安価で資源量が豊富な鉄・銅・カルシウム・酸素からなる 水素社会実現のための新しい触媒材料の開発に成功 ~人工ダイヤモンド合成法が切り拓く触媒化学~(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年09月15日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2015年9月15日
公立大学法人 大阪府立大学
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
公立大学法人大阪府立大学(理事長:辻洋)の研究チーム(八木俊介テニュア・トラック講師、山田幾也テニュア・トラック講師、塚崎裕文研究員、森茂生教授ら)と、国立研究開発法人物質・材料研究機構(理事長:潮田資勝)の研究チーム(阿部英樹主幹研究員・梅澤直人主任研究員ら)、ドイツ電子シンクロトロンの西山宣正ビームラインサイエンティストらは、15万気圧・1000℃という超高圧・高温条件を利用することで、新しい触媒材料の開発に成功しました。この材料は、水の電気分解反応において有効に作用し、貴金属元素で構成される既存の触媒材料を凌駕する性能を持ちます。さらにこの材料は鉄、銅、カルシウム、酸素という安価で資源量が豊富な元素のみから構成されています。 また、今後のさらなる研究・開発の進展により、水素製造にかかる電力エネルギーの損失とコストを抑えることで、エネルギー産業の発展と水素エネルギー社会の実現に貢献することが期待されます。 【発表雑誌】 |
- 15万気圧・1000℃という超高圧高温条件を利用し、新しい触媒材料(化学式:CaCu3Fe4O12)の開発に成功しました。
- CaCu3Fe4O12は水の電気分解の陽極反応(酸素発生反応)において、貴金属元素を含む既存材料を凌駕する触媒性能を示しました。
- CaCu3Fe4O12は安価で資源量が豊富な元素のみから構成されており、レアメタルなどの資源量の少ない元素を一切含みません。
- ダイヤモンドの硬さの起源でもある強固な化学結合(共有結合)が、CaCu3Fe4O12の結晶中に網羅的にネットワークを構成していることで高い耐久性が実現されています。
- 今後の研究の進展により、水素製造にかかる電力エネルギーの損失とコストの抑制を実現し、水素ガス製造や次世代蓄電池などのエネルギー分野において広く活用される可能性があります。
1.研究の背景
クリーンエネルギー社会の実現を目指して、化石燃料から水素燃料への移行が積極的に進められています。水素は燃料電池の燃料として使用されますが、燃料電池の普及に伴い安価で安定的に生産・貯蔵・供給する体制の構築が求められています。水の電気分解(2H2O → 2H2 + O2)は古くから知られている水素製造法ですが、水素発生反応(2H2O + 2e– → H2 + 2OH–)に伴って酸素発生反応(4OH– → O2 + 2H2O + 4e–)注1)が起こります。酸素発生反応を進めるには余分な電圧(過電圧)を必要とするため、電力エネルギーの大きな損失が生じます。触媒を用いることで過電圧を小さくすることができますが、高い性能を持つ触媒材料には高価で資源量の少ない貴金属元素(イリジウム、ルテニウムなど)が含まれているため、貴金属を使用しない新しい触媒材料の開発が世界中で行われています。ペロブスカイト酸化物注2)は、構成元素の種類を変えることで様々な特性を得ることができるため、酸素発生反応触媒の有力な候補として開発が進められています。しかし、実用材料として使用されるほど高い触媒活性と耐久性を兼ね備えた材料は得られておらず、最適な材料設計指針も確立されていません。以上の背景から、優れた性能を持つ酸素発生触媒反応材料の開発と材料設計指針の構築が求められていました。
2.研究の内容
本研究では超高圧合成法注3)を用いて触媒材料の開発を行いました。様々な材料の触媒特性を調べた結果、四重ペロブスカイト酸化物注2)の一種であるCaCu3Fe4O12(図1・結晶構造参照)が優れた性能を持つ酸素発生反応触媒材料であることが分かりました。CaCu3Fe4O12は安価で資源量が豊富な元素である鉄(Fe)、銅(Cu)、カルシウム(Ca)、酸素(O)のみから構成され、貴金属酸化物RuO2やペロブスカイト酸化物で最も高い活性を持つとされるBa0.5Sr0.5Co0.8Fe0.2O3–δを凌ぐ性能を示しました。図2はCaCu3Fe4O12と参照物質の触媒活性を比較した結果です。一般に小さい過電圧で電流密度の増大が始まり、その傾きが急峻であるほど触媒活性が高い材料と判断されます。CaCu3Fe4O12が他の触媒材料に比べて優れた触媒活性を持つことが分かります。CaCu3Fe4O12の高い触媒活性は、異常高原子価イオン注4)であるFe4+イオンの特殊な電子状態に由来します。同じくFe4+イオンを含有する単純ペロブスカイト酸化物注2)のCaFeO3やSrFeO3も高い触媒活性を示しました。しかし、CaFeO3では100回の繰り返し測定で触媒活性が顕著に低下したのに対して、CaCu3Fe4O12では触媒活性の低下が起こらず、高い耐久性を持つことが分かりました(図3)。
CaCu3Fe4O12が持つ高い耐久性の起源を調べるため、SPring-8 BL02B2ビームラインで放射光X線粉末回折データを測定し、最大エントロピー法による解析を行い、結晶中での電子(電子密度)分布の状態を調べました(図1参照)。SrFeO3ではFeとOの間に電子が分布し、Fe–O–Feの共有結合的注5)なネットワークが形成されている一方、SrとOの間には電子の分布が観測されませんでした。対して、CaCu3Fe4O12ではFeとOの間とCuとOの間の両方に共有結合による電子の分布が存在し、緻密な共有結合ネットワークが結晶全体に広がっていることが分かりました。共有結合は強固な化学結合であり、ダイヤモンドの硬さの起源になっています。CaCu3Fe4O12では共有結合のネットワークが高い安定性・耐久性を支える要因となっていると考えられます。黒鉛を原料とした高圧合成によって緻密な共有結合のネットワークを有するダイヤモンドを得ることができますが、それに類似して、CaCu3Fe4O12においても高圧合成によって共有結合性の高いネットワーク構造を得ることに成功しました。
3.今後の展開
CaCu3Fe4O12は資源量が豊富で安価な元素のみで構成されており、既存材料と比べて原料のコストが圧倒的に低いという利点があります。今後、材料の組成や合成方法を工夫することで実用材料としての応用の可能性を検討し、再生可能エネルギーを利用した水素製造法や次世代蓄電池(金属・空気二次電池など)の開発を通じた水素エネルギー社会への貢献を目指します。さらに本研究において初めて触媒材料の合成に高圧合成法が有効であることが実証されたため、酸素発生反応触媒の他にも様々なタイプの触媒材料の開発で高圧合成法が活用されると期待されます。
4.研究助成資金等
本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(B)(研究代表者:八木俊介)、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ、文部科学省 若手研究者の自立的研究環境整備促進「地域の大学からナノ科学・材料人材育成拠点」プログラム(大阪府立大学)からの支援を受けて行われました。
【参考図】
四重ペロブスカイト酸化物CaCu3Fe4O12と単純ペロブスカイト酸化物SrFeO3の結晶構造(左)・電子の分布(右)。結晶構造描画プログラムVESTA-3を使用して作成。
CaCu3Fe4O12と参照物質の触媒活性の比較。
CaCu3Fe4O12とCaFeO3の耐久性の比較。
【用語解説】
注1) 酸素発生反応
水・酸素が関わる電気化学反応において広範に見られる反応。例えば、水の電気分解による水素製造では陰極で水素発生反応、陽極で酸素発生反応が対で起こります。再生可能エネルギーや余剰電力を活用した水素製造法の研究開発が進められていますが、酸素発生反応における過電圧が大きいことが、電気分解法による水素製造のエネルギー損失・コスト上昇の原因となるため、触媒を用いて過電圧を下げる必要があります。過電圧を下げる効果の高い触媒として酸化イリジウム(IrO2)、酸化ルテニウム(RuO2)などの貴金属酸化物が知られておりますが、資源量が少ない・原料の価格が高いなどの課題があるため、現在、安価な元素からなる新しい酸素発生反応触媒材料の開発が行われております。酸素発生反応は、亜鉛などの金属の電解採取や、次世代蓄電池の一つである金属-空気二次電池の充電にも関わる重要な反応であるため、酸素発生反応触媒材料の開発はエネルギー産業において非常に重要な課題となっています。
注2) ペロブスカイト酸化物、四重ペロブスカイト酸化物
ペロブスカイト酸化物(単純ペロブスカイト酸化物・化学式:ABO3)は、金属酸化物で広範に見られる結晶構造です。A・B(Aサイト・Bサイトと呼ばれます)にそれぞれ様々な種類の金属元素を含んだ化合物が知られています。主にBサイトに含まれる遷移金属元素が機能の発現を担っており、電子材料・触媒材料などとして利用されています。四重ペロブスカイト酸化物はAA’3B4O12の化学式で表記され、単純ペロブスカイトの4倍の化学式で表記されることが、名称の由来となっています。元々のAサイトの3/4がA’サイトとして銅、マンガンなどの遷移金属元素によって占められるため、Bサイトに含まれる遷移金属元素との相互作用が生まれ、複雑で特殊な電子状態が実現します。CaCu3Fe4O12では、A’サイトの銅が結晶全体の共有結合ネットワークに寄与することで触媒の耐久性を劇的に向上させる効果が得られたと考えています。
注3) 超高圧合成法
大気圧(1気圧)よりも高い圧力下で物質を合成する手法は、一般に高圧合成法または超高圧合成法と呼ばれ、大気圧条件では合成できない様々な物質を得ることができます。無機物質の高圧合成は通常、数万気圧以上で行われており、高圧合成法を用いた実用材料の製造例として、人工ダイヤモンドや立方晶窒化ホウ素などの超硬材料が挙げられます。
注4) 異常高原子価イオン
鉄イオンは通常は2価または3価の価数を取りますが、強い酸化雰囲気を用いることで通常よりも高い価数の4価の鉄イオン(Fe4+)が生じます。この通常のイオン価数よりも高い価数状態のイオンを異常高原子価イオンと呼び、他にも3価の銅(Cu3+)、4価のコバルト(Co4+)などが知られています。
注5) 共有結合
分子・結晶などの構成原子の間で価電子を共有して形成される化学結合。一方の原子からもう一方の原子に価電子を与えることで形成されるイオン結合に比べ、共有結合は強固で安定性の高い結合です。共有結合はダイヤモンドにおける硬さの起源にもなっています。本研究では共有結合を利用し、触媒の耐久性を向上させることに成功しました。
【本研究に関するお問い合わせ先】 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 (SPring-8に関すること) |
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