燃料電池材料の性能低下原因をマルチプローブで解明 〜燃料電池耐久性改善の応用へ期待〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年05月13日
- BL19B2(産業利用I)
2015年5月13日
東京理科大学
東京理科大学理工学部工業化学科 伊藤 孝憲 客員研究員と井手本 康 教授らの研究グループは、電力中央研究所、名古屋工業大学、高エネルギー加速器研究機構、徳島大学、弘前大学、日本原子力研究開発機構との共同研究により、固体酸化物形燃料電池の電解質材料である安定化ジルコニアの長期アニールによる結晶、局所構造の変化をSPring-8の放射光X線回折、研究用原子炉JRR-3の中性子回折、フォトンファクトリーARのX線吸収スペクトルによって解明しました。 この成果はアメリカ化学会の発行する「The Journal of Physical Chemistry C」に4月1日(現地時間)オンライン掲載されました。 論文情報: |
研究の背景
水素と酸素から発電する燃料電池はクリーンなエネルギーデバイスとして注目されています。その中で電極、電解質を含む全てが固体で構成されているものを固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell: SOFC)と言い、高い温度で作動し、発電効率も高いことから次世代エネルギーデバイスとして期待されています。SOFCが実用化されるには、10万時間程度の作動時間が要求されており、特に電解質の耐久性が重要となっています。この耐久性の評価は、電気化学特性やラマン分光では盛んに行われていますが、原子やイオンの位置を直接的に観測する放射光X線※1、中性子※2を用いた研究はほとんど行われていませんでした。井手本教授らのグループは、SOFC電解質材料である安定化ジルコニアについて、長期加熱時に酸素イオン伝導度が低下する(Zr0.85Y0.15)O2-δ(8YSZ)と低下しない(Zr0.81Sc0.18Ce0.01)O2-δ(10SSZ)を用意し、それぞれ600℃、800℃で2000時間まで長期加熱し、大型放射光施設SPring-8※3のBL19B2用いた放射光X線回折※4、中性子回折、X線吸収スペクトル測定※5を行い、それらのデータから結晶・電子構造解析を行いました。これらの結果を相補的に用いて、酸素イオン伝導度と結晶構造、局所構造の関係について検討しました。
研究内容と成果
放射光X線回折、中性子回折データを用いてリートベルト解析※6、最大エントロピー法解析※7を行いました。その結果、酸素イオン伝導度が低下する8YSZと低下しない10SSZでは、長期加熱によって構成するイオン及びイオン中の電子の集まり方に違いがあることが分かりました(図1)。この局所構造をX線吸収スペクトルにより更に詳しく解析、第一原理計算※8を行い、Zrイオンの位置がずれていることが分かりました(図2)。このように放射光X線回折、中性子回折、X線吸収スペクトルをマルチプローブ※9として相補的に利用し、さらに第一原理計算によってモデルを検することで酸素イオン伝導度は局所的なZrO8の歪みより、長周期的な秩序性が関係していることを明らかにしました。
(a) 8YSZ、(b) 10SSZ。8YSZは長期加熱によってサイト中心に電子が集まり、10SSZでは電子が外側に広がることが分かる。
(a) X線吸収スペクトル、長期加熱と加熱なしの差スペクトルと第一原理計算よりシミュレーションしたスペクトル。
(b) 第一原理計算に用いた構造モデル。Zrイオンをシフトさせることで、差スペクトルが再現される。
今後への期待
このようなイオン伝導度低下の原因解明により今後、SOFCの耐久性改善に応用され、SOFC普及が促進されることが期待されます。また、これらの成果は、放射光回折、中性子回折、X線吸収をマルチプローブとして、量子ビームを相補的に用い、さらに理論計算を組み合わせることによって、これまでに明らかできなかった新しい知見を得ることができることを実証しており、今後の材料研究の有用な手法であることを示しています。
《用語説明》
※1. 放射光X線:
高エネルギーの電子が磁場の中を運動する時に発生する電磁波。高輝度でありエネルギーを変えられることから様々な分析に用いられる。
※2. 中性子:
陽子と共に原子核を構成する無電荷の粒子。水素や酸素などの軽元素でも散乱し分析することができる。
※3. 大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト. に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※4. 回折:
結晶構造の周期的な情報がわかる分析手法。
※5. X線吸収スペクトル:
原子(元素)のまわりの局所構造や電子状態がわかる分析手法。結晶はもちろんのこと、アモルファスや液体にも利用できる。
※6. リートベルト解析:
回折により得られるパターンを結晶構造などに関するパラメーターから計算される回折パターンでフィッティングすることにより、パラメーターを求める方法。
※7. 最大エントロピー法解析:
実験で得られた回折強度データから電子密度分布を可視化する手法。
※8. 第一原理計算:
実験データや経験パラメーターを使わないで理論計算をする方法。
※9. マルチプローブ:
いくつもの分析法(プローブ)を用いて調べること。
《問い合わせ先》 当プレスリリースの担当事務局 (SPring-8に関すること) |
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