超強力X線による極微小プラズマ生成を発見 X線自由電子レーザーを利用したイメージングに重要なメッセージ(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年06月16日
- SACLA BL3
2015年6月16日
東北大学多元物質科学研究所
京都大学大学院理学研究科
広島大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科八尾誠教授・永谷清信助教のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術開発チーム登野健介チームリーダー等による合同研究チームは、原子のクラスター*1にX線自由電子レーザー(XFEL)*2施設SACLA*3から供給される非常に強力なX線を照射すると、ナノメートル*4程度の大きさのプラズマ*5(ナノプラズマ)を生成することを見出しました。 論文情報 |
1.背景
XFELの誕生により、X線領域でレーザー光が利用できるようになりました。XFEL施設は世界でも2カ所でしか稼働しておらず、日本のXFEL施設SACLAを利用した研究は世界中の研究者により活発に進められています。XFELを利用することで、これまで見ることが出来なかった、超高速・超微細な現象を見ることが出来ると期待されています。これを実現するためには、XFELのような超強力X線を物質に照射した時に、物質そのものに何が起こるのかを理解することが重要です。しかし、このような超強力X線と物質との相互作用はこれまで研究されていませんでした。本研究では、X線領域でのレーザー光利用に重要な新規研究分野である超強力X線と物質との相互作用を解明する為、原子の集合体である原子クラスターを試料として、XFEL照射によりどのような応答を示すかを調べました。
2.研究の手法と成果
X線を原子クラスターに照射すると、クラスターを構成する原子の深い内殻軌道*6から電子が放出されて、原子はエネルギーが高く不安定な原子イオンになります。この不安定な原子イオンは比較的浅い軌道の電子を放出することで安定化し、多価原子イオンになります。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、単一クラスター内の複数の原子においてこのような過程が起こり、たくさんの電子を放出します。電子は負の電荷を持つので、残ったクラスターは強く正に帯電していきます。この過程が進行していくと、時間的に遅れて原子から飛び出した電子のうち、エネルギーが低い電子は正の電荷に引き寄せられてクラスターからは飛び出せなくなっていきます。その結果、微小空間内に正の電荷と負の電荷が混在するナノプラズマが生成することが予想されていました(図1)。
本研究では、アルゴン原子クラスターを真空中に導入して、SACLA BL3で得られる超強力X線パルスを照射し、放出される電子の運動エネルギー分布を測定しました(図2)。アルゴン原子の最も深い内殻軌道の束縛エネルギーは3200電子ボルト*7なのに対して、X線光子のエネルギーは5000電子ボルトです。従って、最初に飛び出してくる電子はもっぱら2000~5000電子ボルトの超高速電子で、クラスターから飛び出せなくなることはありません。ここで注目すべきは低エネルギーの遅い電子です。孤立したアルゴン原子にX線を照射する場合には200電子ボルト付近に山が観測されますが、本研究で観測したアルゴン原子クラスターからの電子放出の場合には、200電子ボルトから低エネルギー側の領域が平らになることが分かりました。このことはクラスターに生じた強い正の電荷により電子が減速されていることを示しています。さらに電子が減速されると、クラスターから飛び出せなくなり、ナノプラズマが生成されます。その後、一度は束縛された電子も蒸発するように放出されることがあり、エネルギーの増加とともに単調に収量が減少する低エネルギー電子として観測されます。図2に見られるゼロエネルギー付近の低エネルギー電子は、ナノプラズマの生成を示唆するものです。
(当該論文から改編して転載)
また、観測結果をよく再現する理論計算から、X線照射によって放出される電子の中でも比較的低エネルギーの電子とクラスター内の原子との衝突により放出される2次電子がナノプラズマ生成に主に寄与していることも分かりました。この2次電子放出は物質にX線を照射した時にごく一般的に起こる現象です。
3.今後の展望
今回の研究は、SACLAの強力なX線パルスを原子の集団に照射すると、X線のエネルギーや原子の種類によらず低エネルギー2次電子を大量に放出し、この2次電子が束縛されてナノプラズマを生成する可能性が常につきまとうことを示すものです。このことは、SACLAの強力なX線パルスを用いた物質の構造解析を行う上で、ナノプラズマが生成される反応素過程を正確に知り、考慮したうえで解析を行うことが必要不可欠であることを示しています。超強力X線と物質との相互作用に関する問題をひとつひとつ解決していって初めて、SACLAを用いて、これまで見えなかった超微細・超高速な現象を見ることも可能になると期待されます。
《用語説明》
*1 クラスター
原子・分子が複数個集まって生成した集合体のことをクラスターと呼ぶ。不活性な原子でも弱い分子間力(ファンデルワールス力)により数個から数万個を超えるサイズのクラスターを生成することができ、気体でも固体でもないその中間にある状態。
*2 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。
*3 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
*4 ナノメートル
1メートルの10億分の1。
*5 プラズマ
同じ空間内に正の電荷をもつイオンと負の電荷をもつ電子が混在している状態。気体、液体、固体に次ぐ第4の状態とも呼ばれる。
*6 内殻軌道
原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子核に近い電子軌道を内殻軌道と呼び、内殻軌道に収容されている電子を内殻電子と呼ぶ。
*7 電子ボルト
エネルギーの単位。1電子ボルトは約1.6×10-19ジュール。
《問い合わせ先》 京都大学大学院理学研究科 広島大学大学院理学研究科 理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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