超強力X線誘起電子分子ダイナミクスを解明!-X線自由電子レーザーを利用したイメージングに重要なメッセージ-(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年07月31日
- SACLA BL3
2015年7月31日
東北大学多元物質科学研究所
京都大学大学院理学研究科
広島大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科八尾誠教授・永谷清信助教のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術開発チーム登野健介チームリーダー等による合同研究チームは、重原子(ヨウ素原子)を含む炭化水素分子にX線自由電子レーザー(XFEL)*1施設SACLA*2から供給される非常に強力なX線を照射すると、わずか10フェムト秒(1フェムト秒は千兆分の1秒)のX線パルス幅(照射時間)の間に、分子が変形することを見出しました。重原子を含む分子は、X線を吸収すると次々に電子を放出します。この過程を繰り返して急激に多価イオン*3となることで、分子を構成するイオン化した原子がバラバラに飛び散ります。実験で測定した各原子の運動量の相関を、モデル計算により再現することで、10フェムト秒のX線パルス幅の間に、分子は水素イオンを放出し、重原子と炭素原子との間の距離も10%ほど伸びることが分かりました。 【論文情報】 |
1. 背景
XFELの誕生により、X線領域でレーザー光が利用できるようになりました。XFEL施設は世界でも2カ所でしか稼働しておらず、日本のXFEL施設SACLAを利用した研究は世界中の研究者により活発に進められています。XFELを利用することで、これまで見ることが出来なかった、超高速・超微細な現象を見ることが出来ると期待されています。これを実現するためには、XFELのような超強力X線を物質に照射した時に、物質そのものに何が起こるのかを理解することが重要です。しかし、このような超強力X線と物質との相互作用はこれまで研究されていませんでした。特に、分子の中に重原子が含まれる場合の相互作用は重要です。例えば、タンパク質分子の新規構造を決定する際、タンパク質に重原子を導入して重原子によるX線の異常散乱を観測することは常套手段となっています。また、人工光合成のような光触媒反応でも金属錯体分子が重要な役割を担っています。本研究では、重原子を含む分子のモデル分子としてメタン分子の中の水素原子1個をヨウ素原子に置き換えたヨウ化メチル分子を用いました。この分子がXFEL照射によりどのような応答を示すかを調べることで、超強力X線と重原子を含む分子との相互作用の結果引き起こされる反応素過程を解明することに成功しました。
2. 研究の手法と成果
X線をヨウ素原子に照射すると、ヨウ素原子の深い(エネルギーが高い)内殻軌道*4から電子が放出されて、ヨウ素原子はエネルギーが高く不安定な原子イオンになります。この不安定な原子イオンは比較的浅い(エネルギーが低い)軌道の電子を次々に放出することで安定化し、多価原子イオンになります。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、このような過程が10 フェムト秒のX線照射時間の間に複数回起こり、非常に多価のイオンが生成します。ヨウ素原子が分子の中に含まれる場合でも、X線を照射すると分子中のヨウ素原子は同様に非常に多価のイオンとなり、正の電荷は速やかに分子全体に再配分されます。電荷が再配分されると、それぞれの原子が電荷をもつため、原子イオン間のクーロン反発力によって、分子はバラバラになって飛び散っていきます。この現象はクーロン爆発と呼ばれています(図1)。
本研究では、ヨウ化メチル分子を真空中に導入して、SACLA BL3で得られる超強力X線パルスを照射し、放出される原子イオンの3次元運動量を測定しました。1個の分子から放出される原子イオン同士は運動量保存則を満たすことを用いて、1個のヨウ化メチル分子から生成するヨウ素原子多価イオンと炭素原子多価イオンの運動量の相関を観測することに成功しました(図2)。
ヨウ素原子サイトの電荷上昇時間と分子全体への電荷移動時間を考慮したモデル計算は実験結果をよく再現する。(当該論文から許可を得て改編して転載。Copyright 2015 American Chemical Society.)
また、モデル計算を用いてこの運動量相関の観測結果を再現したところ、ヨウ素原子サイトの電荷上昇に要する時間は約9フェムト秒であるのに対して電荷が分子全体に広がるのに要する時間は約3フェムト秒であること、さらに、わずか10フェムト秒のX線照射時間の間に炭素原子イオンと水素原子イオンとの距離は3倍に広がること、炭素原子イオンとヨウ素電子イオンの距離も10%程度は変化することが見出されました。
3. 今後の展望
今回の研究は、SACLAの強力なX線パルスを、重原子を含む分子に照射すると、10 フェムト秒のX線照射時間内に、分子が多くの電子を失い、結合長も変化することを示すものです。これは、SACLAの強力なX線パルスを用いた物質の構造解析を行う場合、重原子周りで引き起こされる反応素過程を正確に知り、考慮した上で解析を行うことが必要不可欠であることを示しています。超強力X線と物質との相互作用に関する問題をひとつひとつ解決していって初めて、SACLAを用いて、これまで見えなかった超微細・超高速な現象を見ることも可能になると期待されます。
《用語解説》
*1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。
*2 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
*3 多価イオン
多くの電子が剥ぎ取られた原子や分子。
*4 内殻軌道
原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子の外側にある浅い軌道に収容された(ゆるく束縛された)電子は分子を構成する際に分子の結合を担うのに対して、原子の内側にあって分子結合を担うことのない高いエネルギーで束縛された電子の軌道を内殻軌道と呼ぶ。重原子の場合、束縛エネルギーの異なった内殻軌道が複数あり、束縛エネルギーが比較的高い軌道を深い内殻軌道、束縛エネルギーの比較的低い軌道を浅い内殻軌道と呼ぶ。重原子がX線を吸収すると深い内殻軌道にある電子が放出される。
《問い合わせ先》 京都大学大学院理学研究科 広島大学大学院理学研究科 理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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