においては、分子の特性と固体の特性が均衡しているため、通常の金属状態とは異なり、ヤーン-テラー金属と呼ばれる特殊な状態を形成していることが明らかになりました。このバランスを最適化することによって最高の転移温度が実現しているという知見は、新しい分子性超伝導の開発をさらに後押しするものになっています。
以上の成果は、東北大学/英国ダーラム大学プラシデス研究室、東京大学岩佐研究室、スロベニア・リュブリアナ大学アーチョン研究室、ハンガリー科学アカデミーのカマラシュ研究室、リバプール大学のロゼインスキー研究室との共同研究として行われ、SPring-8およびフランスESRFという2つの放射光施設での実験が重要な役割を果たしました。この成果は、米国東部時間の4月17日、米国の科学雑誌Science Advances誌に掲載される予定です。

付記事項
本研究成果は、JST国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同プログラム)SICORP日本-EU(欧州委員会研究イノベーション総局 (EC DG RTD))共同研究「超伝導」、the UK Engineering and Physical Sciences Research Council、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「磯部縮退π集積プロジェクト」、the Hungarian National Research Fundの支援を受け実施されました。


《参考図》

フラーレンC60超伝導体の、3次元的な結晶構造。
図1 フラーレンC60超伝導体の、3次元的な結晶構造。

フラーレン分子は60個の炭素原子からなり、切頭正二十面体(サッカーボール)型の分子である。これが規則正しく3次元的に配列した結晶構造を有する。


図2 C60分子間距離の変化によるフラーレンの電子状態の変化
図2 C60分子間距離の変化によるフラーレンの電子状態の変化

右:分子が歪んだ状態で固定されており、電子は分子から分子へ飛び移れず、電気的に絶縁の状態(モット-ヤーン-テラー絶縁体)。分子歪みに由来して3つの軌道の縮退が解け、電子は下の準位から詰まっていく。中:電子が分子間を移動し、それに合わせて分子が時間的に歪んだ状態(ヤーン-テラー金属)。真ん中の軌道にある電子が移動できる。この状態で超伝導転移温度が最高になる。左:分子は歪んでおらず、電子は分子から分子へと自由に伝わってゆく状態(通常の金属)。3つの軌道は同じ準位にあるため、3つの電子は均等に配置されている。右の状態で分子間距離が最も長く、分子間距離が小さくなると中→左と変化してゆく。


図3 フラーレン固体の電子相図
図3 フラーレン固体の電子相図

C60分子1個当たりの占める体積(横軸、C60分子間距離)と温度(縦軸)平面上でのフラーレン固体(左上挿入図)の電子状態。右端の一番分子間距離の大きい状態が、分子のひずんだモット-ヤーン-テラー絶縁体状態。分子間距離が小さくなると、分子のひずんだヤーン-テラー金属状態となり、超伝導が現れ、超伝導転移温度(Tc)は最大値をとる。さらに分子間距離が小さくなると、分子ひずみのない通常の金属状態となり、超伝導転移温度も低下してゆく。


《用語説明》

(*1) フラーレン(C60
60個の炭素原子がサッカーボール状に結合した球状分子。1970年に大澤映二により予言され、1985年にKroto, Curl, Smalley により発見された。日本国内で工業的な大量生産が開始されており、安価・大量に入手可能な「ナノ物質」の代表。より多くの炭素からなる高次フラーレンや、内部に金属を含む金属内包フラーレンが存在する。近年では、さまざまな化学修飾により、性能・性状を特化させた機能性フラーレンの開発が進んでいる。
参考情報[東大式現代科学用語ナビ]

(*2) 超伝導(体)法
電気抵抗がゼロになる現象を超伝導(ちょうでんどう superconductivity)、超伝導状態にある物質を超伝導体(superconductor)と呼ぶ。絶対零度(−273.15 ℃)に近い非常に低い温度に冷却すると比較的多くの物質が超伝導状態になるが、温度の上昇とともに超伝導の性質を失い、例えば、絶対温度で20度(約−253℃)においてもなお超伝導状態を維持できる物質は非常に限られ、現時点において室温で超伝導になる物質は見つかっていない。物理学分野では「超伝導」と表記することが多いが、特に電気工学分野では「超電導」と書かれることがある。オランダの物理学者ヘイケ・カメルリング・オンネスは1908年に世界で初めてヘリウムの液化に成功し、これを利用して、低温における電気伝導等の物性測定を開始した。1911年、水銀の電気抵抗を冷却しながら測定していると、絶対温度で4.2度(−268.95℃)で突然電気抵抗がゼロとなり、ここに人類は初めて超伝導という現象の存在を知ることとなった。1986年にチューリッヒIBM研究所のJ. G. ベドノルツとK. A. ミュラーが銅酸化物を基本とする新しい超伝導体(高温超伝導体)を発見したことをきっかけとして、超伝導となる温度(次の*3で解説)が飛躍的に高くなり、いわゆる超伝導フィーバーが巻き起こった。超伝導体は電気をロスなく遠方まで運ぶことが可能であり、エネルギー問題を解決する有力な候補として、より高温で超伝導になる物質の探索が続けられている。

(*3) 超伝導転移温度(Tc
物質を低温へと冷やしていき、超伝導状態になる温度(超伝導体を温めていき、超伝導状態を失う温度)を臨界温度Tcと呼ぶ。上記*2の解説のとおり、超伝導が初めて発見された水銀のTcは絶対温度で4.2度、J. G. ベドノルツとK. A. ミュラーが発見した銅酸化物系超伝導体のTcは絶対温度で約35度であった。現在Tcが液体窒素の温度(−196 ℃、絶対温度77度)を超える銅酸化物系超伝導体が複数知られ、実用的な応用の幅も広がっている。2008年に東京工業大学の細野秀雄教授らが鉄を含む酸化物が基本となる超伝導を発見し大きな注目を集めているが、現時点までに絶対温度56度のTcが報告されている。

(*4) ヤーン-テラー効果
例えばある物質の結晶格子が正八面体の形を持っている場合、その中に含まれる原子や電子の配置を考えなければ、6つ存在するどの頂点も等価であるはずである。しかし、実際の物質、特にd電子と呼ばれる電子を持っている物質の場合、このd電子の軌道が非対称的に存在するため、その電気的な偏りの効果のために、例えば正八面体のある頂点方向に伸び、その垂直方向に縮み、結果として、自発的に結晶格子が歪むことがある。このような効果を、その存在を理論的に証明したハーマン・ヤーンとエドワード・テラーの名にちなんでヤーン-テラー効果と呼んでいる。この効果によって結晶格子が歪むと、電子のエネルギー状態にも変化が生じ(縮退が解け)、新奇物性をもたらすことがあり、物性研究における最も重要な現象の一つとして認識されている。

(*5) 磁性絶縁体
電荷の流れ(電流)はなく絶縁体として分類されるが、電荷が持つスピンの流れ(スピン流)が存在し、磁気的性質を発現する物質。近年、スピン流の測定方法が確立されたことにより磁性絶縁体の物性の解明が進み、新奇特性の発見もなされ、デバイス応用が期待されている。



《お問い合わせ先》
〈研究に関すること〉
英語でのお問い合わせ
Prassides Kosmas (プラシデス コスマス)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 教授
TEL : 022-217-5994
E-MAIL :mail1
URL: http://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/prassides_labo/

日本語でのお問い合わせ
岡﨑宏之(オカザキ ヒロユキ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 助教
TEL : 022-217-5953/5954
E-MAIL :mail2

岩佐義宏(イワサ ヨシヒロ)
東京大学大学院工学系研究科・附属量子相エレクトロニクス研究センター教授・センター長
TEL : 03-5841-6828
E-MAIL :mail3

〈報道担当〉
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 広報・アウトリーチオフィス
TEL : 022-217-6146
E-MAIL :mail4

〈JST事業について〉
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〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町

中島 英夫(ナカジマ ヒデオ)
TEL : 03-5214-7375
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(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
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