超高密度のシリカがなぜ月や火星起源の隕石中に存在するのか? 〜天体衝突条件の解明で宇宙の歴史に迫る〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年05月11日
- BL04B1(高温高圧)
2015年5月11日
九州大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)
九州大学大学院理学研究院の久保友明(くぼ ともあき)准教授と加藤工(かとう たくみ)教授は、公益財団法人高輝度光科学研究センターの肥後祐司(ひご ゆうじ)研究員、舟越賢一(ふなこし けんいち)客員研究員らとの共同研究で、シリカ(SiO2)の超高圧相(※1)であるザイフェルタイト(※2)が従来予想されていたよりも非常に低い圧力で形成されることを世界で初めて明らかにしました。この知見は、これまで謎であった月や火星起源の隕石中に何故ザイフェルタイトが存在するのかという問題を解明するだけでなく、太陽系内の天体衝突条件を探る上でも新たな指標となる重要な発見です。 掲載論文: |
背景
シリカ(SiO2)は石英・水晶としてよく知られる地球表層に多く存在する身近な鉱物ですが、月や火星起源の隕石には超高圧環境でしか形成されないシリカ高圧相が発見されることがあります。これは天体が月や火星に衝突した際の激しい衝撃で高い圧力が発生し、月や火星表層にあったシリカ鉱物が高密度な高圧相に変化したものです。このような高圧相の存在は過去に月や火星で起こった隕石衝突の痕跡となる重要な情報です。その中でもザイフェルタイトと呼ばれるシリカの超高圧相には大きな謎がありました。ザイフェルタイトは約100万気圧以上の超高圧力下で安定に存在する鉱物(図1)ですが、月や火星起源の隕石がそれほどの高圧力が発生する大規模衝突によって形成されたとは考えられないからです。
内容
研究グループは、なぜ月や火星起源の隕石にシリカの超高圧鉱物であるザイフェルタイトが存在するのかを解明するため、月や火星表層に存在するとされるクリストバライト(※3)というシリカ鉱物を用いて高圧実験を行いました。大型放射光施設SPring-8(※4)の高温高圧ビームライン(BL04B1)において、マルチアンビル装置(※5)と呼ばれる高圧発生装置と強力なX線を用いて、クリストバライトが高圧相に変わっていく様子をX線回折法によって数十秒毎に観察しました。その結果、これまで考えられていたよりも非常に低い圧力下(約10-30万気圧)において、ザイフェルタイトが出現することを見出しました(図1)。また同条件下で時間がたつと、最も安定なスティショバイトという鉱物に最終的に変化することが観察されました。このように最も安定な相(スティショバイト)が出現する前に、早く出現できる別の相(ザイフェルタイト)から順番に現れるという反応速度に依存した現象を「準安定相の出現」と呼びます。
これらの実験結果から、高圧相の存在には圧力に加えて時間の条件が重要であることがわかります。つまり、月や火星起源の隕石に存在するザイフェルタイトは、天体衝突という一瞬のイベントにおいて低圧下で準安定に形成され、安定相であるスティショバイトまで反応する時間がなかった、という可能性が明らかになりました。
今回の研究ではザイフェルタイトの安定領域よりも非常に低い圧力下で準安定なザイフェルタイトの形成が観察された。この現象は月や火星起源の隕石に存在するザイフェルタイトの謎を解明する重要な手がかりとなった。
効果
天体が衝突した際に発生する圧力の継続時間は、衝突した天体の大きさに依存します。研究グループは、月や火星起源の隕石に存在するザイフェルタイトの謎を解明するだけでなく、ザイフェルタイトの出現が時間に依存している性質を利用することにより、衝突した天体の大きさを推定することを可能にしました。実験結果によると、準安定のザイフェルタイトが形成されるには少なくとも約0.01秒の時間が必要で、そのためには直径約50m以上の天体が月や火星に衝突したことが推定できます(図2)。
さらに、隕石中のザイフェルタイトの存在から衝突した天体の大きさを推定することが可能となったことで、今後の太陽系内の天体衝突の歴史を解明するための新たな指標となります。
ザイフェルタイトの形成には少なくとも約0.01秒の時間が必要であり、それは約50mの大きさの天体の衝突に相当する。
今後の展開
研究グループは2010年にも同様の実験手法で、同じく月や火星起源の隕石に存在する斜長石と呼ばれる鉱物の高圧相を用いて天体衝突の大きさを制約する指標を提案し、英科学誌「Nature Geoscience」誌に発表しました(T. Kubo et al., Plagioclase breakdown as an indicator for shock conditions of meteorites, Nature geoscience, 3, 41-45, 2010)。二つの指標を組み合わせることによって、天体衝突の際にどの程度の温度圧力がどのくらい継続して発生していたかについてより詳しく調べることができます。
天体衝突現象は非常に短時間の現象であることから、隕石に残された鉱物の反応もその最終段階に達しないまま途中で中断している可能性があり、その多くは解明されていません。本研究のような反応速度論的な検討を行うことで、太陽系内における天体衝突史の解明につながるものと期待されます。
《用語説明》
(※1)高圧相:
化学組成は同じだが構造が異なりより高密度な物質。例えば鉛筆の芯(黒鉛)とダイヤモンドはどちらも炭素からできているが、ダイヤモンドの方が高密度なので、ダイヤモンドは黒鉛の高圧相。
(※2)ザイフェルタイト:
1999年に火星隕石で発見されたシリカの高圧相で、2004年に国際鉱物連合により新鉱物として承認された。2013年には月隕石からも発見された。
(※3)クリストバライト:
1気圧下の高温で安定なシリカ鉱物の一つ(図1では省略されている)。地球や月、火星の火成岩で見られる。
(※4)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す国立研究開発法人理化学研究所の施設で、その管理運営は公益財団法人高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。
(※5)マルチアンビル装置:
8個の立方体アンビル(高圧に耐えうる固い素材)を大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に高圧力を発生させる装置。
《問い合わせ先》 公益財団法人高輝度光科学研究センター (SPring-8に関すること) |
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