世界最短波長の原子準位レーザーを実現 -金属銅箔から理想的なX線レーザー光が発生-(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年08月27日
- SACLA
2015年8月27日
国立大学法人電気通信大学
国立研究開発法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人東京大学
国立大学法人大阪大学
国立大学法人京都大学
電気通信大学(学長:福田 喬)、理化学研究所(理事長:松本 紘)、高輝度光科学研究センター(理事長:土肥 義治)、東京大学(総長:五神 真)、大阪大学(総長:西尾 章治郎)、京都大学(総長:山極 壽一)の研究チームは、世界最先端X線自由電子レーザー施設※1「SACLA※2」の技術を利用して、通常の電気配線などに使われるような銅箔が、理想的なX線レーザー光を生成することを世界で初めて見出しました。このレーザーは、硬X線領域で初めて実現された、世界最短波長の原子準位レーザー※3です。 |
XFELであるSACLAの2色発振(左上部、8キロエレクトロンボルト※7 (keV)と9keVの2つの光)と2段集光光学システム(上中央部)を使い、銅箔に照射することで波長が銅のKα線に決まった鋭いスペクトルピークを持つレーザーが発生(下部スペクトル図で、幅の狭いX線が観測されている。)
1. 背景
レーザーの発生方式には、大きく分けて、原子や分子内の電子準位などのエネルギー差を使う方法(原子・分子準位レーザー)と、真空中の自由電子を使う方法 (自由電子レーザー)の二通りがあります。多くの場合前者の方式が用いられますが、X線を含む短波長領域への応用は困難でした。X線領域の原子準位レーザーを実現するためには、原子を取り巻く電子のうち、最も原子核に近い電子を効率的に取り除く必要があるからです。一方で、X線自由電子レーザー(XFEL)の誕生により、1平方センチメートルあたり1019ワットを超すX線強度を達成することができるようになりました。それを使って、固体内部の原子の最も深い準位の電子(もっとも原子核に近い電子)だけをイオン化させて取り除き"空席を作った状態"にすることができます。この空席状態はエネルギー的に不安定な状態なので、同じ原子内の外側の電子が移動してきて空席を埋めますが、その時、エネルギー差に相当する光(Kα線※8)か電子(オージェ電子※9)を放出します。本研究では、この光を出す過程を利用して、X線領域の原子準位レーザーを発振させることに成功しました。(図2)
このレーザーを実現するためには、光を出す上の準位の数と下の準位の数において上が多いようにしなくてはなりません(負温度)。通常は、下準位の密度が圧倒的に多く、レーザーの特徴である“増幅※10”現象は起きません。特に、今回のように原子の中の深い準位の場合は、空席が埋まる速度が非常に速く、1フェムト秒(10-15秒)後には空席がなくなってしまいます。したがって光を増幅できるほど空席を作るためには、桁違いに強い励起強度で電子をたたき出す必要があります。詳細には、励起強度は波長の4乗に反比例するので、波長を10分の1に短縮したレーザーを発振させるためには、10,000倍高い励起が必要になるといえます
本研究では、世界最高性能を誇るX線自由電子レーザー「SACLA」でこの特異な状態を実現し、従来達成された原子準位レーザーの波長を一気に1/10程度まで短くして、1.5オングストローム(Å)という固体中の原子間隔(格子定数)以下の波長で発振させることに成功しました。
2.研究手法と成果
本研究では「SACLA」からのX線を2段集光という方法で100ナノメートル※11程度に集光し、1平方センチメートル当たり1019ワット(W)というこれまでのSPring-8などのX線のよりも10桁以上強い強度のX線を生成しました。このX線を、20ミクロン(1ミクロンは0.001ミリメートル)という薄い銅箔に照射し、銅箔が発光するX線 (Kα線) の特性を計測しました。入射強度が、1平方センチメートル当たり2×1019ワット(W)を超えたところから、指数関数的にKα線の強度が増大することを観測しました(図2)。さらに、この増幅が起きている場所にSACLAからの2本目のX線を入射し発光スペクトルを計測したところ、1.7eVという狭いスペクトル幅において選択的にX線の強度が増大していることがわかりました。これらによって、世界で初めて、硬X線領域の原子準位レーザーの発振が確認されました。
3.今後の展望
今回の研究では、原子から理想的なX線レーザーを発生させることに成功しました。このスペクトルを詳しく調べることによって、 原子準位レーザーの特異な振る舞いの解明が進むと期待されます。 さらに、今後、さまざまな原子を使って、波長が正確に決まったX線レーザーを発振させることができます。このレーザーの媒質のサイズは、たった50ナノメートル(nm)直径で10ミクロン(μm)の長さしか必要としません。さまざまな材料が、 X線レーザーとして利用可能になると期待されます。将来は、これまでみつかった可飽和吸収体や光導波路効果などを併用して、集積化されたデバイスから所望するX線を取り出せる時代が来ると考えています。
<用語解説>
※1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。
※2 SACLA (SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser)
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの発振能力を有する。
詳細はhttp://xfel.riken.jp/
※3 原子準位レーザー
原子内の軌道電子のエネルギー差を利用して発振させるレーザーのことをここではいう。
※4 最も深い準位の電子
原子内にはその原子番号の数だけ電子が存在し、原子殻に近い側からn = 1(K殻)、n = 2 (L殻)、n = 3(M殻)という風に電子が2,8、18個というように内側から空席を作らずに配置されている。この中で最も深い準位とは原子核に最も近い軌道をとるn = 1のK殻の電子のことをいう。(図4参照)
※5 フーリエ限界
すべての現象で、それにともなう周波数幅と時間幅の間には積が1以上になるという条件が存在する。この研究の場合、観測されたスペクトルの線幅と発光している時間には、ある一定以下にはならないことになり、そこまでしかスペクトルを狭窄化(狭く、鋭く)することしかできない。この場合、発生した光は図5(b)のように1つの波の束として放射され、これが理想的な限界状態となっている。
※6 オングストローム
1メートルの100億分の1。原子の大きさ程度の長さ。
※7 エレクトロンボルト
エネルギーの単位で1エレクトロンボルトは約1.6×10-19ジュール。キロエレクトロンボルトはその1000倍。
※8 Kα線
図4でn = 1のK殻に空席ができた時、n = 2のL殻からの電子がその空席に移動して埋め、その際に放出するX線のことを言う。これには、Kα1, Kα2というL殻の電子の種類によりエネルギーのわずかに異なる光を放出し、その強度比は自然界では2:1となっている。
※9 オージェ電子
図4でn = 1のK殻に空席が生じた場合、L殻の電子1つがK殻の空席に移動し、エネルギー収支を合わせるために、もう一つのL殻の電子が外部に放出されることで生じる電子のこと。
※10 増幅(光の増幅)
入射した光は、一般の物質では必ず吸収の方が大きく、強度が大きくなって出てくることはありません。これは、ボルツマン則という光を吸収しやすいエネルギーの低い状態の状態数が光を放出できる高いエネルギーの状態より小さいという原理から説明されています。レーザーでは、この状態を反対にさせ、高いエネルギーの状態数を多くし、誘導放出という同じ光のコピーを作る方法で増えて行く現象を作ります。これがレーザーの原理の光の増幅になります。
※11 ナノメートル
1メートルの10億分の1。
<報道担当・問い合わせ先> 国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター 公益財団法人高輝度光科学研究センター 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科 国立大学法人大阪大学大学院工学研究科 国立大学法人京都大学大学院理学研究科 (報道担当) 国立研究開発法人理化学研究所 広報室 報道担当 国立大学法人東京大学 国立大学法人大阪大学 工学研究科 国立大学法人京都大学 (SPring-8に関すること) |
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